タルカル編 第十話 幽霊山道
本日2本目、ラストです!
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夜は山に入ってはいけない。両親から言い聞かされてきた子どもも多いのではないだろうか。
その理由を僕は身にしみて感じている。
大木の下では足下すらまともに見えない。傾斜がついた地面は僕らの体力をじわじわと削っていく。
風にあおられて草木が鳴いている。その音すら不気味さを助長していた。
「もうなんでこんなところに行くのかしら。疲れるじゃない」
「入ったのは僕たちだよ」
「クロンのせいよ」
いっこうに姿が見えないクロンに愚痴るエリサ。呼び捨てになっているところからしてもよっぽど疲れているのだろう。
僕も正直帰りたいと思っていた。興味よりも眠気が頭を支配している。
文句を言いつつ歩いていると、月明かりが差し込んでいる場所が見えた。そこだけ傾斜がなく立ち並ぶ木々もぽっかりと空間をつくっている。
山が開けた大きな穴のよう。山道が使われていたときは休憩所にでもなっていたのだろうか。
「あそこで休憩しない?」
「いいわね、少し疲れたわ」
安楽の地を求めさっさと登りきろうとしたときだった。
泣き声が聞こえてきた。
すすり泣くような小さな声。顔を膝にうずめ時折涙混じりの息をするような、幼い子どもの泣き声に聞こえた。
「誰かいるのかしら?」
「子どもがこんな時間に?」
真っ暗な山の中をここまで登ってきたというのだろうか。あり得る話だがもしそうなら元気過ぎやしないか。
いや、可能性はもうひとつある。むしろこちらの方がしっくりくる。
間違えて山に入って迷子になってしまった場合だ。やがて夜になって帰ろうとも帰れなくなってしまったとしたら。
「もしかしたら迷子なのかも」
「それは大変ね。はやく行かないと」
「急ごう――――」
『そういえば、聞いたか? 幽霊山道でまた被害者がでたって』
『うわ何件目だよ。なんで騙されるかね』
「待って」
ふと男たちの会話を思い出した。高台で聞いた噂話はたしか『幽霊山道』。名前からして幽霊がでる山道だろう。
胸騒ぎがする。
もしここがそうだとしたら……
「ここもしかしたら『幽霊山道』かもしれない」
「幽霊山道?」
エリサは聞いたことがなさそうだ。
「うん。僕も立ち聞きした程度だけど、『幽霊山道』と呼ばれている場所で犠牲者が出ているらしい」
「犠牲者ってことは死者?」
「それは分からない」
そうでないと願いたい。ここで複数人の死人がでているなんて恐ろしすぎる。
「噂をしていた人たちはこんなことも言っていたんだ。『なんで騙されるのか』って」
「『騙される』ってもしかして――――」
「うん、それがこの泣き声だとしたら」
ここの他に山道があるのかもしれない。『被害者』といっても足を挫いただけかもしれない。確証は一切ない。
ただもしクロンがここを通っていたら? 聞こえる泣き声を無視はしない。きっと助けに行くだろう。
だが子どもはまだ泣いている。そしてクロンが今行方不明になっている。最悪の方向へ手がかりが繋がっていく。
「迷子をクロンさんが見捨てるとは考えにくい。この泣き声は不自然だ」
「まさか、幽霊?」
「それも人を泣き声でおびき出して襲う卑怯な知能犯の可能性がある」
冒険者ならクロンの身を案じて危険に身を晒すことが正解だろう。だが僕らはまだ駆け出し冒険者。力ない者の場違いな勇気はただの無謀に過ぎない。
最優先はこちらの身の安全だ。
ほんとうの迷子だったとしてもギルドに報告したら調査に来てくれるはず。
「いっかい引き返そう。応援が必要だ」
「そうね」
僕らは急いで来た道を引き返そうと振り返った。
「どうして……」
視界に飛び込んできたのは目の前を埋め尽くすほどの木々だった。幹の間に枝が伸び隙間に無理矢理大木の巨躯をねじ込んでいる。
異なる空間を無理矢理くっつけたような歪さを感じる。最初からそこに道なんて存在していなかったかのように
山道は僕らが立っている位置から忽然と消失していた。
そびえ立つ大木のひとつに触れてみる。表面のざらざらとした感覚が指に伝わる。
触れた、幻覚の類いじゃない。
「ソラ、これって……」
エリサの声が震えている。僕も足が小刻みに動きだした。
得体の知れないものに対する恐怖。確実に狙われているという状況が僕らの神経を蝕み破壊していく。
