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タルカル編 第十三話 クロンの居場所

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 僕らが向かう先はただひとつ。悪魔との激闘を終えた空間のさらに先。『立ち入り禁止』の看板が立てられ鉄柵で塞がれた山道の到着点。

 入ったことのない場所、加えて立ち入り禁止のエリアに入るというのは何とも胸の高鳴りを感じずにはいられない。うち半分は姿が見えない敵への恐怖心によるものかもしれないが。


 鉄柵を越えると一気に空気が暗く淀んだ気がした。これも思い込みだが何となく僕らが歓迎されていないということが山の雰囲気から伝わってくる。


 無意識に僕らは早歩きになっていた。心身はそう簡単に切り離せるものじゃない。焦りと不安が僕らの身体に事態の解決を急かしてくる。そんなことですぐ解決できればどれだけ楽なことか。


「あれって…………」


 しばらく鉄柵から一本道の山道を進んだ先にふたたび開けた空間を見つけた。今いるのは山の中腹辺りだろうか。何かの建物も樹木の隙間から確認できた。おそらくあれがこの山道が作られた目的となる場所なのだろう。


「あそこならクロンさんいるかも」

「そうね。はやくいこ!」


 自然と僕らの声も明るく弾む。クロンに出会えばなんとかしてくれる。無責任な期待だけれども見当違いな期待だとは思わない。それほど魔力を失った僕たちにとってクロンは希望の光だった。

 あと少し。あと少しで助かる。


 

 同時に足を止めたのは示し合わせたわけではない。何か障害物があったわけでもない。ただ、今僕らがもっとも嫌う音を鼓膜が拾ってしまったから。

 抑えきれない感情を噛み殺しているような、息を詰まらせて必死に酸素を欲しているような。すすり泣きの声が風に乗って運ばれてきた。


「嘘でしょ? 悪魔は倒したはずなのに……」

「やっぱりまだいたのか……」


 さんざん喜ばせておいてあと少しというところで突き落とす。悪魔もなかなかいい性格をしている。僕らはまだあいつらの手中だったわけか。

 後ずさりした僕の背に冷たい感触がぶつかった。


「用意周到過ぎだって」


 後ろに巨大な存在感。そう、帰り道がまた木々で塞がれていた。今度こそ仕留めるつもりなのだ。隙間をぬって帰ろうにも人が通れる隙間を探すだけで時間をとられるほどの密度。こんなところ一度入ったら出てこられないと分かる。

 

 やっぱり僕らに残された道はひとつしかなかった。


「建物に急ごう。まだクロンさんがいる可能性もある」


 動けないでいるエリサの腕を引いて山道を駆けのぼった。身体が重い。臓器がすべて鉛玉になってしまったみたいだ。一度でも気を抜けば体内から何もかもがこぼれ落ちそうになる。


 重い足をなんとか持ち上げて山道の終わりにたどり着いた。

 そこに広がっている平地にそびえるひとつの建物。ひどく荒廃した外装にツルが伸びて絡まっている。使われていた当時の面影すら見えないがおそらくこれは


「教会か?」


 煤けた外壁にはわずかに複雑な彫刻が施された白壁が覗いている。高くそびえる尖塔は、星空に向かって突き刺さり、神への信仰を象徴しているかのように見えた。大きなステンドグラスの窓は大部分が割れその役目を終えている。


 泣き声は教会の中から聞こえていた。両開きの扉は片側しかなく残っているほうも傾いて開けられそうになかった。

 いる、間違いなく、教会のなかに。


「教会に入ったら悪魔の思うつぼだ。僕らは外で朝を待とう」

「待ってどうするの? 朝が来てもここから帰れる保証はないのよ。それに中も外も危険なのには代わりないわよ」


 たしかにエリサの言うとおりだ。しかしどうしろというんだ。悪魔が待つ教会に踏み込むか? そんなこと自ら縄張りに飛び込むようなもんだ。もうすでにその状態なのは言うまでもないが。


