表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/171

モルトゥルク編 第七十四話 天空の要塞

ソラ視点に戻ります

「爆破!? ほんとですか!?」


 思いがけないクロンの言葉に声を上げた。


 あの二つの生命体に爆弾が積まれていて、モルトゥルクに墜落したあとに爆破する…………現実離れしすぎててうまく呑み込み切れなかった。

 きっとあり得ないと思っているんじゃなくて、そんなことしたらどうなるか想像するのが怖かったんだ。


「下層に魔獣を放ったのは念のためで、ほんとうの目的は人々を中層に閉じ込めることにあったんだ。下層が魔獣に侵略されていれば無理に脱出しようとする人はいない。そこを橋で使った何倍もの火薬で空から吹き飛ばす。警備が厳重な上層も例外じゃない。もしかしがら、上層の人間を確実に仕留めるための作戦なのかも」

「そんなこと…………」


 あんまりだ、という嘆きが口の中でこもって消える。拠り所を失った感情を拳に包んで握りしめた。

 

 中層を吹き飛ばすほどの火薬が爆発したら、人はもちろん建物だって燃えてなくなる。モルトゥルクの存在自体が、月鏡祭の日に炎の中に消えるんだ。


 やっぱり、あんまりだよ………………

 

「魔族倒せたのに……止まらないんだ…………」


 ミルシェが顔面蒼白でつぶやく。彼女の沈んだ瞳には浮遊する火薬庫が薄暗く映っていた。


 実際、すでに傀儡状態から解放されている可能性も考えられるけど、あんな規格外の生命体、『魔獣操作』以外の能力が絡んでいることはたしかだ。


 楽観が危険なことはみんな分かっているだろう。

 

「街の人たちを避難させる…………暇なんてないよね」

「冒険者の力がないと逃げられないから、全員は無理だろうな……」


 エルティナもクロンもただ空の浮島に虚ろな視線を向けている。


 転送魔法や飛行魔法を使ってもあの人数を避難させるのは難しい。破壊された橋と水路に流れる毒さえなければ…………


 気づけても止められない。だから魔族はこの方法を使った。


 ――――ほんとうに酷薄な種族だ。


「みんなはモルトゥルクに戻って、空を飛べる冒険者を集めてほしい」


 クロンが僕らを見渡して言う。内心は違っていたとしても、表面で冷静を保って指示を出せるのはさすがクロンだ。

 

 あの巨大な火薬庫を食い止めるには、モルトゥルクに到着する前に爆破を止めるか、地面にたたき落とすしかない。

 そのどちらの方法でも"空を飛ぶ"ことが抗う最低条件になっている。


 改めて最悪の状況だった。


「クロンはどうするんですか?」


 彼ならば空で戦う術くらい持っているだろう。


「まずはあれが何なのか確認してくる。それからどうにか墜とせないかやってみる。そうだ、ソラとエリサも来てほしいな。空が飛べる人がほしい。エリサ、傷の状態は?」

「わたしは大丈夫、でも………………人が集まってからじゃなくていいの?」

「時間がない。俺らだけでもできることはやらないと」


 クロンの言うとおりだ。もうこれは時間との勝負でもある。墜とすにしても先に爆破させるにしても、モルトゥルクに接近しすぎた時点で終わりなんだ。


 エリサと目が合った。

 彼女の不安に僕の不安が混ざり合う。お互い落ち着かない心を交わしながら、精一杯の強がりで「やろう」とうなずいた。


「それじゃあ、よろしく頼んだ」


 ミルシェとエルティナにそう告げてクロンが走り出す。風が通り抜けるようなスピードで駆けるクロンの背中があっという間に小さくなった。


「ソラ!」


 エリサが僕の背後へと回って、腰に手を掛けた。両腕で僕を抱えるように引き寄せている。密着したことで彼女の緊張した息遣いを肌で感じた。


風操魔法(ウィンディール)


 彼女が唱えると同時に身体が宙へと持ち上がった。足元から突き上げるような風を感じる。


「暴れないでね」

「え……うわぁ!」


 僕らの身体が前へ傾く。巻き上がる風が僕らをクロンのもとへ急がせる。

 

 腹と足を旋風に支えられながら僕らは空中移動を開始した。


 浮遊魔法とは異なる疾走感。気持ちはいいけどやっぱりまだ慣れていないみたい。

 僕のほうから掴めるものがないか捜すと、目の前で交差された手首の先に握られた魔法杖が見えて、思わず抱きしめるように握った。


 風に乗った僕らはクロンの速度にあっという間に追いついた。風の威力が彼と並走するように調整される。


 三人で近づいてくる物体を見つめる――――――絶対に守ってみせると背後の街を想いながら。




 クロンが跳び上がると同時に地面が爆ぜた。爆風が身体を押し上げて、一気に空へと彼を誘う。

 空中での爆破がいくつか起こったのち、ついにクロンが生命体と正面から対峙した。


 僕らも旋風の威力と角度を調整してクロンのもとへ飛び上がる。


風操魔法(ウィンディール)


