タルカル編 第二十八話 ミルシェ
次でタルカル編は終わりです
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「ジードパーティーが謹慎するきっかけになった事件はご存じですか」
ミルシェが黒髪のギルド職員に尋ねる。
今僕らがいるのはギルドの受付カウンターの裏側、無機質で少し広い取調室のような空間だ。
衛兵さんは領主からギルドに派遣され指揮官の指示に従う。そのため治安維持もギルドの重要な役目らしい。
冷ややかな視線をミルシェに向ける彼女こそ、その指揮官というわけだ。おそらく領主直属の人材なのだろう。
「ええ、タルカルで彼らを謹慎させると国から要請を受けた際に伺っています。たしか決闘で冒険者をひとり死なせてしまったとか」
「はい。その死んだ冒険者は私が元々いたパーティーのリーダーだった人なんです」
ミルシェが俯いて言った。
なかなか衝撃発言だったのだろう、指揮官は信じられないといった様子で目を見開いている。事情をわずかに把握していた僕ですらそうなのだから無理もない。
「決闘のすえの事故だったと伺っておりますが」
「あれは事故なんかじゃない!!」
突然ミルシェが立ち上がって机をバンッと叩いた。乾いた音が部屋に響く。
「彼はあいつらに殺されたんです!!」
声を荒げたミルシェに指揮官も怯んで腰が引けている。彼女の見た目からは想像もできない剣幕だった。
しかしさすがは本職、すぐに落ち着きを取り戻すとミルシェに席につくよう促した。
「どういうことだか説明してもらえますか?」
高揚する神経をどうにか鎮めミルシェは再び席についた。
「昨日の事件と同じなんです。ジードたちは私をパーティーに引き入れるために誘拐して、パーティーリーダーである彼にひとりで私を救いにくるよう脅迫状をだしました。彼は正義感が強いんです。罠だと知っていても仲間のためなら危険に飛び込むことをいとわない」
クロンが僕を肘でつつく。
その人には会ったことはないがその気持ちはよく分かる。仲間がそれを望んでないと分かっていても自分を蔑ろにしてしまう。
「彼らはなぜその彼を呼び出したんですか?」
「諦めさせるためだと思います。あのまま私が行方不明ならば、彼は一生捜索を続けていたでしょう。それではジードたちにとっては都合が悪い。だから呼び出して叩きのめすことで彼に私を諦めさせようとしたんです」
今回とは異なる理由だ。僕は先日の仕返しとして呼び出された。エリサを仲間に引き入れようとしたのも僕への復讐の一環だったはず。
完全に無関係だった相手にさえ、ジードという男は己の私利私欲のために手を下すというのか。なんと薄汚い男なんだ。
「呼び出された彼は捕らわれている私を見て正気を失いました。そしてジードに向け容赦なく聖剣を振るった。決闘の末であると判断されたのは彼から戦闘を仕掛けたと現場検証で明らかになったからです」
「ですが誘拐も立派な犯罪です。誘拐されたと訴えれば罪に問うこともできたはずでは?」
「…………」
ミルシェは押し黙って下唇を強く噛んだ。悔しそうに顔を歪め拳を固く握る。手のひらに爪が食い込んでいく様子は痛々しかった。
1人で抱えてきた後悔を打ち明けることが怖いのだ。毎夜うなされるほどに苦しんであろう過去を思い出してしまうから。
「私が……私が誘拐されていないと言ったんです」
「……それは何故ですか?」
「脅されたんです。そうしなければ今度は他の仲間に危害を加えると。もう仲間が死ぬのなんて我慢できなかったんです」
「そうですか……」
「薄情ですよね。命をかけて私を助けに来てくれた彼の死をただの事故として消費してしまったんですから」
リーダーの死に価値をつけるか残りの仲間を守るか。比べられない2つを無理矢理天秤にかけ苦渋の決断を下したミルシェ。なんと残酷な。
「かつての仲間は今どこに?」
「冒険者を引退して、以降は私も知りません。ジードたちは居場所が分かるみたいですが私には教えてくれませんでした」
「引退ですか……」
「理不尽に仲間を2人失ったんで無理もありません。それに……ジードたちが何かしたんだと思います」
「どうしてですか?」
ここに僕らがいてもいいのか不安になってきた。ジードの被害者であるとはいえここまでミルシェの踏み込んだ話を聞く資格があるとは思えない。
「彼が事故死として処理されたあとも、私はパーティーメンバーとして振る舞うよう言ってきたジードに反抗していたんです。早く解放してくれと毎日のように。しかしある日、ジードが私に言いました。『お前の仲間は全員冒険者を辞めた』と」
「なるほど。あなたの帰る場所を奪うことで諦めさせようとしたというわけですね」
「はい。ジードたちと訪れたギルドでも同じ内容を話している冒険者がいたので間違いありません」
断言する彼女の悲しそうな表情が心を抉る。
