タルカル編 第二十九話 出発
タルカル編最終話です!
遂にやってきた。タルカルを離れる日、そしてクロンの生まれ育った街モルトゥルクを訪れる日。僕ら新パーティーの新たな門出だ。
まだ日が昇っていない早朝、薄くモヤが広がるタルカルの街を僕は駆けていた。日光に暖められる前の冷たい空気が地を這って絡みついてくる。目の前の霞をかきわけ冷気を目一杯吸い込んだ。まだ眠い身体に朝を伝えていく。
住宅街ではまだ窓が閉ざされ、日中の活気を隠していた。いつもなら出会うことのできない景色。僕だけが見る人知れず眠った裏の姿。
東地区の住宅街を抜け中央地区へ入った。ちらほら冒険者とすれ違う。みな半開きの瞼を擦って大きな欠伸をしている。
そんな彼らを追い越すように走り抜けた。すれ違うたび視線が僕を捉えては手放す。縦横無尽に街を駆け抜ける風のごとく疾走する。
夜を駆け人を越え、坂を登り切った先で僕は足を止めた。タルカルの街を一望できる高台。
タルカル最後の日、1人で朝に散歩をしようと決めたときからここを目的地に決めていた。澄み切った空気が僕の足を速めたせいでこんなにも疲れているが、魔力切れのような不快な疲労ではない。むしろ全身で歓迎したくなるくらい気持ちがいい。
「この街ともお別れか、寂しいなぁ」
名残惜しい気持ちを口に出してみる。
実家暮らしのときからタルカルは最も身近な都市だった。ギルドがあって人がたくさんいて繁栄している。それでいて西地区のような陰の部分も併せ持つ。魔王城からも離れていて平穏な暮らしを望むあらゆる人にとっての理想郷となりうる街。
僕らの目指すモルトゥルクは魔王城が近いため警備が厳重。冒険者を集めた傭兵団のようなものもあると聞く。そのおかげで治安は良いが、自然体のタルカルと異なって街全体が殺伐としている。クロンならまだしも、僕やエリサにとっては居心地が悪いだろう。
まだ眠りについているタルカルの街を眺めながら、当たり前の平和を噛みしめた。
誰よりも平和を望みながら、誰よりも平和とほど遠い生活を送る冒険者。僕みたいにただの憧れで志す人だってきっといる。けれど何の信念もなく身命を賭して戦うなんてやっぱり変だ。こんなに魅力的な職業なのに世界人口の2割程度しか就いている人がいないのはこういう矛盾が原因なのかもしれない。
タッタッタッタッ
誰かが走って向かってくる音がした。坂道を登っているようだ。だんだん足音が近づいてくる。
僕と同じように朝から活動をする勤勉な人が他にもいるのかと感心した。たった一日早く起きただけなのに今だけはそんな人たちの仲間入りしたと思うと嬉しいものだ。
すれ違いざまにご尊顔を拝もうと横目で待っていると
「あれ? ソラじゃん」
その人物が僕の名を呼んだ。
驚いて視線を向けると、息を切らしながらも笑顔でこちらに走ってくる見知った少年の姿が映った。
「アレックス! なんでここに?」
「それはこっちのセリフだよ」
* * *
「そっか、ソラたち今日出発か。あんなことがあったばかりなのに慌ただしいな」
「もともと出発日が決まってたからね。まったく、忙しい時期に迷惑な人たちだったよ」
「でもそのおかげでソラのとこはこの街の英雄だ。ジードの良くない噂は有名だったからな」
ジードたち3人が捕まったという情報はすぐにタルカル中に広まった。彼らが頂点に君臨しているせいで隅に追いやられていた冒険者も大勢いたのだと喜ぶ人たちを見て分かった。ナンバー2の位置づけだったパーティーやいかにも気弱そうなリーダーを持つパーティーがこぞって祝杯を交わしていたのを覚えている。
ただこの事件が起こってよかったかと訊かれれば僕は即座に首を横に振るだろう。
「こっちはエリサが誘拐されて酷い目に遭っているから、決して喜べないな……」
わざと険しい表情で言ってみる。
「そうだった。いやごめん、別に喜んでいるとかそういうんじゃなくって……」
もともとかいていた汗を余計に流して狼狽えているアレックス。仲良くなってから感じていたが、彼は冒険者で大成するには優しすぎる。ゴブリンに手こずっているのだって、きっと躊躇いが手を鈍らせているせい……のはず。
