タルカル編 第二十四話 命懸けの作戦
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ジードたちをうねりをあげる旋風が包む込む。床に散らばった砂と埃が巻き上がって僕らに降りかかった。悪魔戦で見せたものよりは弱いがそれでも足止めには十分な威力だった。
渦の中から回転する短剣が飛び出してくる。紫色の光を纏ったエナドの武器だ。速度をあげて僕らに向かってくる。
「させない!!」
ミルシェが襲いかかる短剣に突っ込んだ。
「付与『肉体強化』」
杖を掲げバフを自分にかける。彼女が金色の淡い光に包まれた。自らを肉壁にして僕らを逃がすつもりなんだ。
そんなこと…………
ミルシェの肩にエナドの短剣が突き刺さる。悲鳴が工場内に響き渡った。噴き出す血液が戦場を真っ赤に染めあげる。
肩に直撃した短剣はそれでも回転を止めない。軌道上の障害物をすべて切り刻まんとミルシェの身体を抉っていく。刃が彼女に刺さる度に短い悲鳴がこだまする。
「治癒」
苦痛に歪んだ表情のままミルシェが唱えた。抉られた肩がぼんやりと明るく照らされる。
破壊と修繕、それが彼女の身体で同時に行われている。いくら優秀な『聖職者』でも回転する刃の殺傷より早く回復するなんて不可能だ。どんどんミルシェの肩に癒えない傷が刻まれていく。
想像を絶する痛みだろう。エリサが誘拐される原因をつくった責任を感じて、命をかけて僕らを逃がそうとしてくれている。前進する彼女の後ろには血でできた足跡がくっきりと残っていた。
ミルシェは短剣を胴体で受け止めたままエリサの風操魔法の中に入っていった。驚くことにエナドの動起魔法との競り合いに打ち勝っているのだ。
だが風操魔法の中にはジードもいる。まさしく自分の命を顧みない特攻。
「エリサ、行こう!」
魔法をかけ続けるエリサとともに出口へ向かう。ミルシェの決意を無駄にしないために。
いつもよりは不安定な走り方のエリサだが、さっきまでの弱り切った彼女とは別人のようだ。どうしてこんな早く回復したんだ?
疑問は残るが今考える事じゃない。
早く、早く、一秒でも早くここから抜け出さないと。
誘拐も正式な決闘以外で相手を傷つけることも犯罪だ。ギルドへ通報すれば助けてくれるはず。今はミルシェを信じて走れ。
「動殺魔法」
嫌な予感はしていた。戦況を変えうる画期的な一打があるとすれば、それは彼女の手によるものだと。
何が起こったのか理解できなかった。走っていた身体が硬直し動かなくなってしまったのだ。
足を前に出そうとしてもその場に固定されて指先ひとつ動かせない。首を回して事態を把握しようとしても回らないのだ。脳の伝達機能が途切れてしまった感覚。
くそっ! なんでこんな……
「逃がさないわよ」
背後から聞こえる静かな怒り。『魔法使い』メリッタの声だった。
『動殺魔法』、思い出した。対象の動きを止める魔法。掛けられたものは意識はあるが身体が一切動かない金縛りに近い状態となる。相手との実力差によって効果時間は変わり、短いと1秒にも満たなく、長いと10数秒動きを止めることができる。
最悪だ。なりを潜めていた彼女がここにきて最大の障害として立ち塞がった。
「やってくれたなぁ!!」
激昂したジードの荒々しい声と同時に背中に強い衝撃がはしった。痛みに膝から崩れ落ちて床に突っ伏す。
本日2度目の床との抱擁。瞬間的に息ができなくなり必死に呼吸を試みるがうめき声だけが空しく漏れた。
いつの間にかジードが僕を見下ろしていた。不快感を隠そうともしないで眉をつりあげ鬼の形相で睨んでいる。今にも腰の聖剣で切り捨てられそうな勢い。
彼が薙いだ腕が横で固まるエリサの顔面を捉えた。そのままエリサの身体が横に吹き飛ぶ。
「エリサ!!」
立ち上がろうともがく僕の腹をジードが踏みつけた。胃の内容物が押し上がってくる。
ギリギリと何度も足を捻って僕の腹をいたぶるジード。
身体が悲鳴を上げている。痛みに身体が硬直し全身から汗が噴き出てくる。
痛い、痛い。どうしてこんな目に…………
「無駄な抵抗をしなかったら、こんな苦しい思いをせずに済んだんだ!!」
