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タルカル編 第二十七話 スターグ

毎日投稿中!

「ミルシェ!!」


 名前を呼ばれた彼女が顔を上げた。入り口から飛び込んでくる男が1人。時折金属音を鳴らす彼の腰には銀色の鞘に収まった聖剣がささっていた。

 全身で息をする彼はもう一度幼馴染みの名前を叫ぶ。


「スターグ……」


 彼女が弱々しい声を返した。


 縛られた身体に食い込む縄、乱れた桃髪、何度も床に叩きつけられてできた擦り傷と打撲痕。


 そんな幼馴染みの姿を見て彼の双眸に殺意が宿った。聖剣を鞘から引き抜き、にやけ顔を崩さない”敵”に向け突撃する。


「絶対許さねぇ!!」


 

   *   *   *


 

 ミルシェは田舎のとある村で生まれ育った。彼女の家庭は貧しく両親も仕事で遅くまで帰ってこない。兄弟もいなければ両親と遊びに出掛けたことすらない彼女を村人たちは哀れんだ。そんな中でもミルシェは村と両親のことが大好きだった。


 村にはミルシェと同い年の少年がいた。少しやんちゃな彼の名はスターグ。

 2人は1日のほとんどを一緒に過ごした。スターグの祖母が開く教室で勉学に励み、終わったら共通の夢である『冒険者』になりきって村人たちの悩み事を聞いて回った。あるときは畑作業を手伝い、またあるときは老人のこぼす愚痴に相づちを打った。


「いつか一緒に冒険者になろう」


 口癖のように未来を誓い合った2人。今は子どものごっこ遊びに過ぎないが大きくなったらパーティーとしてもっと多くの人を救うんだ、なんて子どもらしい幼い夢だ。近所の人たちには微笑ましい光景だっただろう。

 ミルシェはその夢を諦めなかったし、スターグも”最期まで”小さいときの誓いを貫き通した。


 

   *    *    *


 

 ミルシェたちがはっきりと冒険者を志したのはほぼ同時だっただろう。

 

 その日はミルシェの両親の帰りが特に遅く、スターグの家で夕飯をご馳走になった。家同士の付き合いもあって夜になるまでお邪魔させてもらうことも多い。

 時間を忘れて遊んでしまい、気づいたときには外は真っ暗だった。


「暗いしついて行こうか?」

「大丈夫だって」


 スターグの母親が心配そうに提案するが、スターグは1人でミルシェを送り届けると断った。2人きりならもっと話していられると思ったのだ。

 田舎であるため、夜であろうと危険は少ない。唯一の危険である夜行性の野獣も、収穫期でもない時期に山から下りてくる可能性は低かった。「分かったわ」とすんなり2人きりの外出を許可した母親を残してスターグはミルシェと夜の世界へ踏み出した。


 スターグの家からミルシェの家までは子供の足で20分ほど。大きな村ではないが、間に長いあぜ道を通る必要があった。真っ直ぐ進まないと両脇に広がる畑に落ちてしまいそうになる。失いそうになる平衡感覚を確かめながらランタンの明かりを中心に2人寄り添って歩いた。


「肝試しみたいでちょっと怖いね」

「怖がりだなぁ、ミルシェは。幽霊がでたら俺が倒してやるって」


 スターグが威勢よく拳を突き出す。自信家で負けん気の強い彼。隣に浮かぶ慣れ親しんだ横顔にミルシェは密かにときめいていた。


「なあ、ミルシェ」

「どうしたの?」

 

「お前はさ、将来何をしたい?」


 スターグが唐突に切り出した。


「えー分かんないよ。どんなお仕事があるか分からないし」


 ミルシェは将来のことなんて考えたことはなかった。強いていうならママたちが夜まで働かなくていいくらいお金を稼ぎたいという思いだけ。


「別に仕事だけが未来じゃないだろ? 大人になったらいろんなことができるんだ」

「じゃあ、スターグは何をしたいの?」


 逆に問い返す。

 好奇心旺盛で何にでも首を突っ込むスターグのことだ、きっと想像もつかない答えが返ってくるのだろうと推測する。


「俺も分からない」


 なんだ、訊いておいて自分も分からないんじゃないか。心の中でツッコミを入れた。


「今が楽しく未来なんか考えられないんだ」

「え?」


 思わず彼の顔を見た。


「ミルシェと過ごす日々より楽しいことってあるのかな」


 遠くを眺めて独り言のように呟くスターグ。見慣れた彼の顔が煌めいて見えた。不自然な胸の高鳴りを感じる。

 得体の知れない暗闇への恐怖がスターグへの恋心へと移り変わっていくのを、うるさい心臓の鼓動から初めて実感した瞬間だった。


(そうか。私、スターグが好きなんだ)


