モルトゥルク編 第六十七話 マラビィ
プロローグを除いて、ちょうど100話目になります!
節目を彼女に託すのは予想外でしたが、楽しんで頂ければなと思います。
クロンから上位種を引き受け、マラビィは転送魔法で自分ごと近くの森へ転送した。周りに樹木が生えていれば樹霊魔法の発動条件を満たす上に、打撃と斬撃が基本の上位種は腕を振り回すスペースがとれないため、優位に戦闘を進められると思ったからだ。
「翠撃魔法!」
マラビィがそう唱えると、枝木を覆っていた樹葉がひとひら彼女のもとへ流れてきた。
直後、樹葉は鋭い緑色の棘へと形を変えて、地上でマラビィを見つめる上位種めがけて射出された。
空気を切る音すら置き去りにして樹葉が上位種の屈強な腕を穿つ。
ガチンッと硬い音を鳴らして、上位種は飛んでくる樹葉を弾きいなした。
「翠撃魔法!!」
マラビィの掛け声に周囲の樹木に生えた葉がなびく。
彼女のもとへさらに樹葉が集まってくる。鮮やかな緑で飾られた樹葉は、ひらひら舞いながら彼女の全身を覆い尽くす。大木のような魔法杖が一瞬にして葉をつけた。
集められた樹葉たちが何枚かずつ束になって、より大きな棘を形成していく。あるものは先端にとげとげした返しをつけ、あるものは薄い一枚の板のような見た目となる。
翠撃魔法。周囲の樹葉を自在に操る魔法だ。森での戦闘が多いマラビィにとって、樹霊魔法と同等かそれ以上に利用機会が多い。樹霊魔法が必殺技のようなものなら、翠撃魔法は相手で出方を探って弱らせる牽制技としての役割を担っていた。
マラビィの周りに浮いていた樹葉の束が上位種に向かって放たれた。意図してタイミングをずらしながら飛んでいく緑の凶器は、まるで自分の意志を持っているようだ。
細い棘と化した樹葉が上位種に針を突き立てる。
硬い皮膚に弾かれてダメージは通っていないように見えたが、上位種は樹葉を避けるように飛び上がった。
それに追撃を掛ける樹葉の刃。側面が刃物のように研がれた緑の四角い板が、回転しながら空中の上位種に迫る。
上位種は身軽な動きで近くの枝木を長い腕を伸ばして掴むと、枝木を軸に身体を持ち上げ優雅に次の枝木に飛び移った。
空中を飛び交う緑の凶器は樹木を切り裂きながら上位種を狙い続ける。しかし上位種は次から次へと樹木を移動し、滑らかな体捌きで刃をかいくぐっている。上位種が逃げながらも樹葉を切り裂き続け、マラビィのもとへあっという間に接近した。
マラビィが飛行魔法で高く飛び上がる。
枝木を伝っては追ってこられないほどの高度まで上昇して上位種を見下ろした。
キュイン――――
上位種がマラビィに向け口を開く動作を見せる。一瞬の吸収音が届くと同時に、マラビィの目の前が真っ赤な光に包まれる。
上位種の口から強烈な光をまとった光線が放たれた。
「クッ!!」
マラビィは飛行魔法で光線を躱わしながらふたたび高度を落とした。上位種と距離を取り直して、樹木から伸びるひときわ太い枝に着地する。
枝木に両足を乗せて細い二本の腕をだらんと垂れ下げた上位種と、向かい合う形で静止した。
「あいかわらず、いやらしい戦い方するじゃないか。知能があるとはほんとうなのかもな」
感嘆の声を上げるマラビィだが、その息は荒くはやくなり、疲労と焦燥を映していた。
切り裂かれた軍服の破れた箇所を指でなぞる。
森の中はマラビィの主戦場であるはずだった。しかしここまでマラビィは上位種に翻弄され続けている。
飛行魔法で距離をとっても、上位種の身体が軽いせいか、枝木を伝ってあっという間に接近される。かといってさらに上空へ逃げれば、マラビィ側から攻撃を仕掛けることが難しくなる上に、閃撃魔法のような光線で撃ち落とされてしまう。
二種類の腕を使い分けることで遠距離攻撃を悉く防がれている現状は、マラビィにとってあまり良いものとはいえなかった。
ふと視線を街に移す。さっきまで見えていた炎の渦はどこにも見当たらなかった。