「事情は把握しました」
指揮官は話を聞き終わってすぐに立ち上がると待機していた僕らに視線を向けた。
「今の話を聞いて、何か違和感や引っかかるところなどございましたか?」
僕ら、特に僕とエリサに尋ねる。
ジードたち、そしてミルシェの昨夜までの言動と照らし合わせて、どこか矛盾点があったかという趣旨の質問だろう。昨夜彼女が語っていた内容を事実だと仮定して今嘘をついていなかったの判断を委ねているのだ。
僕らを助けようとしてくれていた彼女の行動、後悔を並べていたその内容にも不審な点はないように思えた。
「たぶん彼女の話は全部事実だと思います。わたしが誘拐されてから助かるまでに見てきた彼女の行動がその証拠です」
エリサが応える。一番近くで見てきたからこそ言葉の重みが増していた。
エリサが僕を一瞥した。慌てて指揮官に向け何度も首を縦に振る。僕はミルシェの言動うんぬんより、ただ彼女を信じてあげたかった。せっかく魔の手をクロンが倒してくれたのだからもうつらい思いは彼女にして欲しくなかった。
「誘拐の際、悲鳴をあげ彼らの手助けをしたことについては?」
「脅されていたのでしたら、わたしたちは気にしません」
もう1度深く頷く。
ミルシェにとっては拭えない過去として残っていくのだろうが、僕らはもう解決したことだと区切りをつけることができる。幸いなことに癒えない傷や一生の被害は受けなかった。だからもう彼女と僕らは対等でいいと思った。
指揮官は僕らの態度をジッと観察したのち、息をひとつ吐き出した。
「ミルシェさん、ギルドの方でも独自で調査を行いました。冒険者や街の方々に話を聞きました」
「はい……」
「皆さん、あなたのことを口々に褒めていましたよ」
「え……」
ミルシェが予想外の言葉に呆然としている。
指揮官は続けた。
「無口で自分のことを語ることはしないけど、困っていたら必ず助けてくれる。まさに冒険者の鑑だって」
指揮官は言葉を区切るとミルシェの前に座り直した。
ふたたびミルシェと向かい合う。さっきまでの冷酷無情だった顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「いままで気がつくことができずに申し訳ありません。大変でしたね。あなたは立派な冒険者です」
初めて指揮官の人情を垣間見た気がした。とらわれの身となっても自暴自棄とならずに冒険者として尽力したことに対する感謝。この街の保安を司る者としての最大級の敬意がそこにはあった。
「自分を責めたくなる気持ちも分かります。ですがあなたはもう十分頑張りました。きっとかつての仲間たちも褒めてくれますよ。リーダーの子だって、きっと――」
ジードたちに殺されたというリーダーとミルシェがどういう経緯で知り合ったかは分からない。古くからの友である可能性もある。どちらにせよその彼がミルシェに空けた大穴こそ、僕らを命懸けで守ったものの正体だったのだ。
指揮官の言葉がどれほどミルシェを救ったか。
彼女のこぼす大粒の涙を見て分かった。
* * *
その後簡単な事情聴取を受けて、僕らはミルシェとともに解放された。去り際に「彼女が次の道を決めるまで傍にいてほしい」と指揮官から頼まれた。こちらの事情もあるのにと渋る僕とクロンだったが、エリサがそれを快諾して、今は中央公園に来ている。
「私の家、すごく貧しくってね。実家に帰るとお父さんたちに迷惑が掛かっちゃうの」
エリサがミルシェの隣に寄り添い話を聞いている。
「かつてのお仲間さんを探すのはどう?」
「多分、みんなもう冒険者にはならないと思う。それにみんなとまた冒険をすると彼の面影を求めてしまう気がして。とても怖い……」
彼とは殺されたリーダーのことだろう。望んでいないのであれば無理にパーティー復活を催促するのはよくない。
さっさと決めてくれと急かすほど薄情にはなれないが、僕らの出発は明日だ。できれば彼女の去就を見届けてからすっきりと旅立ちたいところ。
「つらいなら無理に冒険者を続ける必要もないのよ」
「気遣ってくれてありがとうね。でもパーティーで冒険者を続けているのが私だけなら、私は冒険者を辞めてはいけないって思ってるの。私まで辞めちゃったらジードに完全敗北しちゃう。それに――――冒険者は2人の夢だったから」
寂しげなミルシェ。”2人”とは誰と誰か。エリサも察しがついているのだろう、何も言わずにミルシェを見つめる。
雰囲気の変化を感じとったミルシェは、わざとらしく笑うと
「私ってわがままだね。こんなに悩んでいたらエリサちゃんたちの迷惑になっちゃう。冒険者を続けることが決まっているなら選択肢はひとつよね。どこか別の街でまた1からパーティーを募ることにする」
上空を見上げるミルシェ。これしかないと自分を納得させようとしている。正しい選択かどうか彼女も分かっていないのだろう。
