タルカル編 第二十二話 無謀な勝負
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結果的には本能に任せて魔法を撃たなくて良かった。あいつらなら僕の閃撃魔法なんて容易くいなすだろう。僕の方だけが魔力切れを起こして不利になってしまうだけだ。
でもそれは僕が対処できる相手ではないことを意味する。武力でのエリサ奪還は不可能に近い。
正面からやり合うことなくエリサを救い出して逃げることが今の最善だ。
「指示通り1人で来ました。彼女を返してください」
「おいおいそんな急ぐことはねぇだろ? ちゃんと返してやるって」
にやけ顔でジードが言う。
なるべく交渉を長引かせてはいけない。相手のペースに持ち込まれると条件を追加される。エリサの容態だって心配だ。
「誰にも言っていないってこと疑っているんですか? ほんとうにこのことは他のメンバーに伝えていません」
「そいつは知ってる。メリッタが見張っててくれたからな」
メリッタが窓枠から飛び降りた。マントをなびかせ緩やかに降下していく。
あのジードの口ぶり、やはり部屋の中も見張られていたか。
「でしたらはやく返してください」
「返して返してって、こいつはお前の所有物なのか? こいつは誰のものでもないだろ?」
一瞬の動揺が顔に出てしまった。
たしかに僕の所有物ではない。彼女を好きにできる権利は僕にはない。
だがそれはあいつらだって同じこと。
僕は彼女に対して冒険者として、ひとりの人間として接してきた。本人の意思を蔑ろにして我が物顔で扱うおまえらが口にしていい言葉じゃない。
「エリサは僕のパーティーの一員で、守るべき仲間です」
僕の曇りない本心だった。誰にも否定させない。
エリサの瞳がわずかに潤む。
大丈夫。すぐに救いだしてみせるから。
「良い子で冒険者ごっこを続けていたんだ。健気だねぇ」
エナドが言った。
余裕のある表情で僕を見下している。
しかしその目にはたしかに怒りの炎が揺らめいていた。
「その守るべき仲間を奪われているじゃねぇーか、騎士様よ」
ジードの鋭い視線が刺さる。
「ようするにお前はこいつにふさわしくねぇーんだよ」
「それは…………」
「あの的当て程度じゃ計れなかったものってやつを今ここではっきりさせようぜ」
駄目だ、まずい。
この展開だけにはさせてはいけないのに。
はやく何か状況を変える一言を――――
「今からこのお嬢ちゃんを解放する。そして俺らとお前ら2人で本気の戦闘をしよう」
最悪だ。やはり狙いは僕だった。初めからこうするつもりだったのだ。
エリサを囮に僕をおびき寄せ戦闘を仕掛ける。邪魔が入ることなく正面から僕らを負かすために。あの日の復讐のために。
メリッタがエリサに巻き付いた麻縄を解いていく。
「禁止事項はない。相手を両方気絶させるか降伏させたほうが勝ちだ。勝ったほうは負けたほうのメンバーを1人引き抜く権利を得る」
あまりにも自分勝手過ぎる。ジードたちが勝ったらエリサをパーティーに引き入れようとしているのが丸わかりだ。
普段ならこんな馬鹿げた勝負、受けることはないだろう。
でも今の僕らに従う以外の選択肢は存在しない。
これは提案ではない、脅迫だ。
「ほぉら、解けたわよ」
メリッタが麻縄をすべて解き終わる。
エリサがゆっくりと椅子から立ち上がった。そのままフラフラと僕のほうへ歩いてくる。
僕はエリサのもとへ駆け出した。今にも倒れそうな彼女を包み込みたかった。そして何より、謝りたかった。
伸ばした手がエリサに届く。彼女はいきなり脱力して全身から崩れ落ちた。
倒れる寸前、体重を支えるようにして抱きしめた。あの時とは違うひどく弱り切った重たい身体。気を抜いたらこぼれ落ちてしまいそうで必死に抱き寄せる。
エリサの鼓動を全身に感じた。
「エリサ、ごめん……僕がちゃんと見ていれば……ほんとうに、ごめん……」
腕の中のエリサに何度も謝った。楽になるためだとか許してもらうためだとかどうでもよかった。また守れなかったことが悔しかったのだ。
膝をついて己の不甲斐なさを嘆いた。僕がもっと強かったらこんなことにはならなかったのに。
エリサが静かに目を開ける。
「これくらい平気よ…………それにソラのせいじゃない」
途切れ途切れの声でたしかにそう言った。
「大丈夫」と微笑むエリサ。
彼女の手が僕の頬に触れた。「わたしは生きている」そう伝えるように優しく撫でてくれる。細くて白い指から彼女の命が僕を励ます。
「ごめん」もう一度だけそう呟いてから言った。
「後は僕がなんとかするから」
脱いだケープを敷きエリサを壁際に横たわらせる。「わたしも戦う」とねだる彼女だったが今の状態を悪化させるわけにはいかない。安静が絶対だ。
持ってきていた彼女の魔法杖を握らせた。杖からエリサに魔力を逆流させる。気休め程度だが魔力の補給も回復に繋がるだろう。
ふたたびジードたちと向かい合った。魔法杖を彼らに構えて戦闘態勢に入る。
「エリサに何をしたんですか?」
「ん? 俺らは何もしてない」
不意の質問にジードが不思議そうに答える。
疑問だった。エリサだって冒険者だ、1日捕らえられただけで動けないくらい弱るなんてことあるのか?