あまりにも一生懸命焦るものだから、つい堪えきれずに破顔してしまった。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪しただけ。反応が面白くって」
「もう! ずるいって!」
声を出して笑う僕に顔を紅潮させたアレックスが怒る。静寂と眠るこの街に快活な声がこだました。
「エリサもはもう気にしてなさそうだし、得たものもあったしね」
ミルシェを魔の手から救えたこともそうだし、仲間が増えるということはやはり嬉しいものだ。
「よかったー、安心した」
「それよりも、アレックスはなんで高台に来たの?」
ホッと胸を撫で下ろしたアレックスに尋ねる。
「俺、毎朝ここら辺を走ってるんだ」
「へぇー偉いね! トレーニング?」
「そんな感じ。『戦士』として体力も機動力もまだまだ足りないから」
なんだろうか。いつも頼りなさそうなアレックスの顔が、今だけはたくましく感じる。彼から溢れでた向上心が僕を魅了している、信じられないが事実だった。
「かっこいいね。こんな早朝からトレーニングなんてとてもじゃないけど僕はできそうにないよ」
「まあ、早朝にやっているのには別の理由があって……」
あれ? どうしてしまったのだろう。たくましい彼の顔がどんどん崩れていく。恥ずかしそうに目を逸らす。
まさに一瞬の煌めきだったみたいだ。
「あんまりミランダたちにバレたくないんだ。だからみんなが起きる前には帰って寝てるフリをしてる」
「なんで?」
「いつか高難度クエストに行ったとき、みんな、特にミランダを驚かせる。そして見返してやるんだ。もう形だけのリーダーなんて言わせない!」
拳を握りガッツポーズを決めるアレックス。努力を隠すなんてなんとも彼らしい。むしろ頑張りを評価された方がいいのではないかとも思うけれども。
それでも健気に頑張る姿はなんかとっても幸せそうだ。
「楽しそうだね」
「それどういう意味?」
「そのまんまだよ」
分からないと首を傾げるアレックスに笑顔を返す。
いつも言い合いをしている印象があるアレックスとミランダだが、なんだかんだ仲良しなことは知っている。2人で出掛けているところだって何度も目撃した。当人たちは用事があったとかで誤魔化していたけど、普段よりも楽しそうだった。
「見返してやる」と言っているもののきっと彼女に認めて欲しいのだろう。冒険者として、たった1人の相棒として。
「釈然としないなぁ」
「簡単なことだよ。頑張る動機は大事にするべきってこ――」
ふいにアレックスが視線を逸らした。何かを見つけたように眼下に広がるタルカルを注視しだした。
「どうしたの?」
いや違う。彼の視線の先はもっと高くにあった。街のどんな建物も見下ろせる高台にいながら何を見つめているのだろう。
「そろそろだ」
アレックスがそう呟いた。
どういう意味かはすぐ分かった。
僕らの遙か先、なだらかに連なる山々の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。夜の帳が引かれ薄い雲が流れる空があけぼの色に染まり始める。
空の端から一筋の光が差し込んだ。街を照らす陽光はだんだん膨らんでいき、やがて太陽が顔を出す。黄金色の光が大地を包み込み、冷えた空気を柔らかに暖める。夜の闇を一瞬にして葬っていく。
夜明けだ。
「この時間にここに来れば日の出が見られることに最近気づいてさ。てっきりソラもこれ目当てだと思ったんだけどな」
「知らなかった……」
住宅街に明かりが灯りだす。心なしか小鳥のさえずりも聞こえてくる。眩しいくらいに僕らを照らす暖色の光は希望と可能性に満ちあふれていた。
そしてなによりも
「綺麗だね」
「だろ?」
誇るようにアレックスが言う。
タルカル最終日にこんな光景が見られるなんて。なんだか日中の活気ある街が作られていく過程みたいだ。
できることならエリサたちにも見せてあげたかった。その場合クロンを連れ出すのに苦労するだろうけど。
