モルトゥルク編 第七十話 クロン VS ベダ
ベダ視点
*
クロン視点 となってます。
「幻朧弾 ─破─」
エリサとミルシェが悲鳴に似た絶叫を上げた。
遠くから眺める二人にとってはクロンが炎とともに爆散したように見えたのだ。それは正解であるようでそうではない。
空中で火花に彩られたクロンは、すでにその場にいなかった。
鋼鉄の鱗に剣を打ちつけたような重い金属音が鳴り響く。目を瞑れば決闘場で打ち合う玄人戦士の姿が見えるよう。
しかし実際に音色を奏でている物体は、一つは聖剣、もう一つは獣毛に覆われた巨大な尻尾だ。
獣毛で吸収しれない衝撃が硬い皮膚にぶつかって、不釣り合いな音色を響かせていた。
聖剣がうなる尻尾に弾かれた。研磨された聖剣(を模倣した魔力)を力業ではねのけられる。
「その程度か?」
ベダが獣手で空間を引っ掻く。尻尾を穿つ衝撃へ狙いを定めた。
しかし彼の攻撃は空気だけを切り裂いて宙を切る。
ベダが空振った獣手を引き戻した瞬間、彼の足元で爆発が起きた。さっきベダの上空で起きたものを同じだ。
すぐさま獣手で炎をすくい上げ爆風を散らす。蠱穣蛇が首を引っ込めてベダに身を寄せている。
爆発の規模はそこまで大きくない。小物ばかりの小賢しい連撃にベダの中に苛立ちがこもっていた。
地上にクロンを捜すが見当たらなくて空を見上げる。
直後、真昼の空に鮮やかな色の花が咲いた。
同時にベダを襲う脇腹の痛み。気をとられたベダを嘲笑うかのように、彼の脇腹には短刀が突き刺さっていた。
硬い皮膚を的確に貫くその短刀は刀身を赤紫色に発光させている。
「これはエリサの分だ」
近くから聞こえた囁き声も、立て続けに起こる爆発によって掻き消される。
空に打ち上げる朱色の花が、何枚もの花びらを重ね合わせて、薄暗い空を暖色に染めている。クロンの姿を追いかけようにも、いたるところから放たれる轟音と炎が邪魔をする。
悲鳴が上がった。それはベダのすぐ近くから。
蠱穣蛇から噴き出る鮮血がベダに降り注ぐ。首に巻き付く体温よりも生ぬるくて、蠱穣蛇の生と死を同時に実感した。
蠱穣蛇の傍で踊る影が一つ。
ベダは迷うことなく影を殴りつける。しかしまたしても影は幻影のように消えてしまった。勢い余った拳が空を切る。
またすぐ聞こえる耳をつんざく爆発音。
ベダはまた空を仰ごうと首を傾けたところで、すぐに視線を地上へ戻した。地上――――正確には爆発音とベダとを繋ぐ軌道上へ意識を集中させる。
首元へ迫る冷たい気配を獣毛が感じとった。咄嗟に首を捻って振るわれた聖剣を躱す。
危ないところだった。"心臓"の在処はまだ知られていないだろうが、弱点として首を狙われたらたまったものではない。
「そういうことかよ」
地を蹴る音と上空の爆発音がリンクする。
突如、ベダの肉体が変貌を始めた。
人型を保っていた首と頭部にも豊満な獣毛が顔を出す。同時に上半身を覆っていた獣毛が、空気に引きつけられたように逆立った。ベダの身体が逆立った獣毛によって一回り大きくなる。
ベダは目を瞑ると感覚と神経を研ぎ澄ませた。
荒野を流れる微風も、空中を漂う塵でさえも、センサーとなった獣毛が感知してベダへとその接近を伝えてくる。
風を切る音、微かな息遣い、鋼が軋む音――――
ガキンッと聖剣同士がぶつかったみたいな激しい衝突音が響いた。
振るわれた聖剣と振るわれた尻尾がふたたび刃を交えた。尻尾が纏っていた被毛がパラパラと舞い散る。
またしても爆ぜた地面を大樹の根を思わせる逞しい足で踏み潰す。
離脱の遅れたクロンを、交えた尻尾で吹き飛ばした。ほんとうなら地面へ叩きつけたかったが、クロンが空へと跳び上がるタイミングがわずかに勝ったのだった。
*
ベダの攻撃をギリギリ躱して空中で襲撃態勢を整える。
模倣した爆発物はすでに宙に投げ出されている。あと数秒もせずに爆風がクロンをベダのもとへ押し出すだろう。
『幻朧弾 ─破─』
