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モルトゥルク編 第六十九話 地上戦

「前回、俺はハイドを攫うためにこの街を襲ったんだからな」


 苦虫を噛み潰したようにベダが言う。

 クロンたちは突然の告白に言葉を失った。


「…………それ、ほんとなの?」


 ささやかな沈黙の中でエリサが口を開く。さっきまで命の奪い合いをしていた同士だとは思えないくらい、堂々とした口調だ。


 ベダは軽く鼻を鳴らすと、


「ああ、それも魔王様の命令だからな」


 そうつまらなそうに応えた。

 

「…………そんな大事な命令だったのに失敗しちゃったから、仕返しに来たのね」

「おまえ……」


 ベダの声色が変わる。

 彼に睨まれたことでエリサがミルシェの袖をぎゅっと掴む。さっきの戦闘がフラッシュバックしたのか、怯えて治癒中のミルシェにしがみついた。


「どうしてハイドを攫おうとしたんだ?」


 情報はなるべく引き出しておきたい。それにベダの発言はクロンにも関係がある。

 

『魔族の中には将来勇者になる素質のある赤子の気配を、察知できる能力を持った者がいる』


 噂程度にクロンも聞いたことがある迷信だ。これが事実かは分からないが、実際魔族が魔法城から遠く離れた村を攻め落とした事例が起こるたびに、勇者の卵がいたのではないかという憶測が飛び交う。


 だから勇者の卵であったまだ幼いハイドを殺そうとモルトゥルクを襲撃するのは理解できる。人型を保てるベダに調査・抹殺を依頼したことも、こそこそ暗殺なんて手段を使わずにテロを仕向けたことも分かる。

 でもハイドを攫う理由はなんだろうか。勇者の身体を使った人体実験、なんて非人道的な行為をするためという理由しか思いつかない。


 もしそうなら――――――クロンはソラの家で聞いた話を思い出した。


『君が孤児院に来る前、モルトゥルクで大規模な魔物の襲来があった。たまたま街に滞在していた俺らパーティーはその対処に駆り出されたんだ。その時に俺が救った子どもがハイドだった』


 ソラのお父さんが語ってくれた内容。まさに彼がベダからハイドを守ってくれたのだ。

 魔族に利用されかけた、まだ出会う前の親友を魔の手から救いだしてくれた英雄。


 あのとき見た彼の顔が鮮明に思い出される。ただの冒険者だと思っていた彼は、自分が想像するよりずっと凄い人だったんじゃないか、そう思えてくる。


「知りてぇのか? そりゃあハイドから直接聞きな」

「ハイドから? なんであいつから…………おまえ何を知っているんだ」


 どうにも胸騒ぎがする。この場にいないハイドのもとに魔の手が迫っているような嫌な予感が。

 

 ハイドならその程度はねのけられるはずだが、クロンの胸には不愉快なわだかまりが積もっていた。

 

「残念、おしゃべりは趣味じゃねぇんだ」


 ベダがそう言うと取り巻きの魔獣たちが一斉に動き出した。

 四肢を乱暴に振り回し、我先にとクロンめがめて突進してくる。


 会話を諦めたクロンも駆け出す。魔獣たちの狙いがクロンただ一人だと分かったからだ。エリサたちを巻き込まないためにも離れた場所まで戦場を移す。


 かけっこを制した魔獣が三匹、クロンの顔面へ飛びかかる。被毛や飛び出た牙の数はまちまちだが、その真っ赤に染まった瞳だけはお揃いで獰猛な気性を表していた。

 中心の魔獣にクロンが聖剣を突き刺す。魔獣の高い鼻頭をひしゃげて、奥の脳天まで鋼の刺突が貫通した。


 クロンは聖剣から左手を離すと、左から迫る魔獣に拳を叩き込んだ。魔獣が吹き飛ぶことをたしかめる前に右の魔獣が振り下ろした前足を躱すと、右手の聖剣を横にスライドさせる。

 片手とは思えないほどの威力で、地面と水平に繰り出される一閃。脊髄を貫いていた聖剣は魔獣の側頭部から飛び出して、右の魔獣の胴と頭を切断した。


 競り勝った三匹を捌いたクロンのもとに、魔獣の群れが押し寄せる。

 上位種ならともかく相手はただの魔獣。ただの短刀を何本束ねようと聖剣一本の性能には到底及ばないように、魔獣がいくら集まろうがクロンの相手にはならない。


 聖剣を片手に据えてクロンが魔獣の群れに飛び込む。

 一瞬のうちに血飛沫が宙を舞った。もちろんそれは愚かな傀儡が、自身の生命の終わりを彩る置き土産だ。


 クロンの手にした聖剣が縦横無尽に踊り狂う。踏み込み、蹴り、腕の振り下ろし、クロンが行うすべてが一つ、また一つと命を摘んでいく。魔獣の咆哮を舞踊音楽にして、華麗で滑らかな剣舞を披露する。飛び散る鮮血もクロンを引き立てる演出となっていた。


