タルカル編 第十九話 魔法と呪い
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アロマキャンドルの微かな煙が香る落ち着いた空間だった。暗めの照明が部屋全体を幻想的に照らす。暖かみがあり気を抜けばすぐに眠りについてしまいそうだ。
テーブルを挟んで座る老人は長い白髪をもち口元を白髭が覆っている。たしかに積み重ねた人生がその顔に刻まれていた。
穏やかで優しそうなおじいさんだ。どんな悩みさえも親身になって聞いてくれそう。200歳を超えているとは思えないが、ヨボヨボで話もろくにできない老人がでてきても困るのでそこは目を瞑ることにする。
「よく来てくれたのぉ。ここは初めてじゃろ?」
「はい。ここに凄腕の占い師の方がいるとお伺いしまして」
クロンが応える。年上への対応にはやはり場慣れしている。
この老人は僕らとは明らか生きている時間が違う。だからどんなに穏やかでも話すのには一瞬の躊躇いがあった。
「それはありがたいのぉ。おや、おふたりさんもそんな固くなりなさんな。見ての通りただの老いぼれじゃよ」
シワだらけの顔を歪めて笑いかける老人。
背筋をピンと伸ばして拳を太股に乗せている僕とエリサに言う。緊張が身体に出過ぎてしまった。
緊張の糸を解いて姿勢を崩し少しリラックスした体勢になる。「それでよい」と老人が頷いた。
「それで、今日は何をしてもらいにきたのじゃ?」
「僕たち、パーティー結成したばかりの冒険者なのですが、近々旅に出ようかと考えているんです」
「ほぉ」
「それでより良い旅路になるように僕らの未来を占って貰おうかなと」
大人同士の距離感を保った会話。僕ではとても割り込めない。
「冒険者が来るのは久しぶりじゃ」
老人が懐かしむように目を細める。アレックスたちだろうか。いや、この街の冒険者はよく利用しているようだしそうとは限らない。
しばらくの沈黙の後、老人が口を開いた。
「いいじゃろう。おまえさんたちにささやかな助言を授けよう」
やったあ! 意外とあっさり受け入れてもらえた。
別に占いを信じているわけではない。でもほんの少し、ほんの少しだけ雰囲気に呑まれてこのおじいさんを信頼してしまっている。
「だがひとつ伝えておこう。ワシは占い師ではない。『魔法』と『呪い』を調べる研究者じゃ」
疑ってすいませんでした。
* * *
老人が順番に僕らの頭上に手をかざす。目は瞑るように言われた。触れていないのに不思議と体内に液体が流れ込む感覚がした。
何かを呟いているようだがその内容までは分からない。魔法の詠唱のようで知らない言語で作られた呪文のよう。
老人が深く息を吐き出した。占いの終わりを告げる。
「目を開けてよいぞ」
老人の言葉で目を開けた。暗い室内がさっきよりも明るく見える。
「これは奇怪な偶然じゃのぉ。おまえさんたちは3人とも旅先で『再会』が待っておるぞ」
『再会』
僕らはそれぞれ誰か知り合いに出会うことになるってことか。
クロンにとっては吉報だろう。再会する相手がハイドたちの可能性があるから。『再会』というには離れていた時間が短い気がするけど。
「お嬢さん、名はなんじゃ?」
エリサを指して老人が言う。
「エリサよ」
「エリサ、おまえさんは貴族の生まれじゃな。父上の名前を教えてくれんか」
「王都の北側、芸術の街ミストレルの領地主クオートよ」
想像よりもずっと凄い生まれで驚いた。ミストレルといったらこの国でも指折りの大都市だ。
これまでに働いた無礼の数を数える。いや、数より内容か。
『ミストレルには近づかない』頭のメモに書き記しておこう。
「クオート殿か。彼は冒険者支援に積極的じゃったからのぉ。愛娘をこうして送り出すのも納得じゃな」
エリサが動揺しているのが空気から伝わってきた。微かに手が震えて下唇を軽く噛んでいる。
彼女の可憐な瞳が陰る。
「ご知り合いなんですか?」
クロンが尋ねた。エリサの事情はクロンにも共有してある。
「ああ、以前少しミストレルで共同研究をしたんじゃ。もっともあれから数十年は会っていないがのぉ」
老人は懐かしむように天井を見上げている。
