49.俺、野生児との遭遇
学校見学当日、玄関に行くと待っていたのはヤーニーだった。このパターン、まさに親子だな。ついこの間、ワーニーが同じことをやっている。
「ヤーニー、家庭教師はどうしたの?」
「社会見学にしてもらった、帰ったらレポートを書く!」
なんと、なんと、どこでそんな知恵を!?
「母様が教えてくれた!」サテラ様というブレインがいたか。
「俺は学校見学、ヤーニーは社会見学、エマは世界見学。見学のオンパレードだな」苦笑いしかでない。
「王子が来たとなると、子どもが大人しくなって本来の目的が果たせないのでは?」とフランツが心配している。
「それもそうか、変装する?ウィッグとかあるのかな?」
「この際じゃ、みなで不可視の結界に入るかのぉ」
「ウーちゃんの透明人間になるやつだね!みんなで入れるの?」
「問題ない。遮音もつければ、中から外を見ながら話し合いもできるぞ」
俺たちは職員用の入り口から、教頭に案内されて、こっそり校長室へ。
中には校長だけでなく、内務大臣と副大臣も待ち構えていた。
初めましての四人から、お馴染みになりつつある長い挨拶をうけた。
「あまり堅苦しゅうせずともよい」とウーちゃんはサラリとながし、
俺はいつもの苦笑い。エマのことは知らないのかな?スルーされている。
面倒なことは先に終わらせておこう。
「こちらはエマ様です。ウーちゃん様の妹の女神です。今はこの世界の見学中です」と紹介。
「「め、め、女神様!!!」」驚いている。
ウーちゃんに会う心構えはできていたんだろうな。でも予想外の女神様となると大きな声も出てしまうってもんだ。慌てて口を押えている。
「あと、こちらはヤーニー王子殿下です。飛び入りで申し訳ないのですが、どうしても見学したいというので、お連れしました」
「「よろしくお願いします!」」エマとヤーニーがニコッと微笑みながら言った。無双だな。
まだ何もしていないのに魂が抜けそうな大人たちを尻目に、俺は話を進めていった。
一時間目だけ、大掛かりな見学ツアーをする。帰ったと見せかけて二時間目は不可視結界遮音付きを廊下側の壁に接続して見学。というプランを説明すると、コクコクと頷いてくれた。
それでは行ってみよう。まずは大臣と王子の視察だ。どれくらい大人しくできるもんかな?クックック。特大のいたずらをするみたいに、悪い笑みがこぼれる。
至ってお利口さんな授業風景を見学して、退室。休み時間が終わるのを見計らって廊下に戻った。不可視結界遮音付き、サービスで椅子も作ってもらった。皆、度肝を抜かれている。説明を聞くのと実際とはインパクトが違うもんな。
「話をしても大丈夫ですよ」と言っている俺の声もついつい小声だ。すぐ目の前に教室が広がっているから。
「みなさ~ん、席に着きなさい!」先生が無視されている。
「一時間目、頑張ってくれたでしょ。この授業も頑張りましょう。席に着いて!!」女生徒は後ろの席のボスキャラ?周辺に集まっていて一切聞いていない。
男子生徒は丸い石みたいな物を積み上げたり、投げたりして遊んでいる。
「校長先生、担任の先生には二時間目の事を話しているの?」
「いいえ。なにも話しておりません」
「そうか、じゃ、いつもこんな風に頑張っているんだね」可哀相になってくる。これは世にいう学級崩壊だ。
「こうやって全く人目がないとなると、ここまで酷いのですね・・・」
「そうですね。応援の教員を寄こしてくれというのが分かります」
「これが、貴族の子息令嬢だとは・・・」
大人たちはズドーンと暗いオーラを放ち始めた。
モブ「さっきの王子様、ちょーかわいくなかった?」
モブ「まじな、2歳差だし、いけんじゃね~」
ボス「個室に誘って、襲われました~。とか言ったら仮婚約楽勝だって姉様言ってたし」
モブ「試す?試しちゃう?」
モブ「お茶会断られまくってるけどな~」
モブ「ウケる」
モブ「肉屋の息子はどうよ?」
ボス「肉屋!ウケる。でも金はあんじゃね」
モブ「だな。こっちのほうが、楽じゃね。王族とかって賢い侍女とかに冷たい目で見られそうで、鬱じゃね」
ボス「クビにしちゃえば問題なくね。こちとら将来の王妃様だし」
怖い、女性不審になりそうだ。ヤーニーが手を握ってくる。ぎゅっと握り返した。二人で強く生きよう。
大人たちは、死にそうな顔色になっていた。
「ブラス家に報告を上げねばなりませんね。教頭先生、生徒のリストはいただけますか?」とリチャードは凍りそうな声を出している。フランツも、自分もいただいて帰りたいと手をあげている。
隣のクラスにも移動したが、似たようなものだった。だが、こちらは、うるさいが席には着いている。
先生の迫力の差かな?それとも、ボスキャラの差かな?
