タルカル編 第二十五話 クロン VS ジードパーティー
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今まで聞いたことのないほどのクロンの怒号が工場に響き渡った。喉を引き裂かんとばかりに義憤の限りを張り上げている。
絶対に許さない。鋭い視線がジードたちに突き刺さる。仲間を理不尽に傷つけられたという怒りで脳を支配し、殺意を全身にたぎらせていた。
これがクロン…………
いつもの頼りになりつつも時々どこかお人好しな彼とは別人だ。以前ハイドに抱いていたであろう復讐の念より遙かに真っ直ぐで透き通った憎悪。
僕らを仲間と認識してくれていて僕らが傷つくことを誰よりも許容しない。
冒険者として大勢を救い、出会ったすべての少年少女に憧れを抱かせた。そんなクロンの大切な存在になれたことを誇りに思う。
生暖かい感触が頬を伝う。安心したからか嬉しかったからかは定かではない。でもこれだけは言える。
クロンと仲間になれてほんとうによかった。
「な、何を、何をした……」
ふらふらとジードが立ち上がった。頭部を手で押さえ突然の衝撃に困惑の声を漏らす。
ジードもいきなりの視界外からの攻撃だったのだろう。自身が吹き飛んだ理由を悟る前に目の前に佇むクロンの怒号を浴びたのだ。
「貴様、こいつらの仲間だな。こんなことしてどうなるか――――」
威勢よく宣戦布告をしようとしたジードがクロンの顔を見て固まった。驚愕の表情でクロンを見つめている。旧友と旅先で偶然再会を果たしたみたいに。
ここにいるはずのない人物がいる。幽霊を目撃したかのように己の目を疑っていることが分かった。
「お前、まさか……」
言葉を遮ったのは茶髪の青年が放った肘打ちだった。ジードの顎に食い込ませて舌ごと皮膚を抉る。
ジードが一瞬宙に浮かんだ。舌を噛んだのだろう、口内から噴き出す血が弧を描いて舞い散る。
鈍い音をたててジードが床と激突した。
「お前らと雑談する気なんてねんだよ」
クロンが冷たく吐き捨てた。感情的でありながらその波に呑まれることなく冷徹に敵意を露わにする。自暴自棄で暴れるよりもずっと恐ろしくおぞましい怨念がそこにはあった。
視界の端にエナドとメリッタが起き上がる姿が映った。転びそうになりながらも両足でなんとか自立する。
「お前……クロンだろ」
エナドの口からクロンの名前が発される。
やっぱり知っているのか。『上級冒険者』同士の情報交換がどこまで行われているのか不明だが、少なくともエナドとジードはひと目見ただけで自分の目の前に立つ男がクロンだと見抜いた。有名人とはこういうことをいうのか。
「どうしてお前がここにいる? ハイドもこの街いるのか? おい!! 答えろよ!!」
エナドが怒鳴る。彼もこの状況を理解していない。どうしてクロンがタルカルにいるのか。どうしてこの場所が分かったのか。
「…………話すつもりはない」
エナドと視線を合わせずにクロンが短く応える。
感情の揺らぎは感じられなかった。
「調子に乗るんじゃねぇ!! ハイドの付属品が!!」
「調子に乗るなはこっちの台詞だ。この落とし前はつけてもらう」
クロンとエナド、実力者同士が火花を散らす。ただの『普通冒険者』なら近づいただけで燃え尽きてしまうだろう。それくらい僕らと彼らは生きている次元が違かった。
エナドが何か魔法を唱えた。
広げる手が光り輝く。光はやがて線となり六芒星を描き始めた。それを中心に複雑な模様と正円が浮かび上がってくる。魔方陣が小さく形成されていく。
六芒星から実体をもった尖った刃が生えてきた。手のひらから直接生成されているように見える。それはだんだん刀身を伸ばしていき、やがて一本の立派な剣となってエナドの手に握られた。
『魔法剣』
魔法戦士が近接戦でよく使う専用武器。魔力を自動で込めることができ、魔法杖のように使うことができる。炎の剣にしたり斬撃を飛ばしたりと「斬る」という攻撃に幅を持たせる、まさしく「剣術」と「魔法」のエキスパートしか扱えない代物だ。
エナドが魔法剣を構える。彼の整った顔立ちが凜としたフォルムの魔法剣で引き立てられ、さらなる芸術へと昇華していた。
