54.俺、だから良かったようなもの
クッション性のない幌馬車で、木箱の奥、縛られて揺られるのを、我慢している俺ではない。
風魔法で縄を切る、柔らかい結界を敷いてお尻を守る。節々が痛いので治癒もしておく。
隅に香炉が置いてある。火は既に消えているようだが一応結界で隔離した。
髪の毛は一つにくくっていたはずなのに解けている。結界で紐を作って取り敢えずくくる。左の髪が目にかかる。あ~、切られたのか。
脅迫かな~?お前のところの息子を預かった、証拠はこの髪だ!無事に帰して欲しければ、こちらの言うことを聞け!ってやつかな?
取り敢えず、ステップ1、御者の席にいるであろう悪い人を捕まえましょう。
全身結界遮音付き、拘束バージョン!はい、終了。ちなみに男女の二人組。
馬も止まって欲しいけど、やり方が分からないな。暴走しないなら放置で。
ステップ2、無事の連絡を入れましょう。
通信鏡でワーニーに連絡をとる。
「今どこだ!」どうやら行方不明の連絡はワーニーにも届いているようだ。
もう、薄暗いもんね。
「う~ん、どこかは分からない。森の中かな?馬車で走れるくらいだから、一応街道なのかな?今、目が覚めて、悪い人を二人拘束したところなんだ。どうすればいい?」
「ワープマットを回収してきている。共有神ポケで取り出して、人目のないところへ敷いてくれ」
「オッケー。できたよ」
マットから、リチャードが現れて、俺を見つけると飛びついてきた。
「ウェル様!!!ご無事で何よりです。私は、私は、なんとお詫びしてよいのか、今日をもちまして、」
と話しているのをぶった切って、
ステップ4、責任を感じて辞めようとする専属執事を引き留めましょう。
「辞めちゃダメだよ。眠らされるのとかも防がなきゃいけないんだねって勉強になった。次からの対処を考えよう。一度失敗して辞めていったら、経験を蓄積したした優秀な人が誰もいなくなっちゃうよ」
「その通りですよ」と苦笑しているガイル。
ステップ3、家族との感動の再会をしましょう。ガイルも抱きしめてくれる。
あれ、リチャードのせいで、ステップ3と4の順番が逆になったよ。俺も苦笑。
「まずは御者席の二人と話をするか」とワーニーは言いながら、二人を中に移動させる。マットを片付けて結界を解く。
急に体が固まって、音のない世界を体験することになった悪い人達は、恐慌をきたしていた。
やりすぎだと怒られながら、落ち着くのを待つ。
話しはごく簡単。宰相の息子を誘拐してきたら大金を貰える。方法も全て相手が教えてくれて、手配もしてくれた。ただこれだけ。相手とはこの後、林の外れで待ち合わせてあるんだと。
サッサと行って、全員捕まえていたら、上空から凄いスピードの物体が飛んできた。ミサイル!?
と思ったら、ヤーニーだった。どうしたの??
