タルカル編 第六話 エリサの魔法
本日の2本目、ラストです!
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ギルドに帰ってきた僕たちだったが、今更になって震えが止まらない。安心している証拠だ。
「ソラくん、ほんとうにかっこよかった!」
さっきから興奮気味の彼女は、何度もさっきの場面を身振り手振りで繰り返しては、可愛らしい笑顔で僕を褒めちぎる。
さすがに照れくさい。頬が熱を帯び、つい目を伏せてしまう。
「もういいって!」
これ以上続けられると茹であがってしまう。僕が止めないといつまでもこうして褒めていそうな勢いだ。彼女に褒められることは嬉しいがここはギルドで人の目もある。そしてなにより僕には耐性がない。
「それよりも! 少し出掛けませんか」
急いで話題をずらす。
「あら? クエストにいくの?」
「いえ、なんか今日は正直もう疲れたので」
魔法を一発撃っただけなのに心の疲労が半端じゃない。
「それよりも街を少し歩きませんか?」
クエストに行かずに仲を深めるには良い提案ではないだろうか。いろいろ聞きたいこともある。
興奮がまだ冷めないのなら何か行動を起こした方がいい。一旦さっきの出来事に終わりをつけよう。
「いいわね。でもわたしこの街に来たばかりだから案内よろしくね」
「はい」
そういう僕も昨日久々に来たばかり。さすがに『獣通り』を案内するわけにもいかないから、今度は東に行こうか。
「あとソラくん、ひとついい?」
「なんでしょう?」
なにか大事なことを言いたげだ。
「歳はいくつ?」
「13です」
「ほんと!? じゃあ同い年ね!」
態度と容姿がちぐはぐで年齢を推測しづらかったが、まさか同い年だとは思わなかった。
「ならお互い呼び捨てにしましょう。きみは敬語もやめてね」
初対面の相手への呼び捨てなど長いことしていなかったが、僕もそれがいいと思った。それにもう彼女を初対面と呼ぶのもおかしい気がする。
「わかりまs……分かった。えっと……あれ? 名前教えてもらいましたっけ?」
「ああ、そういえばまだだったわね」
少女は魔法帽子のつばを少し持ち上げると
「わたしはエリサ、改めてよろしくね!」
満面の笑みでそう言った。
* * *
「あれぇ? ソラくん奇遇だね。クエストに出掛けるの?」
ギルドをでてすぐ、僕たちはクロンと遭遇した。クロンは偶然を装っているが明らかに待ち伏せしていたんだろう。
となると野次馬の中にクロンもいたのだろうか。
「暇なんですか?」
「一言目それってあんまりじゃない!?」
エリサが怪訝そうに隣の僕を肘でつつく。
「どなた? まさか仲間がいたの?」
「あり得ない」といった様子でこちらを睨んでくる。
彼女にとっては裏切られたようなものなのだろう。ただクロンを仲間というには違和感がある。どちらかというと居候。
「違う違う、ただの知り合いだよ!」
慌てて首を横に振る。
「そこまで否定されると傷つくな」
眉を曲げ悲しそうな表情を浮かべるクロン。そのわざとらしい仕草にこちらの関係を察したのだろう、エリサは肩をすくめて溜息をついた。
「こんにちはお嬢さん、俺はクロン。訳あってソラくんと一緒に行動しているんだ」
ただ同じ宿に泊まっているだけだろ。
「それにしても綺麗だね。白銀色の髪に澄んだ赤紫色の瞳、貴族に多いと聞くけどこんな近くで見るのは久しぶりだなぁ」
「な、なんなんですか!?」
普通にセクハラまがいの発言だが、いやらしさがまったくないのはクロンが纏っている好青年オーラのせいだろう。
それにしてもエリサが一瞬狼狽えた気がしたことが気がかりだった。彼女ほどの美女ならこんなの言われ慣れているだろうに。
もしかしてクロンに気がある? いやいや、顔が良いだけで初対面の男を好きになるわけない! クロンの実力を見抜いたとか?
