追放編 第一話 追放
2話目の投稿です!(プロローグがあったので作品の1話目はこっち)
本日はあと1話投稿します。
クロンにとって人生最悪の瞬間は揺るぎないものだった。これまで味わってきた孤独とはまた違う。はっきりとした殺意がそこにはあった。
瑠璃色の髪の男が意を決したように口を開く。
「クロン、お前をこのパーティーから追放する」
彼の無慈悲な言葉はクロンにかつての記憶を鮮明に蘇らせた。
* * *
「闇導魔法」
魔人ドーヴァの杖から黒煙を纏った稲妻が放たれる。
「防御魔法!!」
スピカはすかさず防御魔法を展開する。半透明な青白い壁がクロンたちを囲うように広がった。
ドーヴァから放たれた魔法は肥大していき、やがてクロンたち5人の視線から己の姿を覆い隠した。
防御魔法に弾かれた稲妻が廃虚の壁を破壊していく。
「スピカ、もちそうか?」
「うん……でもハイド、これじゃあきりがないよ」
魔力勝負では劣勢となってしまう。相手には魔族の血が少なからず流れてるのだ。魔力切れを起こすのは間違いなくクロン側である。
「ダイス、動けるか?」
「あったりめぇだ! あいつに一発いれてやらねぇと気が済まねぇ!」
威勢の良い声を上げつつも、その右手は打ち抜かれた右脇腹をさすっている。レイティアに治療してもらったものの、耐えがたい苦痛をどうにか堪えているのは誰が見ても明らかだ。
ハイドはクロンに目配せをし、静かに頷いた。作戦開始の合図としてハイドが必ず行う動作だ。幼馴染に目で訴えている。「これでいいよな」と。
それがどこかいつもと違う気がした。
「魔力勝負ではつまらないだろう」
ドーヴァのドスのきいた重厚な声が黒煙を越えて聞こえてきた。威圧的だが戦闘を楽しんでいるかのような響き。
警戒を強めた瞬間、魔法の拡大が止まった。
逆に徐々に細く鋭く形状を変化させていく。バラついた魔力の圧縮・高密度化。殺意を魔法に込め一撃で仕留めようと魔力を練り上げる。
どこまでも延びる槍のようなそれは空気を切り裂きクロンたちに襲いかかってきた。
唸る稲妻はそれでもスピカの防御魔法に弾かれて――――
バキッ!!
目の前の空間がひび割れた。いや、スピカの防御魔法が破られたのだ。
「キャッ!!」
スピカの短い悲鳴が響く。貫通した魔法が彼女の喉元を貫かんとし――――
「させない!」
クロンが飛び出す。ほとんど反射だった。手には模倣した"不壊の盾"。受けるのは無理だ、ならば受け流すしかない。
重く鋭い衝撃がクロンを襲う。腕が耐えきれず全身で魔法を受ける。身体の至るところが熱をもって神経を締め上げた。
「うらぁぁ!」
それでも無理やり盾を捻り、魔法の軌道を僅かに変えることに成功した。クロンはスピカと共に後ろに吹き飛ばされる。
「ほう、しのぐか」
ドーヴァはゆっくりと杖を構えなおす。強者の余裕が感じられる所作だ。煙が晴れドーヴァが再び目の前の3人と対峙する。
魔人は目の前の光景に目を見開いた。3人…………?
「視界が悪いのはそっちも同じってなぁ!!」
ドーヴァが振り返るとそこには拳を振り上げるダイスの姿。
「闇導魔法!!」
間髪入れずにドーヴァが唱える。放たれた稲妻は確かにダイスの胸を貫いた。
ダイスを成していたものが徐々に形を失う。それは白いモヤとなり大気中へ溶け込んだ。
「幻術!?」
ドーヴァの表情が初めて崩れる。
クロンの傍でスピカが幻術魔法を解除した。
「やっと人間らしいところ見せたなぁ!!」
声と同時にドーヴァの脇腹が抉れ左に吹き飛んだ。旋回する身体。吐きだす血はどす黒く濁っている。それは己が人間では無いことを残酷に明示していた。
飛行魔法でどうにか体勢を整えたドーヴァの左胸に激しい痛みが走る。苦痛に歪む表情を映して輝く銀色の剣がドーヴァの視界にのぞく。
背後から突き出された聖剣は的確に2つある心臓両方を刺し潰していた。
「人間に憧れた魔族か……」
倒れ天を仰ぐドーヴァに哀れみの目を向けハイドは続ける。
「それがお前の敗因だ」
ハイド一行は魔王城へと歩みを進めていた。
「いやぁーマジでスッキリした! これで俺の右脇も報われるってもんだぜ!」
「あれはアンタが勝手に突っ込んだせいでしょ!? 完全に自滅よ。手の内が分からないのに無謀なことするから」
「魔法使いには接近戦! これ常識!」
ダイスとスピカのいつもの言い合いが耳に響く。
「突っ込むのは結構なので、事前に知らせて下さい。私の肉体強化が遅れていたら、ダイスは死んでいましたよ」
後方から落ち着いた声が飛んでくる。レイティアだ。
「それは信頼しているからっていう……」
「私が困るんです」
レイティアがダイスを睨む。水色の澄んだ瞳に硬直した顔が映る。これ以上はまずいとダイスは無謀を詫びた。
「分かればいいんです」
レイティアはまた澄まし顔に戻る。怒られてやんのとスピカがまたダイスをからかいだす。
クロンはレイティアと横並びで2人のやり取りを眺めていた。いつもと変わらない、ただの日常。
「みんな少しいいか」
急に先頭を歩くハイドが足を止めてこちらを振り返った。
緩み切った雰囲気がハイドの一言でがらっと冷たくなった。全員の笑顔が抜け落ち神妙な面持ちとなる。クロンだけが事態を把握できていない。
「どうしたんだハイド、やけに真剣そうじゃないか」