あれほどの巨大魔法を長時間操るのはマラビィにだって難しい。魔力限界の問題ではなく、一度に大量の魔力を操るのは、研ぎ澄まされた集中力が必要になるからだ。
「大丈夫だろうか……」
エリサの姿を思い浮かべてそう漏らす。
遠くで行われているであろう戦闘がどうにも気掛かりだった。
バキッと枝が折れる音がこだまする。
マラビィが視線を戻した先には、腕をしならせた上位種がすぐ傍まで迫っていた。
魔力で身体を浮かせて飛翔する。飛び上がったマラビィに上位種が鋭く尖った指先を、まるで刃物で斬りつけるみたいに振りかざしてきた。
チクッとする痛みが走って、襟の下あたりに横向きの大きなスリットが刻まれる。スリットから露出した肌の一部に赤い線が描かれた。
マラビィは空中で身体を一回転させると、より高い樹木に着地した。
さっきまで彼女がいた枝木には漆黒の肌をまとった上位種が直立している。
引かれた赤い線を軍服の袖でそっとなぞる。真っ赤な染料は袖に移って、浅い切り傷からはもう出血は止まっていた。
マラビィは軍服にできたスリットから見える素肌をじっと眺めた。
大人の女性にしては控えめな胸が、隙間から上部だけをわずかに覗かせている。全身に目線を走らせると、いつも軍服に覆われているせいで日焼けとは無縁の白い肌が、刻まれた切れ目からところどころ露出していた。
戦闘中であることを除けば、艶めかし色気がマラビィを包んでいた。
自分の身体なのに、どうしてか落ち着かない違和感が湧いてくる。
きっとそれは――――――これまでの彼女の人生による。
マラビィは小さい頃から好戦的な性格をしていた。男の子たちの喧嘩を見つけると、その間に入って物理的に喧嘩を止める。抵抗して殴りかかってきた相手には、それを上回る暴力でねじ伏せるような、そんな子だった。
また彼女はとても負けず嫌いだった。一度負けた相手には、それがどんな勝負であろうとも勝つまで再戦を申し込んだ。彼女は勝つための努力を惜しまなかったし、それが普通であると思い苦痛には感じなかった。
だが努力の方向が武力に振り切っていたせいで、周囲の人たちはそんな彼女を怖がるようになってしまった。
上に二人いる兄が比較的大人しい性格だったこともあって、男勝りな彼女は家族からも街の住民たちからも"女の子"として見られることはなくなっていった。
いつしか彼女自身も自分が"女"であることを忘れ、"強さ"が正義の冒険者という職業に惹かれていくのだった。
女らしい自分の姿を見るのはいつ以来だろうか。湯に浸かるときに見る裸体とは違う、何か罪悪感が込み上げるような、見せたくない、見せるべきではない姿を晒しているような不思議な感覚。自分が自分でなくなった気分だ。
(こんな私でも……まだ女なのだな)
マラビィは魔法杖を構えると、
「翠撃魔法」
そう唱えた。
すぐさま飛んでくる一枚の葉。葉は形状を細く変化させ、先が尖った糸のような形になって、彼女の手のひらに落ちた。
マラビィはすぐさま胸にできたスリットの中央部に葉の針を通すと、リボン結びをしてスリットの中心だけを軽く閉じた。
「あまり私を勘違いさせないでくれ」
寂しげにそうつぶやいて、魔法杖を上位種へ向ける。微風が身体を撫でるたび、晒した肌が敏感に存在を主張していた。
(私のこんな姿、誰も見たくないだろうな)
一人で良かったと心の底から安堵する。仮に誰かといて気まずそうに目を逸らされたら、今度こそマラビィは自覚してしまうだろう。何年も前に捨てた強さとは無縁の"女らしさ"を。
勝つことが好きなのではない、負けることが嫌いなだけ。男として生きたいのではない、ただ強さを追い求めていただけ。
「生きることよりも大切なことはない」と人は言う。けれどマラビィにとっては、生きていても負けたら意味がないのだ。
静観を決めていた森の樹木がざわめきだす。風なんて吹いていないのに、巨大な命を宿しているかのように、枝木の葉が小刻みに揺れて、幹が軋む音が一帯に広がっていく。まるで森自身がこれから起こることを予期し、湧き上がる衝動を必死に抑えているようだった。