爆弾の爆風を利用して高速移動を続ける技。広い戦場限定ではあるが、威力の乏しい模倣者にとっては、サポート以外は一撃離脱が理想なのだ。
身体の向きと爆風の受け方で移動する方向を自在に操る。聖剣など武器を持っている場合は、身体のバランスが崩れるので調整が難しい。
赤い光が漏れる物体がクロンの背後で複数個爆発した。間近で爆発音を幾度となく聞いているため、鼓膜が何度も悲鳴を上げている。
炎の花が発した衝撃波を身に受けて、クロンがベダへと吹き飛ばされた。
クロンの身につけている装備には、防火素材と、一定の温度以上の熱を通さない術が施される。他にも冒険者の装備は防御効果がついているものが多いため、多少の爆風なら耐えることができる。晒した頭と手にさえ直撃しないよう気をつければ。
今、彼の装備には背中に細い穴が空いている。防御効果を貫通して皮膚と肉を抉った漆黒の刀身を思い出す。
彼が最後に言い残した言葉から、恨みを持たれているのはクロンだけだ。ならば彼を野放しにしていても今のところは大丈夫。エルティナを傷つける真似も彼ならきっとしない。
問題はこの装備に空いた穴から入ってくる熱風が想像以上に痛いということ。
「模倣『雷閃剣』」
聖剣を片手に据えてクロンが唱える。
新たに握られたのは、黄金色の刀身が先端へ行くほど細くなっている、通称『雷閃剣』。
爆風によって空中でも高速移動を可能にしたクロンがベダへと接近する。片手で振ることができるほど軽い雷閃剣をベダの頭へ落とした。
獣毛を逆立てたベダが、気配に気がついたのか、クロンがかざす雷閃剣に獣のような腕を合わせてきた。振るわれた豪腕は直撃するだけで骨を砕いて肉を抉るほどの威力だ。ベダもクロンの動きに慣れてきたようだった。
ベダの腕と雷閃剣が衝突する。
その瞬間、雷閃剣の刀身が弾けるような黄金色に輝いた。侵入していた獣毛から赤みを帯びた白い稲妻が飛び出してくる。
ベダが顔を歪めた。身体を瞬時に走り抜けた電流に耐えながら接触している雷閃剣を強引に薙ぐ。
あっけなく、"雷閃剣だけ"がベダのもとから離脱した。
聖剣を両手に持ち直したクロンが、ベダの視線の下を潜るように移動して聖剣をがら空きの胴体へ打ち込んだ。
クロンは雷閃剣を空中に置いただけで、自身はベダを地上から狙っていたのだ。
『雷閃剣』は刀身に衝撃を受けると放電する片手剣。反射的に防ごうとするとむしろ使い手の術中にはまることになる。
聖剣の刃がベダを穿つその瞬間、なりを潜めていた魔獣が金切り声を上げた。
ベダと聖剣の間に自身の身体を滑り込ませて、蠱穣蛇は聖剣の脅威からみずからの肥大化した身体を盾に主人を守る。
食い込む刀身から血が噴き出す。その気配にベダも気がついた。
クロンは素早く爆弾を模倣すると、足元に落として跳び上がった。クロンへ即座に振るわれる獣手。
爆発音がして足元から衝撃波が襲ってくる。クロンは波に乗るように身体を預けると、朱色の炎を置き土産に迫る獣手から空へと逃亡した。
ただ安堵の息をつく暇などない。
一撃離脱のための逃亡なのだ。すぐに爆弾を撒き散らして、体勢を整える暇をベダに与えずに突撃を再開した。
瞬きも許されない攻防を繰り広げるクロンとベダ。
二人の戦いを傍観するエリサやミルシェからは、ただクロンがベダへ突進してちょっかいをかけては逃げ帰っているようにしか見えないだろう。もしかしたら爆破する空に気をとられ、クロンの姿を追えていない可能性もある。
それでも次元が異なる空間に、己が冒険者であることも忘れて、ただ魅入ることしかできない。
ベダも巨体を軽快に操って、その場に留まりつつも、クロンと華麗で洗練された剣戟を披露する。
クロンの放つ聖剣にベダが攻撃を合わせてくる。クロンが攻撃を受けることはないが、跳ね返される回数が格段に増えていった。
お互いにたった一度のミスすら許されない。