クロンは幼い頃からハイドを知っている。しかし過去からハイドの感情を推測する必要はなかった。
相手を哀れむ冷徹で残忍な目。ハイドはさっきまで魔人ドーヴァに向けていた表情でクロンを見ていた。
「もうみんなには伝えてあるんだ」
心臓の鼓動が聴覚を刺激してくる。次の言葉を必死に遮ろうとしているかのように。
大きく息を吐き出すと、ハイドが意を決したように口を開いた。
「クロン、お前をこのパーティーから追放する」
時が止まったようだった。いつものように言葉を咀嚼できない。
「おい冗談だろ? お前らしくないな」
「冗談なんかじゃない」
鼓膜が振動を、脳がその意味を否定する。ただの日常が、壊れていく。
「なにいっている、どういう事だ」
「お前をこのパーティーから追放するって言ってんだ!!」
ハイドは苛立ちの声を張り上げた。
他の3人は驚いた様子もない。ただ無言でクロンを見ている。
「これはもうすでに決まったことだ」
「ちょっと待て、ハイド。なんでそんな急に」
クロンは一旦ハイドを宥めようと手を伸ばした。話をするためにも、1度彼を落ち着かせる必要がある。
その手をハイドは容赦なく払いのけた。
「急でもなんでもないんだ、俺にとって!!」
ハイドは鬱憤を吐き出すように怒鳴った。
「どうして……」
言葉が続かない。
ハイドは語る。かつて孤児院で出会ったクロンに抱く想いを。
「俺は孤児院で一目置かれるような秀才だった。他の誰も到底俺には及ばない。それはお前が来てからも変わらなかった。運動も勉学も何をするにしてもお前は俺には勝てない。それなのに……」
ハイドは一度言葉を切り、さらに続けた。
「どうしてかお前は常に俺の後をついてくる。届くはずのない背中に必死に手を伸ばす。お前がもがくその姿が俺にプレッシャーとストレスを与えていたんだ!」
クロンは「鬱陶しかった」と吐き捨てるハイドの気持ちに気づいていなかった自分に絶望した。幼馴染ではあるが親友ではなかったと今更ながら気づく。
「どうにかしてお前を冷たい地の底に突き落としたかった。だからお前をパーティーに誘ったんだ」
「え……」
クロンから困惑の声が漏れる。
「俺らのパーティーが魔王城に届きそうになった瞬間、お前を追放するんだ。冒険者1本だったお前は落ちぶれ、2度と俺に追いつけなくなる。目標を失ったお前に魔王討伐で英雄になった俺が声を掛けるんだ」
ハイドはクロンの方へ歩み寄り、息が掛かるほど顔を近づけて言った。
「『力なき皆様は僕が助けます』ってな!!」
絶句した。その圧倒的自信にでも復讐に命をかける姿勢にでもない。ハイドに認められていなかったという事実にだ。
クロンにとって、ハイドと最も長く苦楽を共にしてきたという過去こそ自分が存在できる唯一の理由だった。誰にでも慕われ信頼されている彼の傍に居場所があることで、己の劣等感を誤魔化し続けることができていた。
「これからお前を転移魔法でここから離れた僻地へ飛ばす。そうすれば俺らに追いつくことはできない」
クロンは黙って俯くスピカに視線を向ける。転移魔法はこの中で彼女しか扱うことができない。
しかしこんなふざけた案、正義感が強い3人が呑むとはとても思えない。
「他のみんなの意思はどうなるんだ? これまでとこれから、全部ハイドの復讐のための道具かよ」
なんとかハイドに食らいつくため強い言葉を選ぶ。このままでは何もかも奪われるような気がした。
ダイスが口を開く。
「俺らはハイドについてきた。ハイドが望むことは俺らが望むことでもある」
ためらいのない声だった。
「武器紛失だけ気をつければいいし、正直もう用済みだよねぇ」
「これまでの武器感謝します。ですが私達のことはもう忘れて下さい」
スピカとレイティアも続く。
「そうだね! アタシたちのことなんてもう忘れな!」
仲間からの怒濤の裏切り。それもハイドの説得だけではない個人の強い意志をクロンは感じた。
3人は自らクロンを裏切ったのだ。
「そういうことだ……スピカ」
「うん」
スピカが杖を構えた。
クロンの足下に円形の模様が浮かび上がる。それを光源にクロンが淡い光に包まれた。
「待て!! こんなの納得出来ない!!」
「知っている。お前は絶対俺から離れようとしない」
「初めから裏切るつもりだったのか!!」
「だからそう言っている。せいぜい俺が魔王に殺されるのでも祈っていればいい」
「おい、ま――――」
クロンの前から4人が景色ごと消えた。
転送魔法には慣れている。しかしいつも目の前には自信に満ちあふれたハイドがいた。手柄で揉めるスピカとダイス、それを諫めるレイティアがいた。
魔法効果範囲がやけに広く感じられる。誰の体温もそこにはない。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ)
孤独が再びクロンに忍び寄る。両親に捨てられ森の中でひとり泣き叫んでいたあの日。孤独を恐れ拒絶するようになった日。
2度目の孤独がクロンを蝕んでいく。
「そうだ俺たちのことは忘れるべきなんだ」
頭を抱えるクロンの耳にその声は届かなかった。
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本日は残り1話投稿されますので、是非ご覧ください!