タルカル編 第二十三話 後悔の果て
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振り下ろされた聖剣に気がつけたのは奇跡だった。強いていうならジードの実力に対する圧倒的な信頼がそうさせた。
真後ろから迫る聖剣をお辞儀の要領でなんとか躱す。ただ躱しただけだ。視界を奪われ魔法を撃つことも叶わない無防備な体勢になってしまう。
空を切った聖剣は突如軌道を反転させる。そのままがら空きの背中めがけ斬りかかってきた。
背中に冷たい感触が当たる。同時に下を向いた体勢のまま床に身体を叩きつけられた。
「ぐはっ!」
鋭い痛みが全身を駆け巡った。血の味が口に広がる。切れた口内に血が溜まり荒い息に乗って気管へ流れ込む。
呼吸困難になるほど咳き込んだ。そのたびに真っ赤な液体が床に零れる。
斬られていない。そう気づいたのは血を吐き出しきってからだ。
ジードが接触の瞬間に刃を返して聖剣の背で殴打したんだ。
「別に俺はお前を殺そうってんじゃない。また面倒になるのはごめんだからな」
両肘で体重を支え痛みに喘ぐ僕にしゃがみ込んでジードが言う。
「ただ俺らに逆らえないぐらい躾けてやろうってんだ!!」
「ぐあ!!」
足裏で僕の頭を地に擦りつける。胸から床に突っ伏した。
頬が地面に押しつけられる。ジードが動く度に摩擦で新たな傷が刻まれていく。ヒリつくような痛みを負いながらも僕はエリサの前で屈辱を受けている事実に悶えた。
痛みを上回る屈辱。ジードはこの感情を植え付けるためにこの勝負を持ちかけたんだ。僕はまんまと彼の思い通りになってしまっている。
『上級冒険者』その壁は厚くて高い。そんなこと分かりきっていた。
痛みが意識を覚醒させる。絶対失神してやるなと。
屈辱が覚悟を固める。卑怯でも泥臭くてもやり返してみせろと。
正面から戦わなくていい。僕には僕のやり方がある。
何をされても離さなかった魔法杖、その感触を確かめる。彼の足は僕の手の届く位置にある。
チャンスは初見の一度だけだ。
頭を踏みつけ続けるジードの足首を掴んだ。
抵抗と判断したであろうジードが足にさらに力を込めた。鼓膜が悲鳴をあげ脳が警鐘を鳴らす。割れんばかりの頭痛が僕を襲った。
だがそれでいい。彼を倒せるとしたら不意打ちだけだ。
「譲渡魔法 『浮遊魔法』」
僕のすべてをかけてそう呟いた。
同時にジードの足から手を離す。このまま終わりではない。ジードを倒すためにはもうひとつやるべきことがある。それまでは意地でも意識を手放してはいけない。
魔法杖の花模様が淡く光る。
「お前、何をした」
杖の違和感に気がついたジードが僕に問う。
しかしもう遅い。頭部にかかる圧力が徐々に減っていく。ジードの困惑した声も聞こえてくる。悪魔たちも同じような反応だった。
譲渡魔法で浮遊させて距離をとる。僕が実践から生み出した近接戦闘が得意な相手への対処法だ。ただし譲渡魔法を晒すことになるため乱発はできない。
「うわっ!! なんだ、身体がいうことを聞かねぇ!?」
情けない声を上げながら空中でジタバタ足掻くジード。僕は浮遊魔法が効いたことを確かめてから仰向けになると彼に向けて杖を構えた。これなら身体に力が入らなくても魔法の反動は床が受け止めてくれる。
ジードの顔が恐怖に歪む。ただの的となった彼にできることは結末を見送ることだけ。
一点に集中する。
「閃撃魔法!」
見上げた天井に魔法を放った。純白の光が聖剣で防御を試みるジードを襲う。
威力は調整したつもりだがもし当たれば重傷は避けられない。致命傷を回避するため脚を狙った。
こんなことをした相手にまだ慈悲をかけるんだ。僕は優しいのではなくただの臆病者。
「ふざけっ!!」
ジードが叫ぶと同時に彼の身体が横に吹き飛んだ。目に見えない何かに服を掴まれ強引に引っ張られたようだった。