見つめる先には憎たらしいくらい透き通った青空が広がっていた。
「ねえ、ソラ」
「………………。あ、僕?」
「他に誰がいるのよ」
てっきりこの澄み渡った青空のことを言っているのかと思った。
エリサは何故か不敵な笑みを向けている。何か企んでいるな。
「ジードとソラが戦い始める前に言ってたルール覚えてる?」
「たしか『相手を両方気絶させるか降伏させたほうが勝ち』だっけ?」
「その後よ」
急になんでそんなこと訊くのだろうか。
あのときは怒りで現実と妄想の境目が曖昧だったからあまり覚えていない。
渋々、憎いジードの顔を思い浮かべながら頭の中で彼の発言を再現していく。勝利条件を告げたあとに言いそうなこと……
「あー、『勝ったほうは相手のパーティーから人を引き抜ける』ってところ?」
「そう!!」
エリサが言わんとしていることが何となく分かった。
クロンも察しがついたのだろう、困っているような呆れているような苦笑で見守っている。
ミルシェが何か言いたげだが、口を開く前にエリサがたたみかける。
「クロンが助けに来なくてあのままソラが負けていたら、わたしはジードに引き抜かれていた。相手が負けたんだからこちらの好きにしていいのよね」
やはりそういうことか。もうこの場にいる全員が主張の先を理解しながら、彼女の決定的な一言を待っていた。
ミルシェが心配そうにエリサを見つめている。
エリサはミルシェに向き直ると、彼女から伸びた華奢な白い手をそっと握った。
「ミルシェさん、わたしたちのパーティーに入って!!」
並の男性ならコロッと落ちてしまうくらいの可憐な笑顔でエリサが言った。降り注ぐ眩しい陽射しがふたりの美貌を際立たせる。
予想はついていたであろうミルシェだが、エリサから目線を外すと俯きがちに押し黙ってしまった。喜ぶべきか断るべきか、感謝するべきか謝るべきか、最適解を模索しているかのよう。
「わたしたちはもうすぐこの街を出るつもりだったし、役職が攻撃に偏り過ぎている。昨夜のことはもう気にしていないし、これはジードの勧誘を逆手にとった提案。わたしたちの方を卑怯だと思ってくれていいわ」
ミルシェが断る理由を先回りして潰していくエリサ。消極的なミルシェの逃げる道を片っ端から消す。子どもらしい笑顔をしているがやっていることは恐ろしい。
ミルシェが渋るとしたら後ろめたさか申し訳なさからだろう。だったら多少強引にでも僕らに歓迎する意志があることを示すことが必要不可欠なのはたしかだ。
「でも皆さんに申し訳ないし…………」
僕とクロンを一瞥してからもらすミルシェ。
エリサが僕に目配せをする。援護して欲しいのだろう。
クロン勧誘のときとは異なり今回は完全なエリサの暴走だが、ミルシェをパーティーに引き入れることにデメリットがあるとは思えなかった。むしろ一風変わった目標を掲げる僕らに付き合わせることに対して申し訳ないと感じる。
「僕らは気にしていませんよ。憎いのはジードたち3人でミルシェさんじゃない。僕を守るためにやつらに立ち向かった姿、格好良かったです! 僕もそんな格好いい人と一緒に冒険がしたいなぁ」
精一杯の甘えをミルシェにぶつけてみる。
「ソラってそんなキャラだっけ? なんかいつもと――――イダッ!」
横やりを囁くクロンの足を踏みつけ黙らせた。今の僕に自己分析なんかたまったもんじゃない。
「クロンだっていいですよね?」
「イテテ……俺は被害者じゃないし、エリサとソラが賛同するなら構わないよ」
僕らの鋭い視線に屈するようにクロンが応える。
「はい、これで大丈夫。みんな歓迎しているわ」
「大丈夫って…………」
「入ってくれないの?」
上目遣いでエリサが尋ねる。初めは元気に、選択を迫るときはあざとく。彼女の自己マネジメントは完璧だ。
接近戦をクロン、遠距離援護を僕とエリサ、そして回復とサポートをミルシェ。クロンの負担が大きいが実力差を考えるとうん、しっくりくる。
「もう」
ミルシェが折れたとすぐに分かった。観念したかのように一度軽く笑った後、エリサの目を見て続けた。
「分かった。私なんかで良かったら仲間にしてください」
「ほんとに!! やったぁ!!」
上目遣いのあざとい顔を止めて、満面の笑みで喜ぶエリサ。
何事にも奥手の僕らにとって、積極的に相手を気にかけることのできるエリサはこのパーティーにおいて一番必要な存在なのかもしれない。
僕の貴族のイメージに横線が2本引かれた。
「そういえば、言い忘れていたけど」
エリサは笑顔のままそう付け加えると
「わたしたち魔王城に向かっているから」
「…………えっ!? ちょっと待って!!」
ミルシェの甲高い声が公園に響いた。
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タルカル編終了まで残り1話!