彼の力強い手が僕の首筋に伸びる。そのまま僕に馬乗りになって片手で首を絞め始めた。
どんどん力が込められる。
苦しい、止めてくれ…………
声にならない悲痛な叫び。必死に手を引き剥がそうと弱々しい抵抗を続けるがジードがその力を弱めることはなかった。
涙があふれてきた。ジードに対する恐怖と己の不甲斐なさがますます僕を惨めにしている。
意識が遠のいて瞼が閉じる。
それに気づいたジードが僕の頬を拳で殴る。
痛みに一瞬だけ覚醒する。
その繰り返し。
苦しみと痛みの終わることのない掛け合い。
ぼやけていく視界に同じように蹂躙されるエリサとミルシェの姿が映った。エリサはメリッタに、ミルシェはエナドに抵抗もできず一方的にいたぶられ続ける。
彼女らが暴力を振るわれている光景は、自分の苦しみよりも心に堪えた。
悪魔戦での戦果に調子に乗ってしまったのかもしれない。まわりからチヤホヤされてそれを当たり前のように受け取って。結果ジードたちの気に障ってしまったのなら、自業自得だ。
ジードの煽りもエリサとミルシェの悲鳴も掠れて聞こえてくる。いつしか殴られることに抵抗を示さなくなっていった。いや、もうもがく力も残されていないのだ。
意識を手放す寸前、クロンのことを思い出した。彼はほんとうにハイドへの復讐を考え直してくれただろうか。まさかいざ出会ったら拳のひとつでもお見舞いするつもりじゃないだろうな。
そのくらいなら古き友情として微笑ましく感じるかもしれない。誤解を解いて2度目の冒険を初めて欲しい。お邪魔だとは思うが僕も旅立ちの瞬間に立ち会いたかった。
たとえ殺されなかったとしてもエリサはジードたちに奪われる。彼女のことを思うと僕だけクロンについていくなんてできっこない。
ごめんなさい。僕から誘ったのに断ることになってしまって。
全身の力が抜けていく感覚に身を任せた瞬間、突然フワッと首に巻き付く手の感触が消えた。夜の冷えた空気が熱を帯びた首に絡みつく。
同時にジードの体重も幻を見ていたかのように消失した。おもりが外れて全身が軽い。
身体を反転させ首を掴んで何度も激しく咳き込んだ。顔を歪ませヨダレが垂れ落ちる。胸を押さえて必死に空気を吸い込む。
どういうことだ? ジードの気配もそこにはなかった。
脳が正常に作動していないことは分かる。それでも耐え難い苦痛が僕に生の実感を与えていた。これは幻なんかじゃない、現実だ。
ジードがいたぶりを止めた? 僕が気絶したと思ったのだろうか?
両手を使い上体をなんとか起こした。忘れていた全身にはしる激痛を思い出し顔を歪める。
そこに広がる光景を前に僕は言葉を失った。
エナドとメリッタが無防備に床に転がっている。2人とも縮こまって痛みに悶えているように見えた。
何が起きた?
工場のど真ん中、僕が穴を空けた天井から差し込む月明かりに照らされている2人の男。天然のスポットライトが一瞬にして戦場を演劇の舞台へと変えていた。
1人はうずくまって激しく咳き込んでいる。もう1人は咳き込む男を見下ろして佇んでいた。
床に聖剣が捨てられていた。うずくまっている人物、その所有物であり『戦士』の象徴ともいえる獲物。
そして立っている人物。黒いローブに身を包み、握る拳からは血が滴っている。突然の惨状を演出した張本人。普通なら助かった安堵よりも未知の恐怖が僕を襲うだろう。ただそうはならなかった。
ローブのフードが頭から滑り落ちた。
美しい茶髪をもった青年の顔が露わになる。
「あ……」思わず口から安堵の声が漏れた。
この工場に足を踏み入れてからずっとその姿を求めていた。いないと分かっていてもどこかに彼を探していた。
『上級冒険者』のジードたちに唯一勝てるかもしれない存在。
”クロン”
よかった、僕のサインに気づいてくれたんだ。
「お前たち、よくも――――」
鼓膜の芯を直接震わせる邪気をはらんだ低い声。怒りに燃える深碧の瞳がジードたちを睨む。僕らまで怯んでしまうくらいの威圧感だった。
これが僕らの仲間でありハイドの絶対的な相棒、『上級冒険者』クロン。
「よくも俺の仲間を傷つけやがったなぁ!!!」
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