「なんてな、はやく大人になりてーな」

「もぅ!!」


 顔を赤らめるミルシェに満面の笑みを向けるスターグ。少しやんちゃで振り回されることも多いけど、ミルシェにとっても彼は特別な存在だった。


 

 どれくらい歩いただろうか、背後に見えていたスターグの家も暗闇に呑み込まれていた。この世界には自分たち2人だけしかいないかのよう。夜空に浮かぶお月様も静かに通り過ぎる微風も、ロマンチックな雰囲気を引き立てる演出と化した。


 ふと目の前から誰かが歩いてくるのが見えた。暗くてよく分からないが身長はミルシェたちの倍近くはある。

 こんな時間に人? 明らかにおかしい。隣のスターグが不信感を募らせていることが分かった。隣のミルシェを強く引き寄せる。


 輪郭が曖昧でどこか存在する空間が違う。暗色の服がそう錯覚させているのだと後から気づいた。近づくにつれその人物の大きさが際立っていく。壁が迫ってきているような圧迫感がミルシェを襲う。

 

 スターグが一歩前にでた。

 この道ですれ違うには一列に並ばなければいけない。ぶつかったらどうなるか分からなかった。スターグはミルシェを目で制し、その人物が通り過ぎるのをじっと待つ。


 ピタリとその人物の動きが止まった。月明かりがその姿を明らかにする。

 

 体格からして男だった。こんな暑いのに厚手の手袋をはめ、つばが広いヨレヨレな革製の帽子を被っている。目元はつばに隠れて見えなかった。

 村の人じゃない。見た目は放浪者のように見える。別にこの村に放浪者がいることは不思議ではないが、どうしてこのあぜ道にこんな時間にいるのだろう。疑問は尽きない。


「俺から離れるなよ」


 そう呟いたスターグがミルシェの腕を引いて歩きだした。彼も違和感を抱えていたんだと知る。スターグが腕を引く力が徐々に強くなっていく。彼の焦りが伝わってきた。こいつから離れるべきだという訴えを感じとる。


「ああー、どうしてだろうな」


 低くて呂律の回っていない声だった。ミルシェたちが男の横を通過する寸前に頭上から降ってきた。一瞬にして背筋が凍る。

 スターグの震えが腕に伝わってきた。


「どうして俺のまわりには誰もいないんだろうな」


 足が鋼鉄のように重い。持ち上げようにも自分の力では到底動かせなくなっていた。心臓ばかりがせわしなく騒ぐ。


「なあ、どうしてだと思う? やっぱりこの顔のせいかな」


 独り言のように呟いていた言葉が急にミルシェたちを捉えた。

 2人で恐る恐る顔を上げる。ミルシェたちを見下ろす大男の顔が視界に入った。


「きゃっ!!」


 ミルシェは短い悲鳴をあげた。無人の農地帯に響き渡ってやがて闇に葬られていく。慌てて手で口を塞いだ。


 大男の顔は右半分がただれて無くなっていた。ジュクジュクの皮膚は赤みを帯び大火傷をした痕に見えた。眼球があったであろう場所には底なしの暗い穴がぽっかりと空いている。吸い込まれそうな深淵だった。


 ミルシェはどうすることもできず、ただ震えるしかなかった。


「なあ、なんとかいえよな」


 大男が一歩ミルシェたちに近づく。

 逃げるしかない、そう思った。スターグの家に全力で走れば助かるかもしれない。


 だがミルシェが感じている恐怖は本人が自覚している以上だった。「どうしよう、足に力が入らない」そう気づいたときにはあぜ道の真ん中に座りこんでいた。

 脳の警鐘はうるさいくらいに鳴り響いている。なのに身体はいうことを聞かない。鋼鉄だった足が今度は逆にどの形にも安定してくれないのだ。


 気が動転して呼吸が浅く速くなっていく。血の気が引いて真っ青な顔面が小刻みに揺れる。焦りはさらなる焦りを生んでミルシェを蝕んでいた。


「待て!!」


 後ずさることすらできないミルシェの前にスターグが立ち塞がった。小さい両手を左右に広げて大男を威嚇する。

 ミルシェの視界から大男を覆い隠すように震える身体で勇敢に立ち向かっていた。


 大男は足を止めることなくスターグに迫る。

 それでもスターグは決して動かなかった。「来るな!」何度も彼が叫ぶ。大男の顔面を睨んで目を逸らそうとしない。ミルシェを守るのは自分の役割だと弱気な心を奮い立たせている。