音もなく忽然と姿を消したエリサ。クロンがタルカル中を探し回ったのにも関わらず見つけられなかった。メリッタが僕らを監視していたのならエリサは誰が見張っていた?
「じゃあどうやってエリサを攫ったんですか? どうして監視もなく隠し通せたんですか?」
「あーそれか」
ジードが納得したように頷くとメリッタを一瞥した。
口角を上げてジードが続ける。
「全部彼女の魔法だ。『収納魔法』知っているだろ? あれ使ったんだ」
え?
何を言っている?
あれは物を運搬したり収納したりするもので人間には無関係じゃ――――
「『獣通り』ですれ違いざまに『収納魔法』を掛けたんだ。お嬢ちゃんはメリッタに『収納』されたってわけ。見つけられなかったのはそもそも肉体がこの街になかったからだ。必死に探すお前ら、滑稽だったぞ」
笑いながらジードが言う。自慢話をしている子どものよう。
腹立たしい態度だが、そんなことより…………
『収納魔法』は物の運搬と保存に重きを置いて作り出された魔法だ。人の移動は転移魔法が主流だったため人間への配慮はされてない魔法のはず。
信じたくない事実だった。ほんとうならエリサは長時間メリッタに『収納』されていたことになる。
「エリサが弱っているのは…………」
「ああーそれは俺らも驚いた。『収納魔法』を解除してお嬢ちゃんを出してみたらこんな弱ってるんだからよ。人間には合わない環境だったってことだな」
悪びれることもなく淡々と説明するジード。
プツリと理性の糸が切れた音を聞いた。
今日2度目のこの感覚。
さっきはなんとか堪えた。だけどエリサが衰弱した原因を知ったことで僕の脳裏に『収納魔法』内で苦しむ彼女の姿を鮮明に描いてしまった。
ああ、もう無理かもしれない。
「閃撃魔法」
そう思ったときにはすでに遅かった。
純白の光が薄暗い工場の空気を切り裂いていく。僕の意思を無視して飛んでいくエネルギー波。
僕は無意識に威力よりも精度を優先した。それは殺すかもしれないという恐怖と痛い目を見せてやるという殺意が混じり合った結果だった。
閃撃魔法は速度を緩めることなくそのままジードたちがいる場所に直撃した。衝撃波が建物を軋ませる。天井にぶら下がる照明器具がひとつ大きな音を響かせながら落下していく。
話し声だけがこだましていた空間を神経を突く騒音が掻きむしった。
「いいぜ、そうじゃなくちゃなぁ!」
立ちこめる煙を越えて不快な声が聞こえてくる。
正面に見えるは青白い光。ジードたちがいたあたりを180度囲うように魔力の壁が出現していた。防御魔法だ。
「やる気のない奴をボコすほどつまらねぇものはねぇからなぁ!!」
防御魔法が解除される。無傷のジードが姿を現した。
煙が晴れるにつれ他3人も無事な姿を晒していく。
こんな中途半端じゃやっぱりこいつらには勝てないんだ。絶望が僕の意識を引き留める。
ジードが鞘から聖剣を引き抜き、エナドが短剣を片手に構えた。メリッタが長い魔法杖で床を鳴らして、地面にペタンと座り込んでいるミルシェは心配げに僕のほうを見つめていた、のだが――――
「駄目! そんな勝負受けちゃ!」
突然彼女がそう叫んだ。すべての視線がミルシェに集まる。首を大きく横に振り、必死な眼差しをこちらに向けている。
街中での態度といい、今の立場といい、彼女だけあのパーティーで浮いている。明らかにジードたちとは根本的に違う人間だ。
なんなんだ。あなたは一体なんなんだよ!
「そんなことしたら、また彼みたいに――――」
「うるさいんだよ」
「きゃっ!!」
エナドの蹴りが彼女のみぞおちに突き刺さった。倒れ込んで胃液を吐き出しながら悶え苦しむミルシェ。
「駄目だって…………」
悶えながらもまだ声を絞り出して僕に向かって言葉を繋ぐ。彼女が伸ばした手をエナドが容赦なく踏みつけた。また悲鳴が工場内で反響する。
彼女の立場は分からないが、この勝負が無謀であることは僕も知っている。知っているけれど、僕にはこれしか方法がないんだ。エリサを助けだす方法は。
やるしか、ないんだよ…………
「じゃあ、行くぞ!」
ジードがわずかに屈んで構えをとった。
始まる、一歩的な蹂躙が。
踏み込みの音とともにジードが視界から消えた。
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