精神的にも肉体的にも擦り切れる中で、二人の動きは鈍るどころか洗練されていく。
クロンにとって身体への負担が大きい戦い方だ。剣技を鈍らせる過ちは犯さないが、熱風に晒され続ける傷跡は、彼の体力を徐々に削っていた。
ただこの作戦を辞めるわけにはいかない。
一連の動作で単純に手数を増やすことには実はもう一つメリットがある。
魔族の動きを観察することで、彼の"心臓"の在処を特定することができるのだ。
魔族といえども弱点はある。それこそが心臓だ。心臓を潰された魔族は、どんなに再生能力に長けていても必ず絶命する。
ただし人類とは異なり、魔族は心臓の位置がバラバラなのだ。人間と同じように左胸にある場合もあれば、頭部や脚部に存在している場合もある。
つまり弱点の位置は魔族によって異なるため、冒険者は戦いの中でその在処を探す必要があるというわけだ。
幾度となく鳴り響く鋼を打ち合う音、爆発の轟音、止むことのない刃の応酬。そのすべてでクロンは『心臓探し』という第二の目標に目を光らせていた。
爆発によって発生した黒煙が陽射しを覆い隠す。この場にいる全員の希望までもを遮っているようで、神経質な不安が戦場に広がっていく。
「まだ遅ぇぞ!!」
ベダの咆哮がこだまする。
(こいつ、適応早すぎなんだよ…………!)
一つ、また一つとベダが手数を増やしてきた。聖剣を防ぐ尻尾から、二本の獣手を振るい、クロンの軌道に合わせて踏み込む。
首に巻き付く蠱穣蛇は、傷を自身の身体で圧迫して出血を止め、ベダの相棒としてクロンの隙に牙を向けてくる。
空へ舞い戻ったクロンが聖剣に魔力を注ぎ直す。戦士のように斬撃に魔力を乗せることはできないが、常に魔力を流し続けないと、衝撃で聖剣の形が崩れてくるのだ。見た目は剣でも所詮は魔力。本物の聖剣には到底及ばない。
狙いを定めたクロンの背後でふたたび発生する爆発。吹き付ける爆風に身体を乗せて体勢を整える。
ここで初めてベダが先手をとった。
ダミーを含んだ複数の爆発からクロンの位置を読み切った。
くるりとクロンへ身体を向けると大口を開ける。まるで最初から狙っていたみたいに正確に、特大の光線をクロンへ向けて放った。
突如目の前に生み出された赤い光。爆発の炎と似ているがその標的はクロンである。
「くそっ!」
攻撃を遮断されたクロンが吐き捨てる。
すぐさま身体を捻って光線を躱した。近くを通る光線から感じるものは、焼きつける熱よりも刃物が刺さるような刺激だ。
一連の動作が綻び隙をつくれば、ベダに反撃の機会を与えることになる。
「模倣『手榴弾』」
わずかな綻びを誤魔化すように手榴弾を大量に模倣。それを地上で待ち構えるベダに向けて振り撒いた。
地上に降り注ぐ手榴弾の束。このままでいるならば、ベダは爆発の炎に呑まれることだろう。
避けることが最善策――――――しかしベダはそうしなかった。
ベダは大地を蹴り飛ばして手榴弾の束に向かって飛び上がってきた。降りかかる脅威をみずから迎えに行く破天荒ぶり。撒き散らされているものが爆弾だと気がついたのか蠱穣蛇が首を引っ込めた。
手榴弾に囲まれてしまったベダが、腰から伸びた巨大な尻尾を振り回す。全身で回転するみたいに尻尾と獣手、使えるすべてで手榴弾を穿つ。
弾き飛ばされた手榴弾は上下左右に散らばって、空中で真っ赤な炎を上げた。
クロンにも手榴弾が跳ね返ってくる。
クロンは手榴弾の爆発を利用して、その爆風に乗って一気にベダへ接近した。両手に据えた聖剣を地面と水平に伸ばす。
作戦の綻びが神経の乱れを呼び起こし、洗練された剣戟にほつれを生じさせる。
平静を装っているクロンが初めて見せた決定的な隙。
ベダが笑ったのが見えた。しかしクロンの身体はもう止まらない。
振り上げられた尻尾への対処が追いつかないまま、クロンは地面に叩き落とされた。
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