モルトゥルク編 第七十二話 偽物の勇者
最初ソラ視点で、すぐクロン視点に戻ります
クラージがハノークを連れて中層に戻ってから、エルティナと一緒に外壁の上から外へ飛び出した。
すでに僕には魔法を使うほどの魔力は残されていなかったから、彼女が使っていたかろうじで魔力の残っている魔法杖と僕の杖を交換した。
エルティナに浮遊魔法を譲渡してから、彼女に抱えられるようにして二人で浮き上がる。彼女まで魔力切れになっていたら外に出られないところだった。
行き先は一つ、エリサの風操魔法で発生したであろう炎をまとった竜巻が上がった場所。
エルティナと外壁を伝って走っている最中に、クロンが誰かと戦っているのを見つけた。彼と互角以上の獣人を見て、すぐに魔族だと察しがついた。
そこには二人の戦いを眺めるエリサとミルシェの姿もあった。
みんな無事だ!
そう喜びながら、魔力切れで倦怠感が残る身体を引っ張っていく。
僕らのことには気づいていない戦闘中の二人。
どうにかこっそり援護射撃できないかなとも思ったけど、魔族が振るった獣手がクロンに迫っているのに気づいた瞬間思わず叫んでいた。
「クロンさん!!!」
* * *
「見つけたぞ、ソグルム!!」
ベダが地上のソラへそう叫んだ。
彼の狙いがソラへと逸れたことに気づく。
まずい、と空中で泳ぐようにベダへと手足を動かしたが、クロンがたどり着く前に、
キュイン――――
ベダが突如開けた大口から巨大なエネルギー波が放たれた。
「逃げろ!!」
上空から悲鳴に似た叫び声を上げる。
「え…………」
ソラは自身に迫る真っ赤な閃光を見つめてつぶやいた。
彼にとっては魔族や魔獣がエネルギー波を放つことすら知らない。クロンも上位種が初めてエネルギー波を使ったとき、対処が遅れて正面から受けてしまった。孤児院の壁越しでなければ死んでいただろう。
突然魔族に牙を向けられ、初見の攻撃を避けるなんて――――――
「危ない!!」
ソラの隣にいたエルティナが叫ぶ。
ソラに向かって飛びつくと、そのまま彼を抱きかかえたまま横に大きく跳んだ。
二人のすぐ傍に真っ赤な鉄槌が落とされる。真紅の光はエルティナが差していた聖剣の鞘に掠って地面に突き刺さった。先端が溶けて銀色の聖剣が顔を出す。
「大丈夫!?」
「え、あ……はい。ありがとうございます……」
状況を読み込めていないであろうソラが、混乱しながらエルティナに礼を述べる。
無事そうな二人に安堵したクロン。だが、次に彼の中に流れる感情は底の見えない濁流だった。
――――彼の中で何かが砕ける音がした。
ソラ、エリサ、ミルシェ、孤児院の子たちに故郷であるモルトゥルク。今日だけですべてに手を掛けたベダを許さないという思いは変わらない。そこに怒りも憎しみも、単純な恐怖すらある。
一人でも大切なものを失えば、クロンはきっと一生を後悔する。後悔を残さないための旅が中途半端で終わってしまう。
"復讐"――――ずっとちらついていた言葉が瞳に宿る。
「まさかおまえの仲間なのか?」
感情の読めない表情でクロンに問いかけるベダ。
クロンの中に宿った復讐の炎をベダがはっきりと見据えた。ベダも種類は異なれど復讐のためにここにいるのだ。クロンの激情を知ったベダに宿るのは、はたして哀憐か軽蔑か。
クロンの握った拳が小刻みに震えだした。
ベダの挑発を聞いていると怒りで我を忘れそうになる。だから――――
「クロン!!」
上がった声に地上を向くと、赤紫色の瞳で心配そうにクロンを見つめるエルティナと目が合った。
(エルティナ…………)
モルトゥルクでの思い出を振り返れば、いつもそこにはハイドがいた。彼はクロンが親友だと胸を張って言える相手で、今もかけがえのない存在だ。
でも…………見て見ぬ振りなんてできない。エルティナとの思い出も本当はたくさんあったんじゃないか。ふとしたときに見せる彼女の表情は、どれも記憶の中の彼女が一度クロンに見せていたはずだ。
