モルトゥルク編 第二話 キルとエル
「もう! 帰ってくるなら言ってよ! わたし誰か分かる? もちろん分かるよね!」
クロンに抱きついた女性は、クロンの胸に顔をごしごし押し当てながら甘え声を出している。
年齢はクロンと同程度だろう。彼女の乱暴な動きに振り回されている綺麗な橙色の髪が彼女のはつらつとした調子を強く表していた。
クロンはこういう女性がタイプなのか。そうなのか。
「流石は上級冒険者様。僕らとは違いますね」
「ソラ、この光景を目に焼き付けておきましょう。きっと役に立つわ」
「こら、2人とも意地悪言わない! きっと感動の再会なんだから、微笑ましいじゃない。それにクロンさんがモテるなんて当たり前のことよ」
ヒソヒソ好き勝手言い合う僕ら。クロンが育った街なのだから当然、恋人なり想い人がいることは想像していたが、こんな積極的な女性だとは思わなかった。
僕らが向けるジト目にクロンが気づいた。そして慌ててながら
「ちょっと待って! これは違くて! ちょっと離れろって、おまえエルティナだろ?」
と両手で女性を引き剥がそうとした。しかしガッチリと両腕をクロンの後ろに回した彼女は離れようとしない。それどころかさらに力を込めてクロンが「ぐえっ!」とうめき声を漏らす。
「嬉しい! 気づいてくれてたんだ!」
顔を上げる彼女。目をこれでもかと輝かせてクロンを見ている。長年離ればなれになっていた飼い主を見つけたペットみたいだ。
「そりゃ、顔は変わってないし。この強引な感じも、懐かしい……」
「懐かしいだなんて! クロンが旅に出掛けちゃって、寂しくって、でも前を向かなきゃって、これまでの自分を捨てたの。だからイメチェンした!」
「捨てたなら離れろよ!」
「無理!!」
息の合った掛け合いに呆れてしまった。これが腐れ縁というやつか。
ふと横を見ると、エリサは眉をひそめて口角を下げた怪訝そうな表情。クロンを庇っていたミルシェも明らかに当惑している。僕らに共通している感情はきっと
(何を見せられているんだろう……)
「エル!!」
男性が息を切らしながら走ってきた。さっきまでこの女性と一緒にいた人だ。
整った顔立ちで誠実を絵に描いたような見た目だった。襟付きのフォーマルな印象の服を着こなし、胸元には金色で丸い惑星のようなアクセサリーを付けている。魔法学校が存在するならば、そこに通う学生の制服はこういうものになるだろう。
男性は僕らの近くにたどり着くと、膝に手をあて肩で呼吸を繰り返した。
「エル……何をしているんだ……。早く……その人から……離れなさい」
ぜいぜい荒い息を切らしながら男性が言う。
彼の言葉にエルと呼ばれた女性、おそらくエルティナが首だけを回して振り向く。
「もう、そんな焦ることないじゃん、キル。友情表現ってやつだよ」
「見るからに嫌がっているじゃないか。それに若い女性がこんなところで男に抱きつくなんて、はしたない」
「もう、お堅いんだから」
不満顔で頬を膨らませながら、しぶしぶ腕の拘束を解く。名残惜しそうにクロンの肩をポンポンと叩くと、もう1度だけ「おかえり!」と笑顔を作った。
その後キルと呼んだ男性の元にスタスタと戻っていく。
クロンは「はぁ……」と疲労から解放されたと安堵の息をついた。
同時に僕ら3人も溜息をわざとらしくついてみると、クロンはビクッと全身を震わせた。
「大変ご迷惑おかけしました」
キルは謝ると、礼儀正しく頭を下げた。隣のエルティナは「なんで謝ってるのだろう」といった様子で不思議そうに首を傾げている。
頭を上げた男性はクロンの方を見ると
「えっと、エル……エルティナのご友人ですか?」
とクロンに問いかけた。
「まあ、そんなところでs――」
「ただの友達じゃないよ! わたしたちは幼馴染み! 小さい時からずーと一緒なんだから、ね!」
