タルカル編 第十六話 クロン
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「強制発動! 『爆発魔法』!」
うめき声が降ってきた。それは悪魔が発した最期の音となる。
巨大な爆発音と熱風とともに悪魔の身体が内側からはじけ飛んだ。体内で膨らんだ風船が耐えきられず破裂するように。花火だと勘違いする隙がないほどの圧倒的な衝撃波だった。思わず手で顔を庇う。
舞いあがる炎が僕らから悪魔の肉片を隠してくれている。いや全部燃えてなくなっただけかもしれない。目が眩むくらい強烈な光は闇夜に日中の輝きを思い出させた。
僕の身体を空気ごと震わせるその威力に、こんな爆発を操る魔法使いがいるのかと怖くなる。同時に僕が起こしたこの光景が美しくも感じられた。
しばらく経って見上げた空には黒煙が広がるだけで、悪魔の姿はどこにもなかった。
僕らはしばらく呆然と消えゆく黒煙を眺めることしかできなかった。実感が湧かなかったからだろうか。僕らは誰ひとりこんな魔法を放つことができない。目の前の強力な力がもっと強大な力の前にねじ伏せられた。
当事者であるはずなのにどうしてこんなに他人事なんだろう。
「凄い…………」
クロンが驚嘆を口にする。自然とこぼれた言葉に聞こえた。
「こんなに簡単に倒せてしまうなんて」
エリサも続いた。誰に聞かせるでもなく独り言で呟いた感想のように言う。
「ソラくん、きみはもしかしたら凄い魔法使いになるのかもしれないね」
立ち上る黒煙を眺めながらクロンが言った。空を見上げる眼差しは冗談ではない真剣なものだった。
「そうなればいいんですが」
応えに詰まり苦笑いで返す。クロンに言われると急に恥ずかしくなってしまう。僕がクロンの実力を尊敬しているから、そんな人に認められて嬉しいのだ。
歓喜の声は誰もあげなかった。命懸けの戦いだったことなんて忘れているみたいに。
僕も譲渡魔法を使ったという事実と命懸けの戦いを制した実感はもう少し先にとっておこうと思った。
僕らはそれからここが立ち入り禁止であると思い出して急いで山を下りた。退路を塞いでいた木々もいつの間にか消えていた。途中誰ともすれ違ってないから侵入がバレる心配はないだろう。
高台にたどり着いて夜景を見ながら一息つく。
非日常の実感は日常に身を置いた瞬間により感じられるものである。とっておいた実感が泉のように湧き上がってきた。
あの悪魔族を倒した。それもトドメはすべて僕の魔法だった。そして封印していた譲渡魔法を使った。
強烈な事実の数々が一気に押し寄せてくる。他人事ではない、すべて僕がこの夜に自らの手で行ったものなのだ。
「そういえば、僕が譲渡魔法を習得しているということは秘密にしてくれませんか? 知られるといろいろまずいです!」
忘れていた懸念を慌てて頼む。
「そんな慌てなくて大丈夫だよ。もちろんそのつもりだ。だよね、エリサ嬢」
「もちろん! 心配しなくてもいいのよ」
安心した。やっぱり2人と出会ってよかった。
「クロンさん、わたしのことはエリサでいいわよ! なんかその呼び方は慣れないわ」
「えー、気に入っていたんだけどな」
笑いながらクロンが言う。
ギルドで出会ったときと比べたら、だいぶふたりの距離が縮まったように感じる。軽口をたたけるぐらい気持ちの整理がついたみたいで安心した。
「ちょっといいかしら」
少し顔を赤らめたエリサが改まって言う。
僕とクロンを交互に見つめ、何か隠し事を打ち明ける前みたいにもじもじして、両手をこねくり回している。
「さっき考えたんだけど」
彼女は一度大きく空気を吸い込んだ。大事なことを口に出す助走のようだった。
僕とクロンが自分に注目したことを確認してから彼女は続けた。
「クロンさん、わたしたちのパーティーに入らない?」
クロンの方を向いてちょっと恥ずかしそうにそう言った。
「今はフリーなんでしょ? ソラもどう?」