 爆撃をせずに、わざわざ一体ずつ倒しているのはほんとうに身体が動くのかを確認するためだ。

 キルガレスからの襲撃で受けた傷は、身体を動かすたび古傷のように疼いている。ミルシェの治癒を中途半端に投げ出したせいだ。


 耐え難い苦痛ではない。この程度で動きが鈍ることはなさそうだ、と最後の魔獣を斬り捨てて安堵する。魔獣が血を撒き散らす前に移動しているため、足元以外はあまり汚れていなかった。

 聖剣を素早く地面へ振り下ろすと、刃を染めていた鮮血が大地に赤い線を描いた。


 無数に転がる魔獣の中に佇むクロン。

 エリサはまだミルシェの治癒を受けている。二人の表情を見るにまだ治癒には時間が掛かりそうだ。

 

 一方のベダは雄々しく佇むクロンに「ふーん」と意味ありげにつぶやいた。


「おまえ、なにもんだ?」

「…………あいにく仲間がピンチかもなんだ。余計な時間は使いたくない」


 さっきとは真逆の物言いにベダが舌を鳴らす。しかしすぐににやりと笑うと、


「いいねぇ。他の冒険者よりは殺しがいがありそうだ。すぐくたばんじゃねぇぞ!」


 ベダがクロンへ向けて走り出す。太く飛び出た尻尾を地面に打ちつけるみたいな、独特な走り方だ。しかしそのスピードは魔獣とは桁違い。

 あっという間にクロンの懐へ潜り込んで、獣のように被毛で覆われた豪腕を振るった。


(逃げられるよりもずっといい)


 クロンが軽やかな体捌きでベダの攻撃を避ける。

 エリサたちを狙われたり、下層へ戻られたりするよりも、クロン一人に集中してくれたほうが他に意識を割く必要がなくて好都合だ。


 ベダを倒せるかは別にして。


 クロンが聖剣を突き立てる。首元を狙った攻撃は生き物のようにうねった尻尾によって弾かれた。あまりの衝撃にクロンの手から聖剣が離れる。


 武器を落としたと判断したベダがクロンへたたみかける。

 クロンが逃げようとする方向へ蠱穣蛇を飛ばし、ベダ自身は左右から彼の肩を掴もうと腕を伸ばした。


 ベダと蠱穣蛇が繰り出す檻に閉じ込められたクロン。すぐさま上空へと光明を見いだし脱走を試みる。

 しかしベダは尻尾を地面に叩きつけて身体を持ち上げると、眼下のクロンに向けて大口を開けた。


 キュイン――――


 わずかに聞こえる吸収音。上位種よりもずっと短い。

 エリサに放っていたエネルギー波。上位種よりも規模も威力も桁違いだ。あんなものを街中で撃ち撒かれたらモルトゥルクは一瞬にして崩壊していただろう。


 即席の檻で閉じ込められたクロンだが、まだ冷静だった。

 自分の中に眠る無限の可能性。無限であるが故に脆く儚い。逆に弱点を克服した彼にとっては星の数ほどの希望が見えるのだ。


模倣(アミック)『爆裂剣』!」


 唱えると同時に出現する、鮮やかな朱色で彩られた両刃の剣。事前に魔力が込められた爆裂剣は柄までほのかに暖かかった。

 クロンは手にした爆裂剣をベダの開いた大口に振るう。直後に爆裂剣と同じ朱色の光線が真上から撃ち落とされた。


 剣を返して灼熱の模様が施された面で光線を受ける。

 

 光線と直撃した爆裂剣は轟音とともに刃部分が爆ぜた。

 