フジおじさんが交流していた当時はエリサの父さんも冒険者には肯定的だったというわけか。娘ができて考えが変わったのだろうか。
「それでお父様のことを聞いて何か分かったの?」
動揺を強引に隠してエリサが老人に問う。
「あーいやそれはただの興味じゃ。貴族には知り合いが多いのでな」
やっぱり凄いおじいさんなんだ。
「エリサ、きみの『再会』は感動的なものになるじゃろう。しかしそれと同時にきみは自身をひどく責めたくなるはずじゃ」
「なんで」
老人の言葉に被せるようにエリサが言う。
「細かいことはワシにも分からぬ。これはあくまで占いじゃ。ただ、もしそうなっても決して己を責めるでない。それをして悲しむのは相手のほうじゃ」
ずいぶん意味深だ。ほんとうはすべて分かっているんじゃないか。未来を変えないために分かっていないふりをしているとしたら。
老人に向ける視線が鋭くなっていることに気づいて、慌てて無駄な詮索を止める。
正直占いを舐めていた。ここまで具体的に助言をできるとは。
「次に少年、きみの名はなんじゃ?」
突然話を振られて心臓が飛び跳ねた。僕を指して老人が尋ねてくる。
「ソラっていいます」
「ソラ……珍しい名じゃのぉ」
「両親の名前にちなんでつけられたそうです」
「そうかい、良い名じゃな。ワシらを覆う天と同じ名前じゃ」
名前を褒められたことがなかったから嬉しい。
『空のように大きな男になれ』そんな両親の願いは僕には荷が重かった。
「ソラ、きみの『再会』は意外なものになるじゃろう。出会った相手はきみの悩みを解決する策を持っている。頼るとよい」
悩みか。僕に悩みなんてそんなにあるだろうか。
エリサの金遣いが荒すぎて僕の持ち金すら減っている、クロンの寝起きが悪くて起こすのに苦労している、エリサへのナンパに僕を経由される…………結構あるな。
「そして、きみ」
老人がクロンを指す。
「きみは相当優秀にみえるが、名はなんじゃ?」
「……クロンっていいます」
「クロンか……どこかで聞いた気がするのぉ」
一瞬躊躇ったもののほんとうの名前を言ったクロン。老人の発言に背筋を伸ばす。
同名ならいくらでもいるだろう。顔でバレなければ問題ない。ただ老人には占いという秘策がある。
「まあ珍しい名前でもない、別人じゃろう」
3人で胸をなで下ろす。
「クロン、きみの『再会』は懐かしいものになるじゃろう。嬉しい再会ではなくともあまり相手を無下にするな。それは共にいた時間をも捨てるようなものじゃ」
曖昧な表現だ。ハイドであるようでないような。少なくとも長い時間共に過ごしてきた仲である人物なのだろう。この段階では断言できない。
クロンとエリサもおのおので考えを巡らせている様子。
「最後に、3人に共通して言えることはひとつじゃ」
老人の言葉に前を向く。老人は僕らの顔を順番に眺めてから言った。
「きっと辛く厳しい旅となるじゃろう。でも乗り越えた先にはたしかな成長が待っておる。決してくじけるでないぞ」
穏やかな雰囲気とは異なる、力強い口調だった。自然と気が引き締まる。
どこまでも不思議なおじいさんだ。彼の言葉には信じさせる何かがある。どんなに突拍子のない発言でも手放しで受け入れてしまう。
「はい!」
クロンが力強く返した。クロンなりの覚悟が声に乗って伝わってくる。
僕とエリサも大きく頷いた。クロンをそこまで送り届けることが僕らの役割であると。
「占いはここまでじゃが、どうせならもう少し旅について聞かせてくれんか」
雰囲気がまた変わる。ただのおじいちゃんへと戻った。
「僕たち実は魔王城を目指している知り合いに会いに行くんです」
「『上級冒険者』ってやつじゃな。また増えてきて嬉しいのぉ」
友達でも仲間でもなく知り合いとクロンは言った。
「増えてきた? 以前はもっと少なかったというわけですか?」
『上級冒険者』はパーティーの1人でも足を引っ張る人がいるとなることはできない。全員が傑出した腕前でないといけないため成るには相当の努力が必要だ。
最近は「平和に楽して暮らしたい」という冒険者が増えてきたこともあり、むしろ減っていると僕も思っていた。
「………………100年前のちょうど今頃、とある勇者パーティーが魔王城に到達した。知っておるか?」
