41.俺、大女優の誕生の瞬間を目撃したかもしれません
お茶会当日。朝からガイルに呼び出しを受ける。俺に直接通信してくればいいのに、わざわざガイル付執事のテオドール、俺付執事のリチャード、俺、と通信を梯子して連絡がきた。
リチャードが、「お仕えする主人の動向に関することは、急ぎでもプライベートでもない時は、職務を飛び越えて連絡をとらないこと」に夜の緊急会議で決まったと教えてくれた。ワーニーのように『単独プレイで好き勝手やる主人、それに振り回されるガイル』を支えているウチのスタッフ。報連相の大切さが身に染みている。
優秀な人が少数精鋭で集まると、アイデアあり、スピードあり、リカバリーありの、働きやすい職場ができるんだな。拘束時間がちょっとブラックだけど、働き方改革必要か!?
でも、研究所の二人が、開発局からの応援が来るよりウチのスタッフのお手伝いがいいと訴えた時のように、余計なお世話になっても困るから口を挟むのは止めておこう。ジョージに、お休みは皆ちゃんと取ってねって言うだけにしておく。
「ウェルに最後の確認です。午後からお茶会が始まります。現在王国では公爵位を作っておりませんので、侯爵家が最高位貴族となります。リストを覚えてもらったようにかなりの数の人間がブラス侯爵家と縁を持ちたがっていて、そしてこの時期から仮婚約をする者がポツポツとでてきます。子どもたちの中でもそれは意識されるでしょう。ウェルは全部断るということでいいんですね?」
「もちろん。俺、中身35歳くらいだよ。5歳の子を意識するとかないから。将来的には分からないけど、その時になって、いい人が皆、婚約済みってなってても仕方ないって思ってる。跡継ぎの問題とかあったら、シャルと相談することになるかな」
「シャルにはまだ早い!」
「それは分かってるよ。将来の話」
こいつは面倒くさい男親になりそうか?
「エマ様の件ですが、恐らく周りはウェルの仮婚約者かと聞いてくると思ますが、そこはどうしますか?」
「弾除けにはちょうどいいけど、面倒事にもなりそうだしなぁ」
ということで相談してみよう。ウーちゃんとエマに来てもらう。
「どう?こんな事情だから、『仮婚約者なのですか?』って聞かれることが多くなると思うんだけど?」
「どうもこうも、ここは侯爵家じゃろうに。マナーも知らぬ者が親戚というだけでも違和感じゃて、仮とは言え婚約者役は無理じゃろうのぉ」
「マナーくらいできます。この国は初めてですが、なんとかできます」とエマは意欲的だ。
「では、田舎で虐げられて育った伯爵令嬢ということでどうでしょう?マナーがなっていない言い訳にもなります。我が家に引き取って面倒を見ていて、もし互いに気が合えば仮婚約してもいいと思っている。程度のふんわり感で当面は乗り切るというのは?」とガイルが提案する。
「女神様に、不遇の伯爵令嬢を演じさせるのはちょっと」とジョージは止めに入ったが、
「伯爵って、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵の真ん中へんね。大丈夫。出来るわ!」ヤル気だ。
「それでは一度やってみましょう。エマ様は、エマ・ブライト伯爵令嬢を名乗ってください。我が家が持っている西の端の領地です。虐げられて育って、ブラス家に助け出された。領地等細かいことは、そんな少女が知らないのは当然ですから問題ないでしょう。では、皆は意地悪な質問をする令嬢役で。始め!」
「エマ様とおっしゃったわね。どちらの田舎からいらしたのかしら、聞き覚えがございませんわ。おほほほほ」
・・・リチャード、お前、そんなキャラもこなせるんだな・・・
「ブライトです。西の端の田舎です」
俯きながら、話す、なかなかの女優だ。
「ウェル様の仮婚約者にでもなったつもりかしら、図々しいですわ」
「そんなお話は出ておりませんが、もしそうなったら嬉しいです」
俯きからの、ちょっと顔上げ、儚い笑み。完璧だ。主演女優賞だ!
「くっくっくっくっ」ウーちゃんが爆笑をこらえながら言った、
「エマ、お主のそれは才能じゃて、自信をもってやるとよかろう」
凄く面白いよね。これはお茶会に楽しみが出来たかも。
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昼過ぎ、招待客より早くヤーニーがやってきた。
事情を話すと、ちょっと憮然とした表情をしていたが、
「エマの演技を笑わないようにするの大変だよ。二人で頑張ってこらえようね!」と二人のミッションだと押すことで、ご機嫌を回復してもらった。
結果お茶会は大成功だった。令嬢たちの牽制を大いにしてくれて、これでしばらくは俺の周りは静かだろう。ヤーニーも便乗して、エマ嬢のような儚い系の女性が素敵だと言いまくり、肉食系女子を蹴散らしていた。
ウェイターやウェイトレスをしてくれた使用人も、笑わないために必死で歯を食いしばっていた。お疲れ様でした。
「『私もこれからは、高位貴族らしく嫌みのひとつも言えるように皆様方を見習って励むようにいたしますわ』が私のイチオシでした」とリチャード。
「私は、『おほほほほって高飛車に笑うの難しいですわね。コツとかおありになるの?』が良かったと思います」とリタが話している。これは、今日のバックヤードは盛り上がりそうだ。俺も紛れ込みたいぐらい。
美味しい賄いを追加オーダーして労おう。