 静止しようと試みるクロンの足元にも空気の渦が出現した。


 突如として眼前を圧迫するいびつな生命体。


 巨大過ぎるせいか、まだ離れているのにずいぶん近く感じる。威圧感や不気味さは然る事ながら、僕の中で真っ先に出てきた感情は、


 ――――気持ち悪い…………


 生物であるからにはおそらく魔獣なんだと思う。

 わずかに見える灰色でくすんだ肉体は、元々の色というよりはすべての色をごちゃ混ぜにした結果の混合色みたい。

 

 平べったい巨体には四本の足が四隅に取り付けられているけど、身体を支えきれるサイズではない。もはや装飾と同じで、無理矢理生物の形に合わせたような見た目だ。

 進行方向の正面につけられた顔のような部位は、肉塊を固めて適当な魔獣の皮を張り付けたつぎはぎ(づら)だった。


 他の肉体は黒いモヤに覆われていて、獣毛があるのかないのか、肌の色や姿形などは分からない。モヤの中から飛び出した無数の触手が、内部を知ろうとする者を拒んでいた。


 たぶん肉体の中に爆弾が積まれているんだ。この触手はそれを守る守護者といったところか。


 この化け物を生み出した魔族に嫌気が差してくる。爆弾を勝手に乗せられていることもそうだし、こんなキメラ、生命の侮辱でしかない。パーツとして組み込まれた魔獣たちが、今だけは可哀想に感じる。


「悪趣味ね…………」

「同感だね。少なくとも人類でこんなことするやつがいたら即追放だ」


 エリサはあまり直視したくないのか、僕の背中で視線を切っていた。


「エリサ、あいつのところまで俺を飛ばしてくれ。あとは自力で帰って来るから」

「いいけど、何するの?」


 不安そうにエリサが尋ねる。


「もちろん、あの化け物を倒すんだよ」


 言い切ったクロンだけどあまり自信はなさそうだった。どれだけ通用するか確認する程度だろう。

 それにしてもあっさりと「自力で帰って来る」と宣言できるクロンがおそろしい。


「分かったわ、気をつけてね」

「ああ、頼んだ」


風操魔法(ウィンディール)!!」


 エリサの掛け声に合わせてクロンの身体がキメラへ運ばれる。彼女のクロンに対する期待と信頼も僕と同じでとても高い。


 小さくなっていくクロンの背中。聖剣に反射した太陽光が一瞬煌めいた。


 迫るクロンにキメラが気づく。いや、もしかしたら攻撃の届く範囲に来るまで待っていたのかもしれない。


 灰色の触手が一本、クロンへ伸びる。鞭のようにしなった触手がクロンの頭上から振り下ろされた。

 鋭い空気を掻き切る音が僕まで届く。あんなものが直撃すれば叩き落とされるどころか、当たったところから肉体が引き裂かれるだろう。


 クロンは身体を捻るだけで触手を避けると、目の前で(くう)を斬った触手に向け、聖剣を打ちつけた。


 鈍い斬撃音が響く。

 

 繰り出された刃は皮膚にわずか食い込んで止まっていた。

 触手が反撃だとばかりに波打ってクロンを弾き飛ばす。


 触手を蹴るように離脱したクロンのもとに、他の触手が襲いかかってくる。


 攻撃をクロンがまた軽やかに避けた。その先でふたたび聞こえる風切り音――――


 目まぐるしく飛び回るクロンと、追いかけるように灰の鞭を次々振るうキメラの空中戦だ。


 なんで絡まらないのか不思議なくらい触手の連携は華麗だった。

 クロンの逃げ場をなくすように、一本一本が意志を持った生物みたいに先回りで道を潰している。交互にクロンへ打ちつけられる触手は徐々にその数を増やしていた。


 手榴弾を散りばめ攻撃と回避を同時に行うクロンだけど、攻撃に関してはまったくと言っていいほど効いていないようだった。

 聖剣が一段と輝いて迫る触手を穿つ。しかし触手は甲高い音でそれを弾くと、逆にクロンの頭に襲いかかった。


 クロンの傍で巨大な爆発が起こる。


 群がっていた触手たちが一瞬怯んだ。


 クロンはその隙をついて黒いモヤへと一気に接近した。

 彼を阻止しようと伸びてくるいくつもの触手。キメラの身体に近づくほど触手の本数とその凶暴性が増しているように見える。


 反撃しても効き目がない、そう判断したのだろう、クロンは曲芸のごとく鮮やかな体捌きで猛攻を躱し続けた。回転し続けることで背後の死角をカバーして、聖剣を打ちつけたときの衝撃で身体の軌道を操っている。


 美しい所作に見惚れてしまうけど、現状がクロンにとって不利なことに変わりなかった。

 