「俺は…………」


 教会の中から聞き馴染んだ声がした。泣き声とは違う人間が発した意味のある言葉。弱々しいが幻聴なんかじゃない。

 そして聞き間違いではなければその人物はきっと――――


 ふたりで顔を見合わせる。エリサも聞こえていたようだ。


「ソラ、あれって!」

「間違いない!」


 エリサの顔に笑顔が咲く。僕も同じだった。


 僕らは駆けた。必死に教会へ走った。さっきまでの疲れなどなかったかのように身体が軽かった。途中こぼれる涙を袖で拭う。エリサに気づかれていなかったらいいな。

 

 扉があっただろう場所から教会へ飛び込んだ。

 高く伸びるアーチ型の天井が僕らの足音を反響させる。左右に並べられた長椅子は原型をかろうじで保っているがボロボロだった。


 そして僕らの正面、祭壇の前に人がひとりうずくまっている。表情は見えないがすすり泣きのような声はその人物からのものだった。

 後ろ姿に見覚えがあった。真っ黒いローブに身を包み、フードの隙間から茶髪がのぞいている。


 間違いない。今日僕らはこの人を追ってこの山道を訪れたんだ。


 その人物が顔をあげ振り返った。僕らと目が合う。驚いたと大きく見開いた深碧の瞳はひどく充血していた。その整った顔も涙で汚れ部屋で見た彼とは別人のようだった。

 

 やっと会えた…………


「どうしてここに……」

「「クロンさん!!」」


 僕らは歓喜をあげると同時にクロンに駆け寄った。エリサもそうするとは予想外だった。よほど参っていたんだろう。

 すぐさま僕よりも大きい身体に身を投げる。そのままクロンに抱きついた。恥ずかしさより込みあげる安心感に身体を委ねた結果だ。


「うお! ソラくん?!」


 クロンは全身で僕を受け止めてくれた。宿乞食としていたとは思えないくらいたくましい。こんな甘え方などクロンにしたことはなかった。

 クロンが大急ぎで自分の顔面を袖でこする。涙の痕を見せぬように。こんな僕にも取り繕ってくれることが何よりも嬉しかった。

 

 戸惑いつつも頭を撫でてくれるクロン。優しくも力強い手だった。

 人は大人になるにつれて甘えることが許されなくなる。心はそう簡単に成長するものではないのに。

 これは僕らが年上に対してのみ許されている特権だ。

 

 肩の痛みも忘れて大きな温もりを全身に吸い込んだ。こんなことをクロンにしたのは初めてなのにどうしてか懐かしい気持ちになった。頼ったら何とかしてくれる人が身近にいて、いつでも弱さを受け止めてくれるのは実はとても恵まれているのだ。


 

 しばらくクロンの胸の中を楽しんでいた僕は、エリサの咳払いで我に返った。慌ててクロンから離れる。

 エリサのニヤついた目をうけ、頬が真っ赤に紅潮した。


「ソラもまだまだ子どもっぽいのね」

「エリサだって僕よりはやく駆け寄ったじゃないか」

「それは……」


 小さく俯く彼女だがその気持ちはよく分かる。クロンを見つけたときの安心感といったら父さんに怒られたときの母さんの抱擁と近しいものがあった。


「それでどうしたの?」


 クロンが事態を把握できずに困惑している。充血していた目もある程度赤みが引いていつものクロンに戻っていた。

 

「それが大変なんですよ!! 実はこの山悪魔たちの巣窟で、今も僕らを狙っているんですよ!!」


 簡潔に今の状況を伝えようとするが、拙い説明になってしまう。感情の波が激しくて気持ちの整理に脳を使われている。

 まだ状況が飲み込めていないクロン。


 ちょうどよく、クロンに現状を説明するかのように爆音が鳴り響いた。

 

 痺れるような轟音に否が応でも理解しただろう。

 破裂音とともに教会全体が大きく揺れた。初めは地震かと思った。でもそうではないと入り口に舞う土煙と破壊された扉が教えてくれる。


 教会の扉よりも遙かに大きい、漆黒の身体と鋭い爪をもった化け物が視界に入る。やっぱり親玉がいたのか。


「そうそう、こういう奴です」

「なんでそんなに冷静なの!?」


 クロンの悲鳴が教会にこだました。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

少しでも面白いなと思ったり続きが気になる方は、高評価・ブックマーク・コメントをお願いします。作品制作のモチベーションに繋がります!


明日も投稿するので是非!

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