マラビィが枝木から飛び上がる。周りの樹木を越えない高さまで飛行すると、眼下の上位種へと目線を飛ばした。
上位種が彼女を追うように身体をしならせる。周囲の枝木に腕を打ち付け飛躍して、弓矢のようなスピードで彼女に二本の剣を伸ばした。
「翠撃魔法」
マラビィが唱える。
上位種の腕が届くその瞬間、上位種の身体が下から緑の絨毯に押し上げられた。密集して分厚い膜のように形を変えた樹葉が、上位種をはるか上空へ誘う。
彼女は迫る刃を飛行魔法で躱すと、地上に向けて身体をひねった。
久しぶりの大地の感触。枝木とは比べものにならないくらいどっしりとして安心感がある。
マラビィが上位種を見上げながら魔法杖を地面へ突き刺す。その上空ではちょうど緑の絨毯を切り刻んだ上位種が彼女を睨みつけていた。
「我が手に集いし木霊の魂よ」
上位種が落下してくる。今度はスレンダーな肉体に不釣り合いな豪腕を振り上げていた。
さっきまでの森の喧騒が嘘のように静かだ。彼女の詠唱に耳をすませるみたいに、静寂の中で彼女の声だけがこだまする。
「愚かなる邪心に裁きを下せ!」
カッと目を見開くマラビィは、上位種と目が合うとニカッと不気味な笑みを浮かべた。
魔力を大地に流しその命を杖に宿す。心身を森と一体化させること、杖から伝わる森の声を鼓動を全身で浴びながら、受け止めきれない自然の力に身震いする。
初めて樹霊魔法を使ったときのようだ。自然が宿した圧倒的な生命力と対峙して、畏怖と歓喜が心中で渦を巻いていた。
覚悟も諦観もどうでもいい。ただマラビィは、
――――――自分が自分であるためにここにいる。
「樹霊魔法!!」
"動物のよう"にざわめいていた樹木たちが、"植物として"進撃を開始する。
空中の上位種に向かって下から大木が伸びる。そのまま上位種の漆黒の肉体に直撃した。重低音が重く響き渡る。
上位種は二つの拳で大木を穿つと、割れ目から二本の剣を滑り込ませ両側に一閃した。斬撃が連鎖して大木の幹を粉々に砕く。砕かれた大木は魔力となって消失した。
大木をあっけなく退けた上位種が、今度こそと腕を振り上げる。
その上位種に今度は両脇から樹木が激突した。
激突した樹木は上位種が落下しないように、うねりながら身体を支えると四本の腕に絡みついた。
直後、上位種の上空からも樹木が落ちてくる。鈍い衝突音を鳴らしながら上位種の頭部に直撃した。そのまま頭部を覆うようにまとわりつく。
どんな凶悪な剣でも、振るわないとただの静止した刃だ。包んでしまえば怖くない。
樹木がさらに上位種へ絡まりつく。全身が覆われてからも止めどなく、空中に浮いた塊が肥大化していく。厳重に何層も重ねて、決して開けることのできない自然の檻を作り上げる。
そして最後に――――とどめにひときわ巨大な大木が、先端を尖らせて茶色の塊を貫いた。
静まりかえる空間に、マラビィの呼吸音だけが響く。直立不動で木塊を眺めるマラビィは、手にした魔法杖を一層強く握りしめた。
真っ赤な光に目が眩んだのはそのすぐ後だ。
樹木が密集した間から漏れる細くも鋭い光。それは何層にも重なった樹木の間を縫うように這い出てきていて、中に包まれた上位酒の生命力の塊のようだった。
漏れ出ていた一本の細い光線が佇む樹木に直撃する。光線を食らった樹木には焦げ跡と、何かが貫通した風穴が刻まれた。
「無理か…………」
マラビィがつぶやく。
突如、漏れ出る光に耐えられなくなった樹木の塊が、爆発音を轟かせて爆散した。内側から弾けるように樹木を形作っていた木片が、朱色の炎を灯して塵となって消える。
晴れた空間の真ん中には大口を開けた上位種が、光線の残りを呑み込んでいた。
空を蹴って上位種がマラビィへ近づいてくる。落ちるように飛ぶ上位種は身体を回転させて、全身が鋭い刃のようだった。振り回される腕が伸びる樹葉と樹木を切り刻みながら進む。
――――彼女はそんな上位種を見て、ふふっと笑った。
焦るべきなのだろう。けれど樹霊魔法を突破された今、むしろ彼女は清々しい気持ちでいっぱいだった。