「じゃあそろそろ行くわ。ミランダたちが起きたらまずい」
「そうだね。僕はもう少しここにいるよ」
「いつ頃出発? 都合が合えば見送りに行きたいんだけど」
「昼頃にギルドに来てくれればいると思う」
テレポートはギルドで利用者を募ってから外で行われるらしい。昼過ぎに出発らしいからそのくらいに来てくれれば会えるだろう。
「分かった、調整してみる。じゃあまた!」
「うん、気をつけてね」
手を振りアレックスに別れを告げる。
魔王城が近づくにつれ駆け出し冒険者の数は減っていく。こんなに気軽に話せる友達はクロンとの旅の間にはもうできないかもしれない。そう思うと小さくなっていく背中に寂しさを感じずにはいられなかった。
アレックスが去った後もしばらく朝日に照らされていく街並みをぼんやりと眺めていた。物思いにふけていたわけではないけれど、活気がどんどん戻っていくタルカルの時間の流れがやけに速く感じられて面白かった。朝が短く感じるのは案外気のせいではないのかもしれない。
「そろそろ帰ろ」
このままだと帰り時を見失ってしまうかもしれない。一旦独り言で区切りをつけて来た道を戻ることにした。
行きは冷えた空気が肌にほどよく刺さって気持ちよかったが、さすがにもう走る気にはなれない。稼働しだした街を眺めながらゆっくり帰ることにしようか。
* * *
少し遠回りもしながら宿前に到着した。商店街はどこのお店も閉まっていたため寄り道することができなかったのが残念だった。
そろそろみんなも起きている頃だろう。さっきみた日の出を自慢しよう、きっと羨ましがるに違いない。そんなことを考えているうちに部屋へたどり着いた。
しかし何かが変だ。やけに部屋の中が騒がしい。
ドアの前で様子を窺っているとクロンの声が聞こえてきた。それにエリサ、ミルシェの声も。どうしてエリサとミルシェが僕らの部屋にいるのだろう。話している内容は分からないが口々に何かを言い合っている。
喧嘩だろうか。あの3人が喧嘩するなんて想像できないがもしそうなら収まるまで待ちたいな、なんて考えていたときだった。
バンッ!!
「ぐわっ!!」
目の前のドアが勢いよく開けられ僕の額に激突した。
チリチリと火花が散って視界がぐるっと回る。平衡感覚が狂って重心が大きく後ろへずれた。そのなな為す術なく倒れる。痺れが全身にはしった。
「イテテテ……」
「ソラ!!」
ドアを開けた張本人、クロンが僕の名前を叫んだ。ドアで押し倒したくせに明るい響きを含んでいた。痛がる僕を前に焦りよりも喜びに感情が傾いている。
なんだなんだ。何か悪いことでもしたっけか?
「どこにいっていたんだ! 心配したんだぞ!」
「え?」
思いがけない言葉に素っ頓狂な声が漏れた。
部屋からエリサとミルシェが慌ててでてきた。2人とも座り込む僕への心配よりも焦りと安堵が混じった表情をしている。
「もう、どこ行っていたの!」
エリサが腰に手をあて僕を叱る。
「また居なくなっちゃったって心配してたのよ」
ミルシェまでもが責めてくる。彼女だけは若干涙声になっていた。
だんだん事情が分かってきた。きっとクロンたちは僕がまた事件に巻き込まれて姿を消したかもしれないと心配していたのだ。置き手紙を残さず姿を消した僕を。
このパーティーでは最年少だが僕だってもう立派な冒険者だ。朝に姿が見えないからって過保護過ぎる。
「どこって、ちょっと外歩いてきただけですよ」
「歩いてきたって、今までそんなことなかったじゃん。全然帰って来ないし」
「最終日なので……」
「クロンが敏感になっているの分かってるわよね?」
「えっと……はい」
「一声掛けるとか手紙置いとくとかぐらいしてもいんじゃないの?」
「はい……」
「私、またなんか巻き込んじゃったかもって……」
「なんかすいません……」
3対1の構図のせいでばつが悪い。罪人になって民衆から説教されている気分。あんな事件があったばかりだから一声掛けてから出掛けるべきだったかもしれない。
「心配掛けてすいませんでした」
とりあえず立ち上がって3人に向け軽く頭を下げた。どっちが悪いかよりも仲間に心配を掛けたことは反省するべき事実だ。
