8.俺、ウサギさんを入院させる
2歳になってぐんぐん体つきがしっかりしてきた。よちよち歩きも改善され、ずいぶんスムーズに歩けるようになってきたはずだ。
しかし、お散歩の時に挨拶する庭師のトムじいなんかは「おかわいらしいことですじゃ。トテトテと歩いてらっしゃると癒されますのぉ」と言う。
俺、まだそんななの?
トムじいから見ると俺はまだまだ赤ちゃんのようだ。
さて今日は母様と、サテラ様、ヤーニーを誘って王宮の裏手の丘へピクニックにお出掛けだ。馬車で揺られながら、一歳半のあの頃から頭をひねっているのにヤーニーのニックネームが決まらないなあと考えていた。
難しいんだよ。ヤニティーとかヤーティとか、ヤンとかヤンディとか。色々考えてはヤーニーの天使っぷりを表現できてないって感じるから。
そう、俺の推し活は今現在も続いている。ヤーニー永遠に可愛いのか!?
丘に到着してヤーニー達を待つ。しばらくすると、王宮の馬車がやって来た。ドアが開いたとたん泣きはらした目をしたヤーニーが俺に飛びついてきた。
何があった?ヤーニーを泣かしたのは誰だ?
「どしたの?ヤーニー、なにがあったの?」と聞くと泣き出した。サテラ様は困り顔だ。
「あらあら、ごめんなさいね。突然驚いたでしょう?実は今朝出がけに、いつも持って歩いているお気に入りのウサギさんの耳が取れてしまったのよ」
「それは大変ね。お針子さんの補修でどうにかなりそう?」と母様。
「それがねぇ。生地自体が悪くなっているから新しくしたほうがいいっていわれちゃって」
ため息をついてサテラ様が続ける、
「『あたらしく?』ってヤーニーが聞いてくるから、古いウサギさんにさよならして、新しいウサギさんか他のぬいぐるみさんとこんにちはするのよって言ったら、この通りなの」
あれだけ大事にしていたぬいぐるみだ。最近は『ウサギさん』と呼んでかわいがっていた。
耳がとれただけでも衝撃だったろうに、さよならするなんて言われて泣かないはずがない。
今日はピクニックを断念しよう。
「ウサギさんはぼくにまかせて!ヤーニー、だいじょぶよ!」
俺たちは王宮に向かい、問題のウサギさんと対面した。
まずはお針子さんに仮縫いしてもらってその上から包帯を巻く。
「ヤーニー、ウサギさんはおケガしてイタイイタイ。ホータイクルクルしたよ。良くなるまでちょっとおいしゃさまのところね。入院っていうのをするんだよ。治ったらホータイナイナイして、かえってくるよ」といってニッコリ笑って安心させた。
ヤーニーは真っ赤な目で俺のほうを見ていたが、ちょっとだけうなずいた。
まだ午前中だけど二人でお昼寝しようとベッドに誘ったらすぐに寝てしまった。泣きつかれているからね。
そして俺は動き出す。まずは、サテラ様にワーニーに大至急会いたいと伝える。
お針子さんには生地が傷んでいて難しいだろうけど、出来るだけ以前と変わらない様に直して欲しいと伝える。
裏から当て布をするなど、その場しのぎの補修はできるが、強度が保てないと言われる。
それでも頼むと頭をさげると、驚かれたが承知してくれた。そして、完成したらヤーニー様でなく陛下に届けてくれというと更に驚かれた。
そして、ワーニーから執務室に来るようにと連絡を受けた。
「あの人ったら、2歳の子どもを執務室に呼びつけるなんて何を考えているのかしら?こちらに来てくれればいいのに!」とサテラ様は怒っていたが、俺は大歓迎だ。
執務室見てみたいし、ワーニーと二人で話したいしね。
人払いしてある執務室に入って
「ワーニー!お前、この間、ウサギさんに強化魔術かけるの忘れただろう!」と怒りをぶちまけた。
ヤーニーを泣かした罪は重い。
「そうだったか?何か問題がおきたか?」
俺はウサギさんの無残な姿を説明した。
ツリーハウスでのヤーニーの魔力制御訓練は順調で、前回から魔力量を増やしてウサギさんを動かしていた。
そうなると、ウサギさんの消耗は激しいだろうと、訓練前に強化魔術をかけようって話していたのに、ヤーニーがこけて手を擦りむいて、泣き出して、治癒魔術かけてってやっている間に、忘れたようだ。
ウサギさんは、強度は保てないと言われたが取り敢えず見た目だけは整えてもらっている最中だと伝える。
それを受け取って4年間くらい持続可能な強化魔術を施してヤーニーに「退院してきたよ」って渡すように!