予想外の提案だった。2人は今日たまたま共闘しただけでまだ知り合いとすら呼べないような関係だ。エリサがクロンのことをそこまで思っているとは知らなかった。
でも驚きはしない。実はエリサが言わなかったら僕が提案していたところだった。やっぱり僕らは相性がいい。
「僕も言おうと思ってた。クロンさんがいると心強いし。初心者だけのパーティーってなかなか集まらないもんね」
「そう! ギルドに出している募集もわたし以外来ていないんでしょ?」
「残念ながら」
申し訳ないと頭を掻く。これについては僕の力不足だ、面目ない。
「ちょっと待って、どうして俺なんか」
クロンが困惑の表情浮かべた。「はい、いいえ」よりも先に「なぜ」が彼の頭を駆けている。
「俺がこれから何をしようとしているか分かっているの?」
「復讐ですよね。知っています」
何度も心の中で繰り返したから知っている。
「だったらどうして…………」
「もしかして迷惑だったりする?」
エリサが心配そうに問いかける。
駆け出し冒険者と一緒に旅をして欲しいなんて提案、『上級冒険者』のクロンにとっては馬鹿げているのだろう。
迷惑だと言われたら引き下がるしかないから、なるべく言って欲しくない。
「そうじゃないけど、強い人がいいなら俺が紹介して…………」
「クロンさんがいいんですよ」
今度は僕が目を見てはっきり伝える。他の誰でもない、僕らはクロンとともに旅をしたい。それが復讐のための旅だったら尚更だ。
僕らの知らないところでこの出来事に決着をつけるのが我慢できない。
相手も迷惑をいっさい考えない自分勝手で無責任な甘え。これが言えるもの僕にとってはクロンだけ。
「これだけ僕らに残して消えるなんて卑怯ですよ」
このまま僕の人生の小さなころになるなんて許さない。彼は僕の冒険譚、自分だけのお話の最後に名を連ねるべき人なのだ。
「わたしたちの想いは伝えました。あとはクロンさんが決めてください」
僕らの方がよっぽど卑怯だ。教会で見たクロンの泣き顔。心身ともに弱りきっている人にこんなお願いをするなんて。
手段を選ばなくなるくらい、僕らはクロンのいるパーティーを夢見ていた。
クロンの表情はいっさい変わらない。怒りや不快感を抱いていなさそうで一安心する。
しかし首を縦に振る気配も感じられない。どうしたら僕らを傷つけずに断れるか、そんなことを考えているのではないかと心配になってきた。
クロンの頬に光るものを見たとき、初めは汗かと思った。彼の頬を駆ける一筋の光。
しかし残った跡を追っていくと潤んだ瞳にたどり着いた。
そう、クロンは泣いていた。
「クロンさん?」
「あ、いやこれはなんでも…………」
慌てて袖で目を力一杯擦るクロン。教会で彼が見せた動作そのままだった。
少しして顔をあげるクロンだが涙の跡が目元に残っている。
どうしよう、泣かせてしまった。
「ちょっと泣いちゃったじゃない! 追い詰めすぎよ!」
エリサが耳打ちで僕を叱る。そんなつもりじゃなかったのに。
「あ、えっと。別に嫌なら断ってくれても…………」
「ごめん、びっくりさせて。違うんだ、少し驚いただけ」
クロンが言う。
「それと、嬉しかった」
泣き笑いのような崩れた笑顔だった。
宿をねだっていたときとはまた違う。悪魔戦ですら見せなかったほんとうの”弱さ”をクロンが初めて見せた瞬間だった。
「俺は小さい時、両親に捨てられた」
突然クロンが語りだす。堪えていた涙腺があるきっかけで崩壊したかのように。これまで1人で抱えていた身に余る思いの丈を打ち明けだした。
「理由は夫婦喧嘩の巻き添えみたいな感じだったと思う。そのとき俺を拾ってくれた人がモルトゥルクの孤児院長だった」
僕らは黙って聞いていた。孤児院育ちだとは聞いていたがそんな過去があったなんて。
クロンは続ける。
「そこで出会ったのがハイドだ。彼は優等生で孤児院内でも一目おかれる存在だった。僕らはすぐに仲良くなった。僕は優秀な彼に近づけるよう必死に努力した。勉強も運動もやれることはなんだってやった。ハイドのそばにいる資格を手に入れるために」