彼女がクロンに囚われているように、クロンもまたハイドに囚われすぎて周りが見えなくなっていた。
『嬉しい再会ではなくともあまり相手を無下にするな。それは共にいた時間をも捨てるようなものじゃ』
タルカルで聞いたフジおじさんの言葉を思い出す。
最初から、モルトゥルクに来るずっと前から、クロンは分かっていたのだ。『再会』する人物とはハイドではなくエルティナなんだと。
フジおじさんからの助言が今になって身に染みた。
空を蹴ったベダとクロンが轟音とともに衝突する。
衝撃波が地上にいる者を煽り、魔族と冒険者、二つの最強の邂逅に華を添える。ソラも突風に目を細めながら、クロンの行く末を見つめていた。
二人が振るった聖剣と尻尾が互いの威力を相殺した。目に見えない衝撃波が波紋のように広がって、地上のソラたちにその威力を五感をもって訴えている。
獣手がクロンに振るわれる。そこにクロンが第二の刃、第三の刃を合わせる。綱渡りのような攻防の中、能力を限界まで引き出した『模倣者』が汗水を飛ばして相反する最強に抵抗していた。
ベダは二本の獣手と尻尾を同時にけしかけて、クロンの進路と退路を確実に潰してくる。虫を払うような仕草でも、生身の人間には致命傷だ。
華麗な舞踊が彼を優勢に見せているが、攻撃が放たれるたび、徐々に追い詰められていた。
獣手を躱したクロンの背後から蠱穣蛇の影が迫る。
頭部を肥大化させて覗かせる洞穴は、クロンを呑み込もうと暗闇をさらなる深淵へ拡張していく。
風の刃も噛み切る蠱穣蛇の顎。そしてすべてを呑み込むような巨大な口といくつもの白い突起。クロンに切り裂かれた口を限界まで開いた。
誰が見ても明らかだ――――蠱穣蛇に捕らわれた時点でクロンは死ぬ。
やっとクロンが蠱穣蛇に気づいた。
しかしベダの猛攻は当然クロンによそ見の隙を作らせない。目線を切ることもできずベダの攻撃を受け流すことで精一杯だった。
忍び寄る蠱穣蛇の速度が上がる。
あと少しで蠱穣蛇がクロンの頭を砕く。
クロンの冒険譚の執筆が止まり、モルトゥルクの歴史が終幕を迎える。もうこれ以上、彼の物語を書くことも知ることもできない。ハイドとの再会を果たせないまま彼は魔族に蹂躙されるのだ。
――――――クロンが一人きりならば。
「閃撃魔法!!」
突如クロンの耳に届いた地上からの叫び声。
誰よりもお話の結末を望んでいる少年、ソラが地上で魔法杖を構えていた。
掛け声とともに杖が発光、極限まで細められた虹色の光がクロンたちに向かって放たれた。
術者によって圧縮された虹色の光線。
クロンも何度か見たことのある閃撃魔法の形状変化。しかし彼が呆気にとられているのは、ひとえにその魔法を放った人物に対してだ。
目を見開くクロンの視界を虹色の光が通過した。
鮮やかな色彩にそぐわない強烈な熱波が戦闘に割り込みを決めて鈍感な愚者を選別する。光線が吸い込まれるように、その真っ赤な瞳に迫る。
視界外からの攻撃を空虚の満たす脳がやっと理解したとき――――
虹色の閃撃魔法が肥大化した蠱穣蛇の頭部を吹き飛ばした。
クロンを覗いていた深淵が虹色の光に塗りつぶされる。
蠱穣蛇は長い胴体から頭部だけが消失し、だらんと首を垂らしてベダに巻きついたまま動かなくなった。
はっとしてクロンが地上のソラを見下ろす。彼はちょうど後ろによろけたところをエルティナに支えられたところだった。
「クロン!!」
エルティナに抱えられたままソラがまた叫ぶ。
見たことない剣幕でクロンを睨むソラを見たとき、身体の中に何か燃える熱いものを感じた。それはずっとクロンが抱えていた、秘めていた想い。
「嘘だろ……」
ベダが動揺の声をもらした。
すぐに獣毛が逆立って彼が苛立ちをあらわにする。
蠱穣蛇を失った怒りと動揺そのままにクロンを殴りつけた。