「スターグ……」

「大丈夫。立てるようになったら逃げて。俺が……俺が、囮になるから」


 スターグが臆せずに言う。

 お調子者でよく叱られ、あまりある好奇心から余計なことに首を突っ込んでは大人たちの手を焼かせているスターグ。いつもミルシェは振り回されてばっか。

 けれども自由過ぎる毎日の中で、彼はミルシェが危険に晒されるかもしれないことには決して手を出さなかった。スターグにとってそれはどんな好奇心よりも優先すべきことだから。


 大男の長い腕がスターグにのびる。スターグは思わず目を閉じた。

 

 そのまま大男は大きな手でスターグの首を鷲づかみにした。うめき声が弱々しく漏れる。地を離れていく両足。持ち上げられスターグの身体が宙に浮いた。

 大男は暴れるスターグをジッと見つめると


「おまえは良いよな、女がいる。俺には誰もいない、不公平だとは思わないか」


 低い声でそう言った。

 スターグの首はどんどん絞められていく。両手を使いまとわりつく男の手をなんとか剥がそうともがくが、所詮子ども抵抗だ、男はびくとも動かない。

 足をバタつかせるたびに首に掛かる負荷が強くなっていく。


「止めて……」


 ミルシェはなんとか声を振り絞って大男に懇願した。このままじゃスターグが死んでしまう。自分を庇ったばっかりに。

 大男が眼光鋭くミルシェを睨みつける。隻眼でこの眼力、泣きだしそうなくらい恐ろしかった。


「ミルシェ……逃げろ……」


 スターグがか細く告げた。吹けば消えてしまいそうな命を短い言葉に乗せて。


「ダメ!!」


 涙声で叫んだ。

 

 途端、脱力していた身体が力の入れ方を思い出した。自由がきくようになった足で立ち上がり、勢いそのままに大男の足に飛び込む。

 

 そこにあったのは不動の壁。押しても引いてもびくともしない男の身体。巨大な柱を動かそうとしている感覚に陥る。

 