過去を吐き出すクロンを僕らは何も言えずに見つめている。口を挟むべきではない。
クロンが僕らから視線を外し街へ身体を向けた。
「でもそれがいけなかったんだ。ハイドにとってそれが鬱陶しかったらしい。パーティーを追放された理由はその延長線だ。結局親友っていうのも僕の思い違いだったのかもな」
自嘲するクロンはじっと夜景を眺めている。
「俺が『模倣者』になると決めたのは成長してからだ。ハイドとともに適性検査を受けに行ったとき、俺には『模倣者』としての適正しかないと判明した。『上級冒険者』を目指すパーティーにとっては足手まといとしかならない役職。絶望したよ。もう俺にはハイドのそばにいる資格がないんだって。でもそんな落ち込んでいた俺をパーティーに誘ってくれたのもハイドだった。あのときはほんとうに嬉しくて嬉しくて、なんとかハイドの役に立ちたいって……そう思って…………」
涙混じりの言葉が途切れる。こぼれる滴が月明かりに照らされる。
クロンはハイドに憧れていた。だからハイドに追いつこうと必死で努力してきたんだ。それでもハイドにその思いが伝わることはなかったと。
昨日クロンの笑顔に覚えた違和感。ずっと我慢してきたんだ。強がりじゃない、自分の悲しみを僕らに分け与えることがないように作り物の笑顔を貼り付けて。
「俺はふたたび孤独となった。両親にも親友にも裏切られて。そんな中ソラくんがあの日立ち去る俺に声を掛けてくれた。あれほんとうはものすごく嬉しかったんだ。まだ俺に関心をもつ人が居てくれるって。だからこそきみを復讐なんかに巻き込みたくなかった」
クロンがひとりで山道に通っていた理由。それはきっと誰にも知られずに泣くためだったのだ。自分の”弱さ”を他人に見せないように。強がりにもみえるが、僕らに心配して欲しくなかったんだろう。「俺はもうひとりで生きていけるから」と安心させたかったのだ。
「クロンさん」
「さんざん一緒に旅した仲間なのに復讐なんか考えてしまうんだもんな。俺に近寄ってくれる人なんているわけなかったんだ」
「クロンさん」
「ありがとう。こんなどうしようもない俺をここまで思ってくれて。でもきみたちに迷惑はかけられないから――――」
「クロンさん!!」
話を終わらせようとするクロンの両腕を掴んで無理矢理こちらを向かせる。
手遅れになる前に伝えなければいけないことがあった。勘違いの可能性もあったから今まで言わなかったけど、それで後悔はしたくないしして欲しくない。
「僕の話を聞いてください! クロンさんはきっとハイドさんを勘違いしている」
「……? 俺はハイドから直接言われたんだぞ。勘違いもなにも…………」
「僕はハイドさんに会ったことがないので彼がどんな人物かは分かりません。それでも推測することはできます」
僕が気づいたこと、クロンが気づいていないこと。きっとハイドは苦渋の決断としてクロンを追放したんだと伝えたい。
「僕がクロンさんに初めて会ったとき、テレポートで旅をしている冒険者だと思ったんです。装備も汚れていなかったし目立つ傷もなかった。だから父さんが言ったことが気になったんです」
『まあ詳しい話はうちでやらないか。ちょうどケーキが焼けたところなんだ。戦闘疲れによく効くぞ』
「どうして父さんはクロンさんが戦闘直後だと知っていたんでしょうか? 普通、戦場以外で冒険者に出会ったら旅疲れを労ります。あの時点ではクロンさんがテレポートされて来たという事実すら知らなかったはずです」
「それはハイドが『魔人』と近々戦うと近況報告していたから…………」
「他にもクロンさんに宿や持ち金がないことを知っていたり、1度も見たことのないクロンさんにすぐ気がついたり」
「俺の特徴を細かく伝えていたんなら……」
「追放するほど嫌いな人の特徴を、見て分かるくらい細やかに?」