しかし感情にまかせた攻撃は単調なもの。さっきまでのベダの猛攻に耐えていたクロンにとっては赤子の癇癪と相違ない。
クロンは空中で拳を避けると、振った脚でベダを蹴り上げた。クロンの上空へ巨大をよじりながら飛ばされるベダ。
それを追うようにクロンは手榴弾を模倣すると、爆破に合わせて飛び上がった。
ベダに急接近すると、手にした聖剣を力強く握りしめる。
最後の一撃を初期から使っている思い入れのある武器に託す。レプリカであっても、他にどんなにいい武器があっても、これまで使い続けてきたクロンの獲物。
この聖剣を振るうたびにクロンはハイドのことを思い出す。一度は自分を裏切ったことを憎み、復讐すら考えた一生の親友を。
『クロンも普段使いの武器欲しくないか? そんな短剣じゃ心許ないだろ』
『大丈夫だよ、俺の役目はハイドのサポートなんだし』
『最初っからサポートって決めつける役職でもないと思うんだよなぁ、模倣者って。だって武器のスペシャリストだぞ。一人で大物倒すぐらいできるはずだ。もちろん俺には及ばないけど』
『だったら尚更普段使いの武器なんて、短剣ぐらいでいいんじゃ』
『模倣を使いこなすには、ある程度大きな武器に慣れておいた方がいいんだよ。大は小を兼ねるっていうだろ?』
『微妙に使い方違う気がするけど。それに大きな武器って……?』
『ほら、これだよ』
壊れてからも何度も模倣して、感触を忘れないように、彼との日々を紡ぐ日記みたいに魔力を練り上げ、元の剣へと近づけ続けた。
誰も敵わない模倣の力で生成する贋作は、今や本物へと抗いうる唯一の代物となっていた。
『…………? これってハイドの聖剣じゃ……』
『よく見ろ、俺の聖剣そっくりのレプリカだ』
『レプリカって…………』
『だって聖剣だと言うこと聞いてくれないんだろ? なかなかの代物だぞ、俺が使っても壊れなかった。だからほらっ――――――これでお揃いだな』
ほんとうに恥ずかしい。いくらでもあったはずなのに――――ハイドがクロンをほんとうは嫌ってなんかいないと断言できる理由くらい。
思い出す必要のないほど、クロンの記憶の中で笑うハイドは、とても楽しそうだった。
(俺は勇者じゃない――――――それでも)
クロンにハイドの姿が重なる。それはかつて、ともに勇者を目指した少年。
冒険の中で二人は成長し、いまや冒険者でもトップを走るパーティーの一員となった。長いようで短い過酷な日々を越えて、二人の心はたしかに繋がっていた。
(この街にとっての勇者になれたなら――――)
振り上げた聖剣が強烈な光に包まれ始める。
銀色を返していた鋼は、赤や黄色、純白にいたるまで見る角度によって色彩を変える。ソラたちの瞳に灯った光が合わされば、それはソラが放った閃撃魔法のような燦然と輝く虹色を帯びていた。
ベダが目を見開く。ベダの顔にはっきりと浮かぶ恐怖は、クロンではなく彼が背負う"影"を見つめていた。
クロンが纏った勇者ハイドの幻影が、ベダの瞳にはっきりと映る。それはかつてベダが命を狙った少年の成長した姿。
(一つだけ礼を言う。おまえのおかげで気づけたよ)
モルトゥルク襲撃、そしてベダとの戦闘でクロンが気づいたこと。
どうしてハイドが自分を追放したのか、どうしてあんな酷い別れ方をしたのか。
あんなにクロンのことを想って、何をするにしても一緒だったハイドがクロンを追放するに至ったわけ。想像すらできなかった彼の考えも、今だったら予測がつく。
ハイドを誰よりも知っているクロンだから言えること。
きっとハイドは――――クロンと一生の別れになるその前に追放することにしたのだ。
時期的に考えられるのは魔王城戦。
ハイドが立てた作戦では、きっと最終的に二人は離ればなれになってしまうのだろう。それもクロンが納得できない形で。
死別か他の理由かまでは分からない。
ただ仮に死別だったとしたら、それもハイドが自己犠牲のもとで魔王城を攻略しようとしていたならば、クロンは作戦に必ず反対する。