クロンの回答にエルティナが割り込んできた。やっぱり彼女はクロンに並ならぬ想いを抱えているのだろう。
クロンが返答に困っている。
「へ、へぇそうでしたか。幼馴染み……幼馴染み……」
何故だろうか。キルの方がひどく落ち込んでいるように見える。声のトーンが一段階下がり俯きがちに何か呟いている。自分に事実を言い聞かせているみたいだ。
「えっと……大丈夫ですか?」
「え……ええ、大丈夫ですとも!! 幼馴染みなだけで恋仲にあるわけではないのでしょう!? 何も問題ありません!!」
急に空回りしだした男性。「どうしたの? 顔赤いよ」とエルティナが覗き込んで心配そうに見つめる。汗が彼の整った顔を濡らしている。
鈍感そうなエルティナ以外は薄々気づいているだろう。たぶんこの人、
(エルティナのことが好きなんだ)
「気を取り直しまして! 僕の名前はキルガレス、ここ中層地区で魔道具店を経営している者です。エルティナには僕の店の手伝いをしてもらっています」
焦り顔を戻してからキルガレスが言った。
年齢はクロンと大差ないように感じるが自分の店を持っているとは。その佇まいに反することなく優秀な方なのだろう。エルティナが絡むとおかしくなるだけで。
「改めましてエルティナです! キルのお店のお手伝いをしながら、普段は孤児院で子どもたちの世話をしています!」
快活で生き生きとした人だ。言葉一つ一つに感嘆符がついているみたい。彼女の近くにいるだけでエネルギーを貰える。
どうやら2人はお互いを『キル』『エル』と呼び合っているようだ。
順番的にはクロンが自己紹介する番なのだが、どうするのだろう。何か嘘をつこうにもエルティナとキルガレス双方に効果的な嘘なんてあるのか。
「初めまして、クロンです。冒険者として仲間と旅をしています。エルティナとはここの孤児院で出会いました」
正直!
「冒険者の方でしたか。となるとそちらの御三方はお仲間さんですか?」
「ええ、そうです」
「あまり冒険者の世界に詳しく無いのですが、ずいぶんお若い方もいらっしゃいますね」
僕とエリサを交互に見つめてキルガレスが言う。
「冒険者にしては若すぎる」というより、「クロンやミルシェに比べて僕とエリサが子ども過ぎる」という趣旨の発言に聞こえた。本当にこの2人も仲間なのかと。
少し刺々しく感じるのは気のせいだろう。
「こんにちは、エリサっていいます。こっちはソラ。2人ともまだまだ駆け出しなのでクロンから学んでばっかです」
久しぶりに聞いたエリサの敬語。彼女の自己紹介に巻き込まれたので僕も軽く頭を下げる。キルガレスも頭を下げてくれてエルティナは代わりにニッと僕らに笑いかけた。
エリサがミルシェに目配せをする。
「初めまして、私はミルシェです。クロンさんとは出会って間もないですが、こんな可愛らしいお友達がいるなんてビックリです」
「そんな可愛いだなんて! もっとクロンに言ってやってください! あなたの幼馴染みは放っておくには勿体ないって」
ミルシェのお世辞にすっかり調子に乗ったエルティナがクロンを指さす。素知らぬ顔で目を逸らすクロンにエルティナが抗議に向かうが、キルガレスが腕を掴んで邪魔をしている。
なんか楽しそうな関係だ。
「とりあえず、街を案内しますよ」
「いいんですか?」
「ええ。エルのおさ……友達だというのでしたら喜んで。聞きたいこともありますし」
含みのある言い方だが、案内してくれるというのならラッキーだ。モルトゥルクの構造が特殊なため、現地人がいると安心感がある。エルティナの言葉からしてクロンだってしばらく訪れていないのだろう。昔の知識よりも今を知りたい。
「ではお言葉に甘えて」
「それでは行きましょう!」
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