的を失った閃撃魔法は天井を突き破り天へ舞い登った。闇夜を照らす一本の光柱。それはまさに僕の敗北を表す狼煙となる。
僕の唯一の勝ち筋があっけなく消滅した。
「まったく不意打ちでやられそうになるなんて油断しすぎだ」
そう言うエナドの元に深紫色の光を纏った短剣が飛んでくる。ご主人のもとに戻ってくるペットのようにフワフワと彼のまわりを浮遊して、やがて差し出す手のひらに着地した。
『動起魔法』。的当て対決のときエナドが使っていた魔法。
「もっと冷静になりな。俺の援助がなかったらジードはやられてた」
仲間のジードにむけて愚痴をこぼす。こんなときでも彼は冷静だ。あのときの取り乱したエナドはどこにもいない。
ジードが短剣が刺さり穴の空いた装備を指でなぞる。「余計なことするな」とエナドに悪態をついた。
倒せなかった、その事実が僕を打ちのめす。すべてをかけて放った1発はエナドにあっけなくいなされた。
僕が編み出したこの作戦は相手に味方を助けようとする仲間がいては成り立たないのだ。
「ソラ。お前の使った魔法、譲渡魔法だな」
僕を指してエナドが言う。
『譲渡魔法』という単語を耳にする度に僕の神経は過剰に反応する。いたずらがバレそうになった子どものように縮こまってしまう。
僕に向けられた言葉ならなおさらだ。動揺が見開いた目を固定する。
「噂には聞いていたがほんとうに習得している人がいるとはねぇ。 『人類史上最悪の魔法』こんなところでお目にかかれるとは」
まじまじと舐めるように僕を眺めている。
最悪だ。こんな簡単に手の内がバレるなんて。もう彼らに『譲渡魔法』は通用しない。
手札を1枚失っただけで僕の希望は地に落ちる。枚数からして僕らは彼らに惨敗しているんだ。
立ち上がろうとしていた力が抜け地面に座りこんでしまった。
立て、立ち上がれ!
そう叫んでいる僕の闘志に語り掛ける。
駄目だ、僕じゃ勝てないよ。
「どうした? 降参か?」
エナドが近づいてきた。
触れられる機会ができればチャンスはある。だけどそんなこと相手も分かっている。エナドはジードの何倍も用心深い。敵にするとジード以上に厄介だ。
案の定、僕が瞬時に動いても対処できる位置で足を止めた。
「今触れようとしたな?」
鋭い眼光を飛ばしてエナドが言う。何もかもお見通しか…………
「降参するなら許してやらないこともなかったが、その態度じゃいつ反撃されるか分からないな。ルール通り気絶させるか」
爽やかだったエナドの声がドスの利いた低くて太い声へと変わる。触れば怪我をしてしまうほど空気がヒリついた。
遊び感覚が本気の殺意へ移ろう。
「動起魔法」
戦闘態勢に入るエナド。
短剣をクルッと手のひらで一回転させる。そのまま短剣は回転速度を増していき、やがて空中へと浮き上がった。深紫色の光が弧を描く。
回転エネルギーを動起魔法で極限まで蓄えて放つエナドの得意技。敵に命中した短剣は皮膚を切り裂き肉を抉り、命を刈り取るまで体内で暴れ回る。
短剣の対処に遅れると今度はエナド自身が斬りかかってくる。ジードの絶対的な相方にして冷酷無情な魔法戦士。澄まし顔で強敵を仕留めるそのギャップが彼のカリスマ性の根源だ。
まともに食らえば気絶じゃ済まない。僕がどうなろうが関係ないのだろう。この戦いだって傷ついたプライドを修復する手段でしかない。
ここまでか…………
「やめて!!」
座りこんだ僕の正面、飛び込んできた影がエナドの姿を覆い隠した。
両手をいっぱいに広げ魔法を操るエナドに勇敢に立ち向かう。その小さな後ろ姿は見た目よりもずっと大きい。
桃色の髪を揺らし僕を守ろうと立ち塞がった人物。
「何のつもりだミルシェ。まだ逆らうってのか? そんなことしたら――」
「分かってる! でも目の前の少年を見殺しにできるわけない!」