 でもミルシェは諦めなかった。


「何やってる……はやく……逃げろ。おまえだけでも……無事で……」

「ダメなの!!」


 叫びながら必死に不動の柱にくらいつく。涙があふれて視界がぼやけた。

 1人で逃げるなんてそんなことできるわけない。ミルシェにとってたったひとりの友達で、絶対に失いたくない大切な人。

 好きという気持ちにやっと気づけたんだ。この気持ちを伝えないで別れたくない。


 ここまで自分の不甲斐なさを悔やんだことはなかった。もっと力があれば……


「ずるいよなぁぁ!!」


「なにしてやがんだ、おまえ!!」


 大男の怒号と何者かの叫びが重なったと同時に足が地面から浮いた。

 何かに支えられていると遅れて気づく。誰かの腕の中にミルシェの身体は収まっていた。大男ではない別の誰か。


 目線を上げその人物を確認する。

 腰に剣を携えたがっしりとした男性だった。村にこんな体格の良い男性はいなかったはず。ミルシェを右脇に抱え、スターグを左脇に抱えている。

 スターグは苦しそう何度も咳き込んでいるが命に別状はなさそうだった。安心してまた涙が込み上げてきた。


 さっきの男はどこだと辺りを見渡すと畑に転がる大男の姿が見えた。


「大丈夫か!?」


 助けてくれた男性が腕の中のミルシェたちに問いかける。


「はい」


 ミルシェは意外にもはっきりとした声で応じた。自分でも驚くほどちゃんと声がでた。スターグも静かに頷いて無事を伝える。


「怖かったな、もう大丈夫だ」


 優しくもたくましい表情を向けて男性が言う。


「どうしたの!?」


 あぜ道の先から女性が走ってきた。男性と同年齢ぐらいの、またしても知らない顔だった。おそらく2人で外からこの村にやってきたのだろう。


「この2人を頼んだ」


 男性はミルシェたち2人を女性に預け、畑でうずくまる男に近づいていった。危険だと止めかけたが思い留まる。この男性が大男に負ける様をミルシェは想像できなかった。


「何者だ、おまえ」


 男性が男に向けて鋭く言い放つ。


 大男はゆっくりと立ち上がった。残った片方の瞳で男性を睨んでいる。


「どいつもこいつも、女、男、友達、家族。醜くなれば誰もが離れていくのにな。当たり前に持っていて、当然だと思っているんだもんな。恨めしいな、ほんと恨めしいな」

「誰だか知らんが子どもに危害を加えたんだ、ただじゃ済まねーぞ」


「ああ、ここは眩しすぎるな」

「おいっ!!」


 大男はその巨体からは想像もできない速度で走り出した。実体があることに違和感を覚える黄泉の国の住人のようだった。それも人の悪意の象徴として現世に蘇った死神。

 大男と対峙していた男性は慌てて追いかけるが、すでに死神は闇夜に溶けて姿形を残していなかった。


「ラミーユ、この子たちを頼む!!」

「分かった」


 男性は後からから来た女性にミルシェたちを託し、見えない敵を追いに駆け出した。


「もう大丈夫よ」


 ラミーユと呼ばれた女性の心地良い声が衰弱したメンタルに響く。

 先ほどまで首元を抑え苦しそうに肩で息をしていたスターグは、もう平気そうに死神が逃げた先を睨んでいる。


「お姉さんたちってもしかして冒険者?」


 スターグが尋ねた。『冒険者』ミルシェも少しだけは知っている。街の困りごとを引き受けてその報酬で生活をする人々。あの恐ろしい魔王城を目指している人もいると聞いて驚いたことを覚えている。


「元だけどね。今は辞めちゃった」

「でもあの男の人、剣持ってたよ」

「護身用として持ち歩いているの。彼、あれ一本あればどんな敵でもやっつけられるんだから」


 彼女の瞳には憧れにも似た別の感情が宿っていた。それが「愛」であるとミルシェが気づけなかったのはまだ恋心を知ったばかりだったから。


「2人とも家にご両親はいる?」

「俺はいるけど、ミルシェはまだ帰ってきていないよな?」


 コクリと頷く。


「ならきみの家に3人でお邪魔できないかな? 私は別に外でもいいけど、あいつがまた現れるかもしれないから」

「お姉さんも強いの?」

「こう見えても『魔法』には自信があるんだから」


 心配そうに訊くと力こぶをつくる仕草をするラミーユ。それは魔法ではないのではと言いかけたがなんとか堪えた。


「分かった、案内する。けど、もしあいつが襲ってきてもミルシェは俺が守る」

「あら、頼もしい騎士様ね」


 ラミーユが微笑んだ。自分を守るとスターグが言ってくれたことが、ミルシェはとても嬉しかった。

 歩きだしたスターグにラミーユとともについていく。パニックでしゃがみこんでしまっても無理ない状態なのに平気なのは、隣を歩く彼女が頼もしいからだろう。どんなに寄りかかっても決して倒れないし自分を見放さない。こんな人がいるのかとミルシェは子供心ながら不思議に思った。


 その後、ミルシェたちはスターグの家にあがらせてもらい、そこで夜を明かした。結局大男の行方は分からずじまいだったが、その後あいつが出没したという噂は耳にしなかった。黄泉の国に帰ってしまったのだと勝手に結論づけることにした。

 

 子どもの頃に経験したことは大きくなっても案外忘れないもの。ミルシェとスターグは共通の経験を胸に2人で冒険者となった。あの日出会った2人の英雄を未来の自分たちに重ね合わせて。


 

   *   *   *


 

「起きて!! お願い起きてよ!! こんなのあんまりだよ!!」


 涙で視界がぐちゃぐちゃになっている。倒れる彼から必死に命の残り火を探す。まだ生きているはずだ、助かるはずなんだ。流れ出る大量の鮮血から目を逸らし、閉じられた瞼の先に叫び続ける。


「スターグさえ生きていたら…………私はよかったのに…………」


 彼の胸に顔を押し当て、もう届かない悲痛な想いをもらした。どんなにつらく苦しくても遠くでスターグが生きているだけで折れかかった精神を励ますことができる。ただともに生きた日々を忘れないでいてくれたら。

 だってミルシェはスターグのことが――――


「だから起きてよ!! 目を覚ましてよ!! 伝えなきゃいけないことだって――――」


 首元に鋭い衝撃を受けて視界が暗転した。スターグと同じように床に倒れる。

 意識を手放す直前、このまま死んでしまいたいと思った。彼が待っている黄泉の国に行きたい。そして彼と冒険を続けるんだ。もしかしたらあの死神に出会って仕返しができるかもしれない。今の彼ならコテンパンにしてくれるはずだ。


 しかし現実は無情にもミルシェを現世に縛りつける。


 気絶から覚めたときスターグの姿はもうどこにもなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます

少しでも面白いなと思ったり続きが気になる方は、高評価・ブックマーク・コメントお願いします。作品制作のモチベーションに繋がります!


タルカル編が終わるまでは毎日投稿を続けます!

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