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それにしてもこの世界は不思議だ。
この世界には前世のアニメでみた『魔力なしでも使える魔道具、魔石』というものは存在していない。
あえて言うなら俺の血の結晶が、魔力なしにも恩恵を与えることができるなら魔石か。高魔力過ぎて魔力なしが近づくと失神するかもしれないんじゃ実験もできないが。でもちょっと試したい。
星見の水盤は魔道具っぽいが、これも魔力ありが使う前提の占いの道具なので、魔力なしには関係がなさそうだ。
ということは、魔力なしには便利に生活するための恩恵が一切ないのだ。
魔力がない人は魔術が使えないのがあたりまえ。家族全員が魔力なしなら、魔術の恩恵が全くない生活だ。
火をおこすのも、水をくむのも人力だ。体力無いと暮らしにくい世の中だ。
都会に住んでいて、お隣に火縄を持って行って「ちょっと火を着けてくれる?」なんて言えればまだいいほうで、田舎では完全に中世の生活だ。
だが、家族がひとりでも魔力ありで生まれると状況は一変する。魔力の質はなんであっても、生活に最も密着している火や水の、着火や湧水といった基本のものに限っては大抵扱えるようになるからだ。
風と土は質によるところが大きく基本の竜巻や掘削も他の質では使いこなせない人がでてくる。浄化や治癒なんてのは魔力ありの人たちの中でも神様扱いだ。
もちろん俺の家のように使用人がいる家は、魔力ありの使用人を雇うので問題はない。リタも水魔術が得意で俺をじゃぶじゃぶ洗ってくれる。庭師のトムじいは風魔術、落ち葉をビューって集めるのが格好いい。
魔力ありで生活に余裕があれば、きちんと訓練して基本魔術を上級魔術に進化させようとする人が大半だ。リタもトムじいも上級魔術が使える。我が家の使用人はすごいがんばってる。
それでも上級魔術に進化できるのは自分の質に合うものだけだ。
ワーニーの凄さが分かるだろう。なんとすべての魔術は浄化や治癒含めて超上級。
魔力ありなら誰でも訓練次第では身につく補助魔術である強化魔術は当然。補助魔術上級の認識阻害も超一流。
結界や瞬間移動という神話級の新しい魔術を開発もしている。
この前俺にかけたような、話せるようになる魔術とか、天才の無駄使い的なものすら作っている。
それに加えてワーニーの魔術、ツリーハウスの認識阻害などは一度かけると追加の魔力消費なしで維持できるのだという。
これは上級かどうかではなくワーニーだから出来るんだとさ。規格外すぎてあきれちゃう。
簡単に出来ちゃうから、出来た後で、研究員がワーニー以外にも使えるのか実験するらしい。なんとも凄い。
ウサギさんに施す強化魔術も、4年くらいと気軽に期間指定して依頼したが、何も言っていなかったので出来るんだろう。
ウサギさんのお早い退院を願います。
これだけ規格外なら魔力なしでも使える魔道具とか開発できそうだな。
火種も薪もいらない魔道コンロとかどう?
今現在は魔力ありの家でさえ着火で火を着けることはできても薪が必要だ。それが無くても良くなるとかすごくない?
問題は王様に手伝わせてやらせていいのかだな。ヤーニー早く大きくなって手伝ってくれないかなぁ。
ヤーニーも王子様だけれども。
情報収集と文字の読み書きという当面のミッションを終わらせた俺は、新たな挑戦に燃えたいが、魔力なしの壁は厚そうなのだった。