校長室に戻ってミーティング。俺は事実をサクッと指摘した、
「これは、学校入学前に準備が出来ているいないではなく、学級崩壊というものだと思います」
「学級崩壊・・・対処法は・・・」教頭が不吉な単語に怯えている。
「ウーちゃんのいる今しか出来ないことを、試しにやってみましょう。1組のボスキャラ、ハインツ伯爵令嬢でしたか?を呼びだして、個室で、なぜ教師の話を聞かないのかとか適当な質問で構わないのでとにかく隔離します。その上で教室にもう一人教師を追加します。あまり圧のない教師がいいかな?これでどんな作用があるか見てみましょう」
三時間目、廊下に移動。
二時間目とは明らかに違う。ボスキャラが問答無用で連れていかれたことに不安が隠せないようだ。それに一人追加された教員が何の為に投入されたのか様子をうかがっている。
授業はスムーズに進んでいる。追加教員は指示した通り、特には何もしていない。
「あの娘がおらぬだけで、こうも違うものかのぉ」
「今だけかもしれないけどね。このまま収まるか、新たなボスをつくってでも元の雰囲気に戻ろうとするかは未知数かなぁ」
「専門家のようなことを言いよるのぉ」
「昔、転校して馴染めなかったときに、ボスキャラの子が怪我をしてな。しばらく学校に来なかったんだ。他のクラスメイトはびっくりするほど普通に話しかけてくれたもんだよ」
「今回は王子様が来て、仲間内とはいえ暴言をはいた後の呼び出しでしょう。どこかで聞かれててボスキャラはお仕置きをされているって想像しているんじゃないかしら?」とエマがヤーニーに話している。
「伯爵令嬢はどのくらい隔離しておくべきでしょうか?」と教頭。
「俺の前世では許されなかったけど、この世界なら領地で勉強しなおして来いって放り出してもよさそうだけどなぁ。ヤーニーをはめようとするなんて許せない!」
「姉が仮婚約楽勝と言ったという所を調査すれば、お相手の家も怒り狂うでしょうから、サラッと排除できるのでは?」とリチャード。
「貴族の戦い方ですな」と内務大臣は乗り気だ。
そして、事が大きくなりそうなので準備学校の話は一時棚上げになった。
数週間後、ハインツ伯爵は準男爵に降格、領地没収が発表された。
ボスキャラの姉は侯爵家の嫡男を、領地で栽培していた眠り草で朦朧とさせて、襲われた~と叫んだらしい。
この世界は、準男爵と騎士爵は一代限りなので、子どもは平民になる。一族まるっと、ロクデナシだったようだから仕方ない。
あっという間に、噂は尾ひれはひれがつき、貴族たちは震えあがった。
子どもの教育を間違えると己の爵位も危うくなるぞ。と。