 僕らにはタイムリミットがある。このままだと間に合わない。


「早いところ決めるぞ」


 僕の焦りを読み取ったみたいにクロンが言う。


 迫っていた触手を踏みつけて黒いモヤの掛かった胴体に一直線で飛んでいった。

 幾本の触手がそれを拒む。しかしクロンはまるで触手の上を駆けるように、飛んでくる凶器を優雅に躱して、あっという間に本体付近までたどり着いた。


 振り上げた聖剣が鋭い閃光に包まれる。空気の振動をピリピリと感じる。


 聖剣の煌めきに照らされ、覇気に吹き飛ばされたことでモヤの中身が露わになった。


 

 獣毛は見当たらない。

 代わりに灰色の粗い肌を持った分厚い皮膚が一面に敷き詰められていた。



 その皮膚を突き破るように飛び出している無数の触手。触手の数が多いせいで肝心の身体に刃が届きそうもない。


 クロンが聖剣を振り下ろす。

 純白で目が眩むほどの眩い光がキメラの身体を一閃した。


 しかし、


「だめか……」


 クロンがそうつぶやく。


 直後、クロンが迫っていた触手に突き飛ばされた。

 呻き声を上げて宙を舞う彼にさらに触手が追撃を仕掛ける。全方向から覆われる形で瞬く間に囲まれた。


 ――――大変だ!!


 そう思ったのも束の間、集まった触手の中央で爆発が起こる。怯んだ触手たちの中から爆風に乗ってクロンがこちらに飛んでくる。

 

 僕らに背を向けて触手の群れから離脱したクロンをエリサが旋風で捕まえた。


 静止したクロンは瞳を翳らせて「俺一人じゃ無理だ……」とつぶやいた。


「触手の根元が密集してるせいで、本体まで攻撃が届かない」

「そんな…………」


 クロンが対抗できないのなら誰にできるというのだろうか。魔法を撃とうにも聖剣すら跳ね返す触手に防がれる気しかしない。


 吸い込む大気が冷たかった。肺に張りついた空気は粘ついていて、僕の中に広がることを拒絶している。

 

 微かな希望が干からびていく。


 せっかくここまで来たのに…………魔族を倒せたというのに…………まだ足りないのか。


 まだ、届かないのか…………



「ずいぶん沈んだ顔してんな。おまえらしくないぞ!!」



 威勢の良い声がした。モヤだらけの視界をぱっと明るく晴らせてくれるような、希望に満ちた潤いの声。


 突き上げるような震動が空気を伝って流れ込んでくる。


 何かが僕らの視界を横切った。そのままキメラのもとへ直行する。


「下層の魔獣はすべて片付けた! もうすぐ応援が来るはずだ!」


 暗い灰色の髪をなびかせながら彼が叫ぶ。

 力強い口調だった。何も考えずに縋ってしまいたくなる。


 そうだ、モルトゥルクには彼がいるんだ。

 

 彼が助けに来てくれたのは今日で二回目。一回目のときも戦場の空気を一変させて、僕に希望をもたらしてくれたじゃないか。


「クラージ隊長!!」


 クロンがクラージへ叫ぶ。


 クラージは僕らを一瞥したのち、触手が踊り狂う空間に飛び込んでいった。


 僕と別れてから彼はハノークを中層に引き渡すと言っていた。そのあとの行方は分からずじまいだったけど、下層の魔獣たちを倒していたんだ。

 そして討伐が終わったところで、街へ戻ったミルシェたちに事情を聞いた。


 あんな広い下層地区をたった一人で――――ほんとおそろしい実力だ。

 

 クラージが迫る触手を蹴り飛ばして道をこじ開ける。振るわれる触手たちを避けるのではなく、正面から打ち合ってキメラの肉体へ徐々に近づく。


 クラージが腰に据えていた聖剣を引き抜いた。


 轟音とともに触手が一本弾け飛ぶ。先端が跳ねるように痙攣した触手が地上へ落下していった。


 ――――凄い! キメラにあんな簡単にダメージを入れて見せるなんて!


 さすがは本職。聖剣の真の力を引き出して彼の技量とパワーが圧倒的な威力を実現している。


 もちろん、クラージの進撃はそこで止まらない。


 暴れる触手の群れをかきわけるように本体へ近づくとすぐに聖剣を天に掲げた。


 天に聖剣を捧げているような端麗で美しい所作だ。身体は空中を滑るようにキメラへ接近しているのに、直立で止まっているようにすら見える。


 煌めく聖剣を我が物とし、太陽光すらひれ伏す閃光をたぎらせてクラージが唱えた。


「天翔真斬!!」


 鳴り響く轟音とともに世界が白で塗りつぶされる。


 触手が聖剣に触れた途端に崩れていく。詰まった触手の根元を絶ち、灰色の頑丈な肌を露出させる。

 聖剣の描く軌道が本体へ到達し、厚そうな皮膚を切り裂いた。


 圧倒的な破壊力。モルトゥルクの冒険者を全員集めても、この技の威力には到底及ばないだろう。そう思わせてくれる彼の必殺技だ。


 だからこそ――――――


 

「まじかよ…………!」


 

 斬撃で受けた傷を一瞬で癒やしたキメラにただ唖然とするしかなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