一方のクロンはただジッとエナドを見つめるだけ。睨んでいるとも警戒しているともとれる表情で相手の出方を窺っている。
最初に動いたのはエナドだった。
体重移動とともに踏み込んだ足で地を蹴った。低い姿勢のまま頭の位置を変えることなくクロンに突撃する。近接職特有の力感を感じさせない高速移動は目で追うだけでやっとだった。
魔法剣を脇下に構えてクロンを眼下から斬りつけようようと迫る。
「蒼炎」
魔法剣が青く燃える炎に包まれた。
『火炎剣』となった魔法剣が青白くエナドを照らす。『火炎剣』の中でも最上位の威力をもつという青い炎。彼が奪ってきた命を触媒に次の獲物を焼き払わんと輝いている。
魔法剣を振り上げながら曲げていた腕をクロンに向けて伸ばした。剣の軌道に揺らめく炎の影が残る。そのままクロンの喉元めがけて殺意の結晶で斬りかかった。
きっとこれまで彼にやられた敵はどうやって殺されたか気づくことなく死んでいったに違いない。死の瞬間に映る青色の靄だけを記憶に留めて。
甲高い音をたてて魔法剣が衝突した。
クロンが差し出したのはひとつの”盾”。顔ほどしかないそれがエナドの猛攻をいとも簡単に受け止めていた。金属同士が接触し擦れ合うたびに不快な音色を奏でる。
クロンはいまだに表情ひとつ変えない。炎が間近で猛威を振るっているのにもかかわらず、熱に怯む様子が一切ない。
「これで防いだつもりかよ」
エナドが握る魔法剣に力を込めた。途端纏う蒼炎が肥大してクロンが持つ盾を覆った。轟く炎がふたりを青く染め上げる。
クロンが舌打ちをする。劣勢による焦りというよりは鬱陶しさによるものに見えた。
燃え盛る炎が自身に届く直前、ついに盾を手放した。その場に置くように捨てられた盾は支えを失っていることに気づいていないかのように少しの間空中で制止する。
クロンはその間に身体を回転させ、上から盾に向けて脚を振り下ろした。蹴り飛ばされた盾に押されエナドが体勢を崩す。その衝撃は想像に容易かった。魔法剣に弾かれた盾が青白く燃えながら工場の壁に突き刺さったのだ。劣化しているといえども頑丈な工場の壁を破壊するほどの威力。そんな蹴りをクロンはあんなにサラッとお見舞いしてみせた。
そして彼はエナドにできた一瞬の隙を逃さない。
いつの間にか握られていた金色の剣、悪魔戦で使っていた聖剣でエナドめがけて斬りかかっていた。目にも留まらぬ早業だ。
模倣者はスキルで剣技や身体能力の強化を行うことができないと聞いた。つまりどんなシチュエーションでも体捌きにおいて上位互換が存在しているということ。支援以外で役に立つには相当の鍛錬が必要になるだろう。近接戦の上位互換である魔法戦士に引けを取らない速度は彼の血の滲む努力の賜なのだ。
襲いかかる聖剣になんとか魔法剣を合わせるエナド。顔面すれすれで斬撃を受け恐怖の表情を浮かべる。
後ろに反れる上体を持ち直しクロンと正面から激突した。
「その程度か?」
クロンがエナドに顔を近づけそう言った。
さらにクロンの腕に力が込められる。今だけは技術ではない、力と力のぶつかり合い。迫る炎など恐れていないかのように脇を締め全身で魔法剣の猛威を押し返す。
「クソッ!」
エナドが吐き捨てるように言う。
傾いた戦勢を整えようとエナドが後ろに大きく飛んだ。一度クロンから距離をとる。彼が押されているのは誰の目にも明らかだった。
そんなエナドの甘えをクロンは許さない。込めていた力を重心移動に使いエナドを追撃せんと駆け出した。聖剣を早い段階から振りかぶりとどめの一撃を放とうとしている。
クロンの刃がエナドに届くその瞬間、
「動殺魔法」
突然クロンが剣を振りかぶった姿勢のまま静止した。さっきの僕と同じ状況だ。
外野で見守ることしかできていなかったメリッタがクロンに対して魔法を掛けたのだ。仲間の危険を察知し痛む身体に鞭打って。
そう、クロンは今『上級冒険者』を複数人相手にしている。『普通冒険者』なら束になっても勝てないような相手と1人で立ち向かっている。
実力者相手だと動殺魔法の効果効果時間なんて微々たるものだろう。しかし味方を助けるには十分すぎる時間だった。
クロンに掛かる魔法の効果が切れる。2秒すら経っていない。その間にエナドが体勢を整え、ふたたび魔法剣を構えた。