「……幽霊のしわざと考えるのが普通だと思う」
絞り出すように応える。
噂の幽霊が僕らを閉じ込めるために領域を形成したのだ。そして通例からすると
「術士を倒さないと解除されない」
僕らは想像以上にくせ者の縄張りに迷い込んでしまったらしい。
「どうするの?」
エリサはついに涙声になって僕にすがってきた。僕だって怖い。
「ここに居ても埒が明かない。とりあえず開けた場所まで行こう。奇襲に備えるために」
エリサの手を引き、前の空いた空間まで急ぐ。彼女も力強く握り返してくる。仲間がいるだけで理性を保っていられた。
「クロンさんがいてくれたら――――」
「そんなに強いの?」
「僕も戦闘はあんまり見たことないけど、有名なハイドっていう人のパーティーの一員だったらしいし」
「ハイド!?」
エリサが驚いたような声を上げる。
「そんなに有名なの?」
「当たり前よ。全員が19歳にして『上級冒険者』の最上位に上り詰めたパーティーで、魔王を倒せるのは彼らしかいないって声もあるのよ」
初めて知った。漠然と「強い」というイメージだけでクロンを見ていた。
キュルシニィ戦でのあの落ち着いた対応を思い出す。
「それならクロンさんとの合流が最優先ね。無事ならいいけど」
開けた空間にたどり着いた。樹木がそこだけを避け、天からの月明かりが草が生い茂る地面を照らしている。
ここならランタンを使う必要もなさそうだ。
安堵したのも束の間、嫌な視線が僕を貫いた。それもひとつやふたつじゃない。大勢で僕らを監視している。
木々ひとつひとつが意思をもって僕らを見張っているように。獲物を捕らえる機会をじっと窺っている。
「ソラ」
「うん、来る」
僕の返事を合図にしたかのように、僕らを囲む樹木のひとつから影が飛び出した。一直線にこちらに向かってくる。
「閃撃魔法!」
影めがけて魔法を放った。飛んでいく光はそいつ胴体に命中する。
輪郭は闇に溶けていてぼやけているが確かに当たったはずだ。しかし手応えが乏しい。
影はそのまま地面に転がって止まった。
月明かりが影を照らす。
そこにいたのは人型の化け物だった。
闇夜に溶け込むような漆黒の身体を持ち、細い腕の先には鋭い爪を伸ばしてる。顔と思われる場所には鼻も口もなく、小さく空いた目から真っ赤な光が漏れていた。
背丈は僕より少し低いくらいだろうか。ガリガリの肉体には脂肪がなく細い筋肉を何重にも束ねたような歪な姿だ。
「なにこいつ、怖い」
「魔獣……ではないよな」
地に倒れた化け物に目を凝らす。もともと人型だったというよりは、進化の過程で人間の形状に近づけている無理矢理で強引な姿に見えた。
人を恐怖させるために生まれた存在。容姿を人型によせ人の心をもてあそぶ、とても特徴的な種族だ。
お話にでてきたことがある。たしかこれは
「悪魔族」
「悪魔!?」
迷信だと思っていた。こんな化け物、架空の存在だと。
縄張りに入ってきた無警戒の人を食らう。昼間は決して姿を現さない。人の活動が停滞する夜を狙って狩りをする。
その周到さからいままで討伐されることなく、表舞台にでてくることもなく、ひっそりと生き残ってきた。
存在が確認できているのは、失踪した仲間が残したとされる手がかりを発見した冒険者がいたからだ。きっとタルカルで噂になっている幽霊騒ぎも、何かが潜んでいるという証拠を犠牲者の仲間が見つけたのだろう。
「これはまずい。悪魔は群れる特性があるんだ。僕らが対処できる相手じゃない」
魔法使い2人だけではいずれ魔力切れを起こしてやられる。物量で押し切る相手には前衛が必須なのだ。どうにかして応援を呼ばないと。
「ソラ! あれ!」
エリサが叫ぶ。
僕の正面、転がっていた悪魔がふたたび動き出していた。手と思われる部位を地面に突き刺し、ゆっくりと身体を起こしていく。
閃撃魔法が効かない!?
完全に立ち上がった悪魔がこちらを睨んでいる。人のようで動作に言い表せない気持ち悪さがあった。
ふと周囲に同じ気配を感じて身体が硬直した。
見渡すと木々の間から悪魔がひとり、またひとりと姿を現していた。こちらを真っ赤な目が捉えている。
油断をしていたわけではない。それでもあっという間に――――
僕らは悪魔に囲まれてしまった。
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