ひとつひとつは小さな違和感だった。それが積み重なり無視することができないくらい膨れあがっていた。
「思うんです。父さんはクロンさんが家を訪れる、いや付近にテレポートされてくることを知っていたんじゃないかって。それも『魔人』との戦闘の後、パーティーを追放されるという形で」
突飛な発想だがそれなら辻褄が合う。何となくでクロンを家に招いたのではない、初めから父さんはクロンを保護するつもりだったのだ。多分ハイドに聞いたんだろう。
「嫌いを理由に追放した仲間のその先を心配する? そんなことするぐらいなら追放なんてしなければいい。でもハイドさんはクロンさんを追放した。それには必ず他に理由がある」
「他の理由……」
言っておいてなんだが、僕も一切検討がついていない。わざわざクロンだけを追放して追いつけないように遠くへ飛ばすなんてよっぽどの理由なんだと思う。
「ハイドは俺を嫌っていたんじゃ…………」
信じられないといった様子のクロン。無理もない。今までクロンはハイドに嫌われて裏切られたのだと思っていたんだから。
「その理由が何かはまだ分かりません。だからこそ確かめに行くんですよ、ハイドパーティーのもとに。もちろん僕らと一緒にね。クロンさん顔広すぎてクエスト受注苦労しそうですし」
「そうね。『勇者パーティーのクロンと旅をした』なんて冒険者市場でプレミアがつくわ」
エリサも口を挟む。ハイドを追う計画はすでに伝えてあった。だが今知ったであろう細かい事情にも彼女は賛同してくれているようだ。
「落ち込むのも復讐の炎に焼かれるのも真実を確かめてからで遅くない。この先あなたが歩むべき道を見定めるためにも」
言葉を区切ってもう一度クロンを見つめ直す。彼の瞳に僕が映っていることを確認してから続けた。
「僕らとともに行きましょう。ハイドさんの真意を確かめる旅に!」
右手を広げ前に突き出す。エリサも真似て左手を差し出した。
クロンならきっとこの手をとってくれる。まだ会って数日しか経っていない僕らだけどきっとやっていける。
「…………もしハイドの言っていたことが真実だったら?」
「それなら復讐をしてもらって構いません。もちろん僕らは全力で止めますけどね!」
クロンに笑いかける。
心配しなくていいんだ。クロンのことを僕らはひとりにしない。あなたの恐れる孤独なんてきっともう無縁なんだ。
だからほんの少し、僕を頼ってくれないか。
わずかな静寂が痛みに変わる。伸ばした右手がよりどころを求めて震えだした。お願いだ。僕らのわがままを聞いてくれ。
たった10数秒がやけに長く感じられた。息をするたびに動悸が全身を締めつける。鼓膜が音を求めて敏感になっているのが分かった。
どれくらい待ったかは定かではない。もう一度説得しようかと必死に言葉を探していたときだった。
「まったく俺はまだまだだな」
クロンがやっと口を開いた。呆れたような決心がついたような明るい声。肩をすくめて溜息をつく。
「ほんとうは自分で気がつくべきことを、ハイドに会ったこともない少年から教わるなんて」
さっきまでの沈んだ表情とはまるで違う、頬を緩ませ砕けた笑みで僕らを見ている。自嘲気味だが気持ちが前を向いているのが伝わってきた。
「俺にはどうやらキミたちが必要みたいだ」
「「それじゃあ!」」
僕らの歓喜の声が重なる。
「ハイドのことはまだ半信半疑だ。すべてを断定することはできない。それでも今は君たちの言葉を信じてみたい。きっとその方が俺にとって正しい選択だと思うから」
僕らの手のひらにクロンの大きな手のひらが重なる。きっと大丈夫。安心出来る力強い握手を交わした。
クロンの瞳にはっきりと僕らが映る。
「よろしくな、ソラ、エリサ」
「「はい! よろしく、クロン!」」
これでタルカル編ひとつの区切りがつきました
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