あんな強引な手段をとったのは、きっとクロンに悟られないようにするため。他の方法を思いつかなかったため。
そして、クロンが自分を恨めるようにするため。
あのハイドでも望まない選択をせざるを得ない何かが魔王城にある。
ベダが大口を開けて光線をチャージし始めた。苛立ちから大きく息を吸うように朱色の光が集まっていく。ただ冷静なときと比べれば動作がぎこちない。
クロンは冷静に短刀を模倣するとベダへと射出した。
本来なら獣手で弾くような単調な攻撃だが、今のベダはエネルギー波を放つことしか頭にない。
飛んでいく短刀は朱色の光に導かれるようにしてベダへ接近、大きく開いた口内に突き刺さった。
響き渡るくぐもった絶叫。口からこぼれ落ちた短刀は柄部分が溶けて、刀身だけが真っ赤に燃えていた。
ふたたび目を開けたベダと目が合う。クロンはすでにベダのすぐそばで聖剣を握りしめていた。
視線を落として狙いを定めたクロンにベダがぎょっと目を見開く。クロンの狙いが分かったのか身体を捻って尻尾を振るおうと足掻きだした。
振り回される尻尾の軌道に両足を合わせて体勢を整える。ベダとの距離を適切に保ち、"狙い"が目の前にくるよう誘導する。
ベダと戦っていたとき、ずっと引っ掛かっていたことがある。
どうして蠱穣蛇を首に巻きつけているのか。
火に弱い蠱穣蛇を光線を放つ口元にわざわざ巻きつける理由。空中移動のときも、蠱穣蛇の下半身はずっとベダの首に巻きついたままだった。
魔獣を操るだけの魔獣使いならまだしも、近距離戦もこなすベダが、絡まって首が締まる可能性すらある首元に生物を這わせるなんて不自然だ。
――――心臓を庇っている場合を除いて。
さっきの戦闘、首元への斬撃をベダが大袈裟に避けたところでクロンは確信した。
ベダの心臓は首にある、と。
狙いは頭部のすぐ下、ずっと隠されてきたベダの、魔族の弱点。
ソラに撃ち抜かれた蠱穣蛇は身体が崩れ落ちていて、ベダの屈強な頸部が晒されていた。
手に握る聖剣の感触。そこに魔力と、ハイドとの日々を込める。
恥ずかしいからハイドたちには隠していたが、ずっと試行錯誤を重ねてきた。いつかハイドと肩を並べて戦えるように。
本物の聖剣と偽物の聖剣で一つの技を繰り出して敵を倒せるように。
本物の勇者と偽物の勇者で世界を救う――――そんな展開をずっと夢見てきたのだ。
『模倣者』が作り出す武器たちはどれもが偽物。本物にその輝きは及ばない。
だがこの瞬間、クロンの手に握られた聖剣は、勇者ハイドの聖剣の幻影を宿して本物と同じ輝きを放っていた。贋作を超えて、レプリカを超えて、クロンとハイドの聖剣が一つになる。
刀身にベダの顔が映る。恐怖に歪んだ獣の表情。狩る側の魔族がこの瞬間だけ狩られる側へ回ったのだ。
限界まで魔力で練り上げた聖剣を振り上げる。ずっしりと腕に掛かる重量に、手応えと自信がみなぎってくる。
ハイドが使う技の見様見真似、『戦士』でもないクロンが使う想定すらされていない剣技だが、むしろ『模倣者』として清々しい気持ちだ。
輝きを放つ聖剣にクロンの想いを、ハイドとの思い出を、余すことなく注ぎ込む。
(力を借りるよ、ハイド)
技ができた瞬間も、初めてそれで敵を倒した瞬間も、クロンは常に一緒だった。瞼の裏に焼きついている光景を今、自分の身体に投射する。
盗作だって笑われても、無謀だと貶されてもそれでいい。それでベダを倒すことができるのなら。
だって――――いかにも『模倣者』らしいじゃないか。
ハイドの残影をなぞるように、彼との思い出をなぞるように、彼の技を『模倣』してクロンが唱えた。
「「燦絶嵐晶!!」」
クロンの声に重なるようにハイドの声が頭に響く。
彼が掲げる光輝く聖剣がベダの首に振り下ろされた。
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