「お前、ずいぶんやってくれたなぁ」
うずくまっていたジードが起き上がった。呂律の回らない舌をなんとか動かして威勢のいい声をあげる。
あっという間にクロンは、戦闘態勢に入った『上級冒険者』3人に囲まれてしまった。
今この場で劣勢なのはクロンだ。さっきまでの戦闘とはわけが違う。これから始まるのは一対一の決闘ではない。”クロン”という敵をパーティーで協力して討ち取る討伐クエスト。
「終わりだ」
ジードが言う。そこには一切の油断も存在していなかった。クロンを強敵と認め、絶対に仕留めてやるという強い決意がみなぎっていた。
クロンが負ける。
初めてそう思った。信頼を超えるほどの絶望が僕に明るい未来を期待させてくれなかった。転がって見ることしかできない僕はただ結末を受け入れることしかできない。
エリサもミルシェもただ目の前で起こることを眺めているだけ。今戦っている4人と僕らでは明らかに格が違う。
エナドとジードが同時に動いた。
2人とも自身の獲物を振りかざしクロンめがけて突っ込んでくる。無駄のない精錬された動き。
「獄炎魔法」
2人に合わせメリッタが魔法を唱える。彼女の前に真っ赤に燃える火の玉が出現した。
魔法杖で弾かれた火の玉はクロンに一直線に飛んでいく。
防ぎようのない攻撃たち。どれか1つでもまともに食らったらクロンは死んでしまう。ジードたちはやっぱりエリサ以外はどうなろうとどうでもいいんだ。
「はぁ」
クロンが溜息をついたように聞こえた。あまりにも場違いな気の抜けた音だった。気のせいかもしれい。
でも次にクロンが呟いた言葉は僕の鼓膜をはっきりと震わせた。
「幻朧弾 ー刃ー」
クロンのまわりの空気が震え始めた。遠くの僕まで異質な雰囲気を感じとるほどに。
歪んだ空間が徐々に形を形成していく。魔力を練り上げている最中であることが分かった。
何もない空間にクロンを中心にいくつもの剣が錬成されていく。大小さまざまで折れ曲がっているもの、エネルギーだけで形がつど変化しているもの、電気を帯びているものと見たこともない武器も目立つ。共通点は刃を保持している「剣」と呼ばれる獲物であるということ。
柄頭をクロンに、刃先を外側に向け円柱を描くようにクロンを囲んでいる。数多の剣がクロンに迫る危機を退け主人を守る外壁となる。空気がヒリつくのを感じた。これから起きることをこの空間自体が恐れているようだった。
時間にして1秒にも満たない刹那だっただろう。しかし僕が目撃した異質な光景は見る者の時を遅らせ、ひとりの青年を世界の中心へと変えてしまった。
音もなく宙に浮かんでいた剣の山が敵に向け放たれる。まるで『動起魔法』だった。
突撃してくるジードとエナド、迫る火球に弓矢のごとく飛んでいく。適当に直進しているわけではない。近くの倒すべき対象に方向を変え最大効率で仕留めようとその刃を伸ばしている。
3人の顔が恐怖に歪んだ。ジードとエナドはもう避けることはできない。なんとか対処しようと自身の獲物を振り回すが捌ききれず次々に斬撃が身体を襲った。
メリッタの放った火球は突き刺さるいくつもの剣によって簡単に破壊され、剣は勢いそのままに無防備なメリッタ本人を斬りつけた。
悲鳴がいくつもこだまする。激痛に悶える声と剣同士がぶつかる音が混ざり合い、不協和音が響き渡っていた。剣から滴る鮮血は3人の罪を示すかのように、残酷に戦場を飛び交う。
耳を目を塞ぎたくなるほどの惨状だった。僕らがこんなに苦戦した相手をここまで簡単に倒せるなんて。
僕らは何もできずにただ眺めることしかできなかった。クロンの強さは悪魔戦で理解したつもりだった。しかし彼の能力は自身と同程度の大きさの敵にこそ真価を発揮するのだ。つまり対人戦では無類の強さを誇る。
ジードパーティーをひとりで圧倒するクロンは、条件付きではあるが『上級冒険者』の中でも別格なんだ。仲間として誇らしいがやはり恐れおおい。
やがて工場内に静寂が訪れた。
倒れている3人とひとり中心で佇むクロン。
戦闘はクロンの圧勝で終わった。
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