変な詮索ばかりが頭をよぎる。
「ソラ、はやく行こ」
エリサの声に目が覚めた。僕の袖を引っ張って急かしてくる。
「えっと……そうだね。クロンさん、僕たちはこれで」
「そういえば俺も暇だし一緒に――――」
ギロッとクロンを睨む。見えなかったがエリサもそうしたような気がした。
「冗談だよ」
慌てて撤回するクロン。それでいい。
袖を引くエリサの力が強くなってきた。
「それでは」と半ば振り切るようにしてクロンと別れる。笑顔を絶やさない彼に覚えた違和感がどうにも拭えないまま。
* * *
ギルドや街の行政機関があるのが中央地区。そこからメインストリートを東に向かうと住宅街や商業施設が建ち並ぶ東地区へ入る。僕が泊まっている古宿や『獣通り』がある西地区とは異なり、活気にあふれ、すべての色が鮮やかに映る。
住宅はレンガや石で外壁を積み上げられ、通りに面した両開きの窓はおのおの好きな植物で飾り付けされていた。タルカルに定住している人々はここに住宅を構えるのが一般的らしい。
タルカルの住人にとってこの住宅街なんて見慣れた日常なのだろう。もし冒険者を目指していなかったらこの街で平和に暮らすことになっていたかもしれない。
そんな日常も悪くないと思えるほどだった。
「みんなわたしたちのこと『冒険者』として見てるわね!」
僕はさっきの対決のままの姿。つまり魔法杖をもって白と水色のケープを羽織っている。『魔法使い』であると断定するに値する格好だ。
駆け出し冒険者の多い街だからだろう、すれ違う人たちから「頑張れ!」や「似合ってるよ」といった励ましの言葉をよくもらった。西地区のどこかのチンピラにも見習って欲しい。
「エリサも杖あったら『魔法使い』コンビとして見てくれるのに」
「あれ重くてあまり手で持ちたくないのよね」
魔法使いの言葉ではないな。
ギルドに杖なしでくるとは考えづらいから、収納魔法でしまっているのだろう。一応僕も習得しているが、収納しているだけで魔力がじわじわ使われていく感覚があまり好きにはなれない。
なんてことを考えているときだった。
「きゃーー!」
悲鳴が聞こえてきた。
通行人のひとりが住宅のほうを指さして叫んでいる。
こんな和やかな街にもやはり事件はあるものなのか。驚く人が多いから普段からなにかあるわけではないのだろう。
見るとそこには赤ん坊の姿があった。
窓に突き出すように設置された低い柵。その柵を今にも乗り越えようと赤ん坊が足をかけている。上下に揺れつつ徐々に空中へ身体をさらす。
「まずい、どうにかしないと」
通行人は慌てて赤ん坊が落ちるであろう位置に移動しキャッチを試みている。
だが駄目だ。
赤ん坊がいる窓のちょうど真下にある住宅の扉には、庇が建物から飛び出るようにして作られている。もし落下したらそこに全身を強打してしまう。
浮遊魔法を使わないと。間に合うのか?
「わたしに任せて」
エリサが赤ん坊を見ながらそう言った。
そこからの彼女は早かった。
何も持っていなかった右手に魔法杖が握られる。先端に白い水晶がとりつけられ全体を金の装飾が施してある。高級感あふれるそれはたしかに重そうだ。
「風操魔法」
唱えると同時に彼女が浮き上がった。魔法で起こした旋風に己を乗せて立ち姿のまま宙に留まっている。
それからさらに上昇したかと思うと一気に加速して赤ん坊目指して飛んでいった。通った軌跡に小さなつむじ風を残す。ここまで「風に乗る」という表現が適切な場面はなかなかない。飛行魔法を見ている気分だった。
すべての視線が彼女に集まっていた。悲鳴を聞きつけ住宅の窓からも住人が顔を出して成り行きを見守っている。
大丈夫、助かる。誰もがそう思った瞬間、さっきまで堪えていた赤ん坊がついに柵を乗り越えてしまった。
再び悲鳴が響き渡る。
ただエリサは冷静だ。飛んでいった勢いそのままに、いとも簡単に赤ん坊を空中ですくい上げてみせた。初めから赤ん坊がそこに落ちてくると決めていたかのように。危なげのない完璧な魔法操作。
救出に成功したエリサは赤ん坊を撫でながらゆっくりと降下していく。天から命を授けに降り立った女神のようだった。
やがて地に足がついたエリサは安堵の息を吐いた。彼女も緊張していたのだと緩んでいく表情が物語っている。
エリサの腕に包まれた赤ん坊は一瞬ぽかんとしたあと、盛大に泣きだした。エリサが微笑みながらその頭を優しく撫でる。
どこからともなく拍手が聞こえてきた。もしかしたら僕のものだったかもしれない。
それはやはり伝染していき、通行人みんながエリサを称えだした。
ジードたちと対決したあのときを思い出す。
エリサの赤ん坊救出劇は時間にしてわずか数秒。ただその数秒で彼女は冒険者としてこの街のちょっとした英雄になってみせたのだ。
仲間として誇らしさを感じると同時に、何もできずに突っ立っていた自分が惨めに思えてしまった。
エリサは住宅のチャイムを鳴らし、子どもが落ちそうになっていたことを伝えた。何度も頭を下げてお礼をする母親を見るにもう同じ事が起きる心配は無さそうだ。
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