しばらく沈黙していた老人は、初め話すべきか悩んでいるように見えた。
「はい。そのパーティーが魔王討伐に失敗してから今まで誰も魔王城にたどり着けていないんですよね」
「その通りじゃ」
以前高台で聞いた話と同じだ。
「100年もの間、誰も魔王城に手が届かなかったのは偶然ではない。あの年に大量の『上級冒険者』が戦死したからじゃ」
「それはどうして……?」
「勇者パーティーが魔王城に乗り込んだ後、大勢の『上級冒険者』が魔王城になだれ込んだんじゃ」
どうしてだろう、老人の表情は変わっていないのに悲しそうに見えてしまう。
高台の男たちの話と一緒だが、魔王城に赴くぐらいならたしかに全員『上級冒険者』であるはずだと言われて気がついた。
「結局戦果を持ち帰ってきた冒険者はおらんかった。誰1人帰ってすら来なかったんじゃから」
「凄惨な出来事ですね……」
フジおじさんの口調はまるで実際に経験したかのようだった。僕のように遠い無関係な出来事として老人は捉えていない。
クロンが返す言葉に迷っている。彼自身も『上級冒険者』として他人事ではないのだ。もちろん魔王城に向かうハイドパーティーを追っている僕とエリサも。
しばらくクロンも老人も黙って沈黙が流れた。僕とエリサは何も言えずにただ2人が言葉を発するのをジッと待っている。
思考を巡らせるクロンたちとは対照的に部屋の空気は穏やかに僕らを包み込んでいた。
「よかったら魔族が使うという『呪い』について教えてくださいませんか」
気まずさに耐えきれずクロンが口を開いた。
「ほう! ワシの研究に興味があるか」
さっきまでの沈んだ表情から一変し、無邪気な笑顔を浮かべる老人。
研究の話ができて嬉しいのだろう。
「『呪い』は知っておるか?」
「ええ、魔族が使う魔法のようなものという程度なら」
「その認識でおおかた合っておるが、『呪い』は魔法と異なり魔力を媒介としない。相手に術式を植えつけ好きなタイミングで発動する。なんともせこい技じゃ」
老人の『呪い』に対する辛辣な評価になんか申し訳なくなる。
エリサがちらちら見てくるが失礼な。別に僕が使ったのは『呪い』ではない。公的に使用が認められている『魔法』だ。堂々としていよう。
「『呪い』の精度やその規模は術者の力量と『呪い』を編むのに掛けた時間に依存する」
ちゃんと聞くと『譲渡魔法』とは全然違うな。もっと生々しくて薄気味悪い。
譲渡魔法との相違点を必死に探している自分がいた。
「『魔法』と『呪い』の決定的な違いはここからじゃ。『呪い』は発動させたタイミングで術者が死んでしまうんじゃ。どんなに些細な『呪い』でも例外なく。まさしく命と引き換えの魔術じゃのう」
理解できなかった。
発動と同時に術者が死ぬ? じゃあ何のための『呪い』なんだ? 相打ちしかできない魔術のどこに有用性があると?
「意味がないと思ったじゃろ? 無理もない。『呪い』って聞くと悪い効果しか想像できないからのぉ」
「と言いますと?」
「『呪い』は掛けるまでに時間を要する。だから戦闘では不向きなんじゃ。『呪い』というのは味方に掛けるもの。特に時間制限がないものはとてつもない力を発揮する。魔法でいうバフをより強力にしたものが『呪い』じゃな」
素人にも分かりやすく説明してくれる。おかげで理解できた。
攻撃強化や防御効果付与などスキルや聖職者によるバフで一時的に行うものを、何十年単位で肉体に刻み続けるんだ。たしかに強い術である。
だけど納得できない。味方を強化するために自身を犠牲にする? 僕では、いや人間には到底考えられない思考回路。
僕が倫理的に拒んでいるもの、魔族の異常性を改めて実感する。あいつらは心のない化け物だ。
この後も少し老人の研究成果を見せてもらった。でも説明を聞く度に魔族への嫌悪感が募っていった。命を物のように扱い踏み台として消費することをいとわない。そんな生物が人間と同じ言語を操り、当たり前のように理不尽な殺戮を繰り返している。
やっぱりあいつらとは理解し合えない。人類が存在する限り魔族は生きていてはいけない。
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