「何はともあれ、無事で何より。一旦中に入ろう」
クロンが僕の肩を叩く。もう気にしていないと雰囲気をリセットしてくれようとしている。
廊下で目立っていたためひとまず部屋の中に引っ込んだ。
「ほんとうにビックリしたんだぞ。久しぶりに早く目が覚めて2度寝しようかと寝返りをうったら隣のベッドが空なんだから」
「クロンが慌てて部屋に入ってきたときは何事かと思ったわよ」
クロンが僕の身を案じて慌てている姿か。見てみたかったな。
「お店も開いていない時間に何していたの?」
「高台に行っていました。あと街を少し回ったり」
「ソラってそんな意識高かったっけ?」
エリサに突っ込まれる。日の出の自慢はできそうになかった。
「ソラくんって意外と朝型なんだね」
「今日だけですよ」
苦笑いを浮かべる。こうしてミルシェと普通の会話を交わせていることが嬉しかった。
「さ、じゃあ朝食でも食べに行くか」
「あれ? 今日はずいぶん早いですね」
「誰かのせいで目が覚めたんだよ!」
* * *
ギルド嬢によって地面に円が描かれる。その隣には巨大な魔法杖を抱えた男性がひとり。何やらギルド嬢に指示をだしている。風格からして熟練の魔法使いであることが分かった。
タルカルからモルトゥルクのテレポートを利用するのは僕らしかいなかった。たしかにこの頻度しかやっていなくても納得だ。
「ではテレポート希望者の方はこちらの円にお入りください」
ギルド嬢の指示に従い、円の中に移動する。
10数人は優に入れるサイズであるため僕らのためだけに使うことに申し訳なくなる。
「気をつけろよ!」
「うん、アレックスたちもお元気で!」
円の外から僕らを見送るのはアレックスパーティーだ。モルトゥルク行きであることを知ったときはさすがに動揺していた。無理もない。僕らは駆け出し冒険者のみで結成された新パーティーだと思っているのだから。
「エリサちゃん、バイバイ!」
「うん、またいつかね!」
ミランダとエリサも別れの言葉を交わす。
「それでは転送魔法を行います。発動中に範囲外に出てしまうと置いていかれることになりますのでご注意ください」
魔法使いの男が説明をする。4人で深く頷いた。
転送魔法なんて久しぶりだった。クロンと出会ったときに目撃しているが僕自身が利用したのは何年も前だ。
「それで参ります」
男性の言葉で背筋が伸びた。緊張が顔にでているのが自分で分かる。
僕らの真下、円をなぞるようにして光線が引かれ複雑な模様が浮かび上がってきた。熱は感じないが足元が妙にぞわぞわする。
やがて淡い光が僕らを包んでいく。ギルドもタルカルの街も、アレックスたちも見えなくなっていった。
魔法使いの男性は輪の中に入っていない。おそらく帰りはモルトゥルクの魔法使いが送るのだろう。僕らに転送魔法を使いこなせる者はいない。もし暴発で全然知らない場所に飛ばされたら? 余計な不安だけが脳裏をよぎる。
隣を見ると三者三様の反応だった。クロンは澄まし顔を崩さず、エリサは顔に所在不明の自信を抱えている。ミルシェだけが僕と同じく不安げにキョロキョロしている。彼女がいると”普通”を見失わずにすんだ。
世界から隔離される感覚は突然やってきた。さっきまで繋がっていたタルカルの空気が途切れたことを肌が感じとる。ついに転送魔法が発動されたのだ。これは高速移動ではなく瞬間移動。ひとつ瞬きをすればそこには別世界が広がっているだろう。
どんな旅になることやら。危険も当然あるし平和的な解決とはいかないかもしれない。でも僕は退く気にはならない。
どんな結末だったとしても僕のお話の第一章に書き記すんだ。いずれ魔王を倒すであろう男との旅の記録を。
これにてタルカル編終了となります。
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次はモルトゥルク編となります。
毎日投稿ではなくなりますが、2日に1本ペースで投稿できたらなと思います。
ここまでお読みいただき、ほんとうにありがとうございました!