 白と黄色の光のあとに朱色と赤色の火花が散る。視界を覆う火花たちは大気中へ消えてからも瞼の裏に焼き付いて、その燦爛たる煌めきを主張し続ける。

 間近で爆発を受けた手に焼けるような痛みが走った。きっと光線との衝突が爆裂剣の防衛性能を上回ってしまったのだ。


 爆破で体勢を崩したベダ。彼が崩れることで綻ぶのは彼だけではない。


 輪を描くように進行を遮る蠱穣蛇がベダに引っ張られる。火に怯えた様子で目を閉じた蠱穣蛇を、すぐさま模倣した短剣で斬りつけた。

 なかば殴るように繰り出した斬撃は、閉ざされた扉をこじ開けてクロンの身体を外ヘ逃がす。


 離脱した檻の中では光線によって柄を溶かされた爆裂剣が、魔力に戻って空気中に離散していた。


模倣(アミック)『聖剣 レプリカ』」


 手放してしまった聖剣をまた模倣して手に据える。

 クロンは身体を翻すと、伸縮している蠱穣蛇へ聖剣を突きつけた。


 蠱穣蛇の頭部が肥大化して鋭い牙の数々が顔を見せる。噛み砕こうとする蠱穣蛇にお構いなく、クロンが蠱穣蛇ごと空間を薙ぐ。

 蠱穣蛇の声にならない悲鳴が聞こえたと同時にその首が主人のもとへ引っ込んだ。聖剣で切られた口元は引き裂かれ、可動範囲を拡張されていた。


 クロンの剣戟はここで止まらない。

 流水のごとくしなやかな弧を描いて聖剣がベダへと伸びる。風のように滑らかで漂う空気すらも傷つけない柔らかさ。


 ベダの尻尾へ刃が届いた瞬間、それは稲妻となり激しい斬撃がベダを穿つ。


「なんだ力勝負か?」


 ベダが楽しそうに尻尾に力を込める。尻尾は亀裂を刻むことなくクロンの腕ごと押し返し始めた。

 

 ベダのような獣と力勝負なんて無謀もいいところだ。

 蠱穣蛇が肥大化を再開する。傷口から滴る血はもう止まってるように見える。代わりに切り裂かれた口を広げて、クロンを睨み付けていた。


「魔獣を今すぐ止めろ」


 聖剣を胸に押し当ててクロンが鋭く言う。無駄だと分かっていてもソラや街のみんなのことが頭から離れないのだ。

 

 ベダがまた笑う。


「止めたら止まるんじゃねぇか?」


 挑発的な態度でクロンを煽ってくるベダには余裕があった。

 ベダを倒したからといって魔獣が大人しくなるわけじゃない。ベダは魔獣を操っているだけ。洗脳が解けても魔獣はただの凶暴な獣へと戻るだけ。


 それでも――――――


 ベダが足を踏み込むようにして尻尾を振り上げた。

 捌き切れないと判断したクロンが後ろに飛ぶ。


「そんな弱腰で倒せるのか?」


 聖剣を両手で握ってベダに向き直った。


 呼吸は戦闘を始めたときよりずいぶん荒くなっている。


 エリサたちの手前冷静を装っているが、戦闘を楽しむようなベダが憎かった。

 故郷を壊され、大切な仲間を傷つけられた。大切にしていたものが同時に犯された不快感。魔族に抱く嫌悪とはまた別の濁った激情が湧いてくる。


 「災害のようなもの」人々は魔族の被害をそう語る。でもそれは力を持たないものがどこかへ救いを求めるときの言葉だ。

 クロンには力がある。魔族に及ばなくても、知恵と戦略で埋められる穴もたしかにある。それなのに防げなかった。


 「無理だ」なんて言葉、勇者の、ハイドの付き人として吐いてはいけない。クロンが諦めたら誰が魔王を倒して世界を救うのか。

 

 できなかった後悔だけが積もる心境の中で、ただクロンは思うのだ。


 

(ほんと――――かっこ悪い)

 

 

 構えていた聖剣を下ろして片手に持ち直す。


 正面から戦っても勝ち目が薄いことはさっき分かった。懲りずに執着するのは無意味ではないが、この場においては味方を危険に晒すだけだ。


 無言でクロンが動きだす。

 

 ベダに向けて踏み込んだ足に身体を乗せて跳び上がった。

 攻撃動作を挟まないただの飛躍。無防備で罠に引っ掛かった羽虫のように見えるだろう。

 

 蠱穣蛇が飛んできた。頭部の肥大化は済んでおり、皮膚が波打って空気抵抗が辛そうだ。


 少し離れたところで身を寄せ合うエリサとミルシェの姿を見る。

 背中の傷は控えめであるが主張を続けている。また彼女の治癒に甘えることになりそうだと苦笑いを浮かべた。


 もう迷いなど一欠片も存在しない。


 眼下のベダを睨みつけるとその太い尻尾に視線を這わせる。

 

 聖剣をもう一度握り直してから、つぶやくように唱えた。


 

「幻朧弾 ─破─」

ここまでお読みいただきありがとうございます


次の投稿はあさってです

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