さっきまでエナドの横でへたり込んでいたミルシェが身を挺して僕を庇っていた。
工場外で聞いた揉めていた会話を思い出す。
『犯罪です。絶対駄目です、こんなことしたら……』
誘拐に反対する声。近くで聞いてようやく分かったがさっきの彼女の声と同じだった。
「ずいぶん偉くなったもんだな、ミルシェ」
成り行きをしかめっ面で見守っていたジードが割って入ってくる。聖剣を鞘に戻し肩の埃を払いながらミルシェに近づいていく。
「お前が囮をやったからこうなってんだろ? なに正義のヒーロー気取ってんだよ」
「貴方たちが脅してやらせたんでしょ! 路地の悲鳴に助けに来てくれる本物の英雄か確かめるなんて下手くそな嘘ついて!」
無口でクールな『聖職者』。そんな前評判からかけ離れた剣幕だ。
不良パーティーの一員としてやっている彼女だが、何か事情があるのかもしれない。
思えばジードたちが20代後半なのにも関わらず、彼女はまだ20歳前後だ。『上級冒険者』まで上り詰めたパーティーだ、クロンたちが例外なだけで普通は10年以上は掛かる。ミルシェは途中加入の可能性が高い。
なんでこんな正義感の強い彼女がジードたちなんかと。
「嘘だと思ったなら断ればいいじゃねぇーか。格好つけてるけどな、結局お前はこいつらよりもかつての仲間と己を優先した。出しゃばる権利なんてねぇんだよ!!」
ミルシェが顎を引いて唇を噛んでいる。悔しそうに俯く。
「いいからそこを退け。俺らはこいつらに分からせてやらないといけねぇんだよ。”スターグ”と同じようにな」
不意にミルシェの顔から表情が消えた。
ジードの言葉を拒んでいるようにも必死に噛み砕いているようにも見える。
さらに徐々に無から憎悪へと感情が変化していくのが分かった。目を見開き歯ぎしりをし、湧き上がってくる感情をなんとか押し殺している。
「ふざけないでよ」彼女が呟いた。どんな威嚇よりも筋肉を緊張させ、どんな怒声よりも迫力があった。
「やっぱあんたたちは何も変わっていなかった」
声が震えていた。
「そうだ。そしてお仲間可愛さでまわりを不幸にするお前のその性格もまた変わっていない」
「たくさん後悔した。私が誘拐されなかったらスターグは殺されなかった。私が反抗しなかったら皆はまだ冒険ができていた。私が悲鳴をあげなかったらこの子たちがこんな目に遭うこともなかった」
もしかして彼女も僕らと同じなのか。
「間違いだらけの人生に絶望したか?」
エナドが横やりを入れる。
「そうよ、今までたくさん絶望した。そんなたくさん絶望した私だからできることがある」
ミルシェが振り返って僕を見た。
「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって。でももう大丈夫よ」
優しく微笑む彼女。絶対助けてみせる、そんな覚悟をも併せ持った表情だった。
顔を僕に近づけ頭を撫でてくる。
「私が合図したらエリサちゃんと一緒に逃げて」
小声で彼女がそう囁いた。
”逃げて”。この言葉が意味する先を推測するのが怖かった。だってきっと自分を救うべき対象に含んでいないから。
ミルシェはふたたびむき直すとジードたちに対峙した。戦闘要員ではない『聖職者』という役職。圧倒的に不利な状況でも彼女は怯まない。
いつのまにか彼女の手には十字架模様をあしらった杖が握られていた。『聖職者』が女神に加護を授かるときの必需品。堂々とした立ち姿はほんとうの女神様のようだった。
合図は意外にもすぐかけられた。
「付与『移動速度低下』」
一瞬にしてジードたちを淡い光が包み込む。
「今よ逃げて! お願いエリサちゃん!」
「風操魔法!!」
いつの間にか立ち上がっていたエリサが魔法を唱えた。
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