「ウェル!どうして?ウェルがこんな離れた所にいるからビックリして来たんだよ。僕に内緒でどこにも行かないで!」と激オコです。
いやね。ちょっと誘拐されちゃって仕方なかったんだよ。とか言ったら大惨事になる予感がする。う~~ん。
「後で説明するね」
「お前はこれだけ離れていても俯瞰が使えるのか!?」孤児院で既に俯瞰は諦めたらしいワーニーは驚いていた。
「遠くはウェルだけしか見えないけど、見えた」と説明している。ヤーニーは通常運転だな。
犯人はワーニーが連れてきた騎士団によって護送された。俺としては、後日、取り調べの結果を待つだけだ。皆を心配させちゃったようだし、早く帰ろう。
母様は、大号泣しながら抱きしめてくれた。
なんだか、俺、全く怖い思いをしていないから、申し訳なくなっちゃうよぉ。
泣かないで母様。母様のほうが怖い思いをしたね。ヨシヨシ。
その後は、アンジェラ、マーガレット、カルマ、シャルとリタまで集まってきて、俺の髪をどうするか議論が始まった。鏡を見ると、左の前と横の部分がパッツンとやられていた。前衛的なスタイルだ。
ジョージは小さい麻の袋を持ってきた。なんだ?と思って中を見ると手紙が入っていて、
『お前の息子は預かった。返して欲しければ、魔法の源を王宮から盗み出してこい。期限は明日。受け渡し方法は追って連絡する』
「これって、脅迫状だ。麻袋に?」
「恐らく、ウェル様の髪を一緒に入れたのでしょう。しかし、髪は自動で転送されますので。お使いを頼まれたという少年がこれを持って現れた時には、既に手紙だけでした」
「なるほど、結構考え抜かれているよね。俺が孤児院に行くのを今か今かと待っていたみたいだ。それにしても、魔法の源か。どこの国かな。なかなかいい線いってるな。許さないけど」母様を泣かした罪は重いよ。
朝から、散髪。ショートカットにすることで落ち着いた。なぜか可愛い感じの女の子っぽいショートカット。ま、どうせ伸びたらくくるんだし、なんでもいいけど。
ヤーニーは可愛いねって言って大絶賛してくれた。
いつもと逆だな。いつもは俺が可愛い可愛いって言うからね。
そして、翌日にはバイナン騎士団団長がオラスル魔道開発局局長と共に報告にきた。ワーニーとガイル、母様それに上級使用人も揃っている。
今回の件、ポイントは石と俺。黒幕は隣の隣の国、メシーカ国。ヤマト王国だけが魔法を使える原因は、王宮にある魔法の源という石だと推測。それを盗み、その鍵となる俺を攫う、というのが今回のメシーカの目的。
建国の時からある、俺の血の結晶は有名だ。それと、魔法が使える範囲が王都を中心に広がっていることから考えて、魔法の源の石という噂が出来たのだろうが、偶然にも真実に近い。
この前の爆発騒ぎの時に、俺が王宮に居たのを多くの人間が見ていて、それがどう伝わったのか、石の制御には俺が必要という話になったようだ。
これも偶然だがいい線をいっている。
脅迫状には息子を返して欲しければって文言があったけど、制御に必要と思っていたなら、返す気はさらさらなかったんだな。
孤児院だが、親が支援している所には、必ず子どもも顔を出すので、それをじっくり待っていたようだ。練習として定期的に様々な接触方法を試みていて、一月ほど前には、同じことをやってみていたようだ。流石、国レベルだとやることが壮大だ。
孤児院の人々は、あら、寝ちゃったわ。くらいで終わった出来事で、気にしていなかったらしい。
俺を運んだ少年は、前回、助かったわと褒めてもらってお駄賃を弾んでもらったから、またいい話が来た!今回もと喜んで引き受けたようだ。
孤児院の詳細な情報はレベル4君が漏らしたようだ。
マイナやベスター、ブラス家の事だけじゃなく、自分を抜擢しない院長への不満や、不採用にした家への不平を所かまわずぶちまけて、悪い人に目を付けられたようだ。犯人と面通しさせたら、優秀な自分がどれだけ愚図な周りに悩まされているかを親身に聞いてくれる年上の友人だと言ったそうだ。
「国家間の事ですので、処分はまだ決定しておりませんが、経過報告は以上です」とバイナン団長は締めくくった。
そして、続けてオラスル局長が、
「今後はこうした事が増えると予想されます。眠る、毒などの状態異常を起こすものは、悪意のない者に薬だといって持たされてしまえば結界では防げないことが露呈しました。国防にも関係することですが、特にブラス家は狙われる可能性が高いです。解決策が見つかるまで気を引き締めていただくしかありません」
「全力でお守りいたします」とジョージ。
早々に良い方法を考えないと、家の中が重苦しいぞ。頑張ろう!
そして、犯罪に関わったヤツら!俺の怒りを思い知るがいい。俺じゃない、普通の子だったら、どれほど怖い思いをしたことか!