彼女の背後から植物のつるが伸びる。細くしなやかなつるは上位種の腕をかいくぐっって、やつの背中に両側からぴたりと張り付いた。上位種の回転が止まる。
マラビィと上位種がつるの輪の中で囲まれる。一瞬を切り取れば、空から降りて来た天使を迎え入れている幻想的な絵画の完成だ。その天使は翼を折って肌を漆黒に染めた堕天使であるけれど。
つるが縮み始める。落下中の上位種を引き寄せて、マラビィと上位種の感動的な再会を演出する。
手を伸ばせば触れてしまう凶器に、それでもマラビィは笑っていた。
(そういえば、この動作だって私らしくなかったな)
マラビィが魔法杖を握っていない方の手に唇を近づける。勇者が姫にする儀礼のごとく滑らかで、凜とした雰囲気は彼女の大人としての魅力で溢れていた。
指の先、爪と一体化した魔道具にそっと口づけを交わす。紅潮した全身とは異なり、唇に伝わる温度は心地良く冷たかった。
剣となった上位種の腕が腹に突き刺さる。軍服の防御効果を貫通して、鋭い爪で肉を抉られた。
「うっ……! そうじゃなくちゃな!」
肌が焼けるように痛い。不純物が体内に入り込む不快感と噴き出す鮮血が彼女の顔を歪める。刃物で刺されるよりも肌が粗いぶん、細かな突起が神経に突き刺さってさらなる激痛をもたらしていた。
上位種が次の腕を振りかざそうと空へ掲げる。空洞に浮かぶ真っ赤な光はただマラビィを殺すことだけを考えているよう。
マラビィが刺さっている上位種の腕を掴んだ。ゴツゴツした表面が力を込めると食い込んでくる。
そのすぐ直後、
――――――――パンッという何かが弾ける音がした。
上位種の身体が痙攣する。突然肉体の制御を失って、震える身体を必死に動かそうと悶えている。
マラビィの装備した魔道具が、上位種の身体に電流を流したのだ。
刺さっている腕からわずかにビリビリとした刺激が伝わってくる。傷ついた神経に触れたことでさっき以上の激痛が彼女を襲った。
「やはり私は…………上手なやり方を考えるのが…………どうも苦手みたいだ」
彼女が握りしめる魔法杖が緑色の淡い光を放つ。それは森全体に電流のように広がって一つの大きな灯火となった。
森の樹木が暴れ出す。
地中から根を伸ばし、マラビィが立つ大地を割って飛び出してくる。巨根は魔力によって枝木と樹葉を飾られて、やがて立派な大樹へと変貌を遂げた。
いたるところから飛び出してくる樹木。マラビィの呼びかけに応じて、彼女を囲う自然がただ一体の敵を倒すべく集結する。幹を絡めて枝木を伸ばし、樹葉が隙間を緑で埋め尽くす。
ここまでの規模の樹霊魔法はマラビィも初めてだった。森全体を手中に収めた征服感と、命懸けの勝負からくる高揚が胸の奥を熱くする。しかしそれは、興奮状態であると同時に命の最期の灯火だったからなのかもしれない。
大樹同士が絡まりついてただ一つの巨大な木となり、マラビィの上に浮いている。広げた翡翠色の煌めきは彼女たちから空を奪い、巨大な影を地に落としていた。
グルォォ!!
喉の奥から突き上げるような咆哮だ。
上位種もこれから起こることを察しているのだろう。しかし身体は麻痺して動かない上に、つるがマラビィとの密着を強いている。
この大樹が落ちたら死んでしまうだろう、マラビィも上位種も。
後悔がないなんて言わないが、彼女は自分の中ではっきりと主張することができる。
――――――私は負けなかった、と。
(あとは頼んだぞ。クラージ隊長、クロン青年…………)
大樹がマラビィたちに向けて落下を始める。
それはまさしく空が降ってくると同義。真上にできた翡翠色の空は、対となる大地への抱擁の代償として二人を押し潰す。
マラビィが目を閉じた。頭を下げて己の最期から目を逸らす。
暗闇となった視界、瞼の裏に見えるのは、
(――――――ク?)
閉じていた目を素早く見開く。
直後、
空が落ちた。
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