35.俺、凄い角度からも飛んでくる悪意があると知りました
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ワーニーは激怒していた。
自分の、特に家族と、ガイルの周りには優秀で頼もしい人材を集めていたはずだったからだ。
マナーは確かに、微妙だ。その国の文化を凝縮したものでもある。新しい王国を作り上げたとはいっても、文化的価値観などは、帝国を踏襲している。
そうなると、多少の旧態依然とした人材でも、背景と人柄に問題なければよいと採用を決めたはずだった。
夫のルグラン子爵は、経緯を説明すると青くなって震えていた。だが、
「サーシャは、妻は、決して、そのような事をするとは思えません」と言った。
「実際に王子は、暴虐な皇帝ならこうするだろうという見本のようなマナーを教わっていたが、気のせいだとでも?
しかも、上手に出来るようになるまでは人前でマナーを学ぶのは恥ずかしいでしょうから、二人きりにしてくれ、と言ったそうだが?」
「い、いえ、それは・・・でも、まさか、お人好しと言われることはあっても、そのようなことをするとは・・・とても思えず・・・」
ルグラン子爵は密かに監視を付けて帰らせた。
次は本人だ。何も知らせないまま呼び出した。サーシャ・ルグラン。手元の資料では、夫の言う通り人柄が評判で、パーティー好きの中年女性だ。
「参上いたしました」
「今回呼び出したのは、なぜ貴女が王子に非常識なマナーを教えたのか聞きたかったからだ」
「非常識?一般的な貴族のものより多少厳しくいたしましたが、それが非常識だということでしょうか?」
「人を見下して、傲慢に振る舞うようにとの指導が常識的だとでも?」
「そのようなことをお教えするはずがございません」
「では、ここに王子がいるとして、人に挨拶をするための動作を教えてくれ」
「至高なる振る舞いをお教えいたします。顎を上げて、虫を見る目つきで、私の前を塞ぐつもりか、とおっしゃってください」
「城のスタッフを遠ざけたのは何故だ?」
「完璧にできるようになる前の練習を、人目にさらす必要はございません」
「以前からそのような考えか?」
「左様でございます」
「なるほど。ガイル、子爵夫人は西棟3階にお泊りいただけ」
「準備ができましたら、お呼びしますので、こちらでこのままお待ちください」と、ガイル。二人は、一方的に言って退室した。
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俺とウーちゃんは、急遽ワーニーの執務室に連れてこられた、家庭教師の件かな?ガイルもいる。
「結界を見直さなければならない。現状の王宮の結界は、なんぴとも入れない。そして出入口である門は、人であっても、悪意のあるものは入れない。門番により記録もつけられ、不審者を入れない様にもしている」
厳重にもなるよね。革命がおきてまだ15年。平和ボケするにはまだ早い。
「家庭教師が入れてるってことは、悪意はなかったてことなんだよね」
「本人曰く、至高なるものの振る舞いらしい」
まじか!?虫を見る目が!?
「だが、おそらく洗脳だ」
「洗脳!ヤーニーが!?」
「いや、子爵夫人が洗脳されているのだろう。しかも俺に魔力の痕跡が見えないから、魔法だろう」
「魔法か。ウーちゃん様、魔法も見えるようになりませんか?個別の色があって、犯人が特定できるとなおよしですが」とガイル。
「ガイル、サクッと片付けたい欲望が溢れすぎだよ」
「魔法が、見られるようになるということは、大気中の魔力が見えるようになるということじゃで、大気中の魔力が黒なら、ずっと夜のように見え、白なら濃霧の中のように感じそうじゃのぉ」
現実的じゃないな。
「そこで結界の見直しだ。洗脳されている者が、通れないようにすればいい」
「なるほど。では今回の件が大掛かりなものだとすると、門を通れない人で大混雑になるわけですね。頭が痛い」とガイル。
「でも、その人達を集めて誰と接触したかを調査すれば黒幕に行きつくんじゃない?」と俺。
「そのように目立ってしまっては、警戒されるか逃げられるのでは?」
「門でやらず、中に入れてから密かにやればよかろう。本人は悪意にまみれておって王宮には入れんじゃろうて」
「それいいね!」賛成。でも待って、まず、本当に洗脳されているか確認しないと。
子爵夫人の部屋のドアに結界を張る。精神に干渉されている場合は通れないようにした。
「子爵夫人、ちょっと外へ出てくれませんか?」とドア越しに声をかける。
思った通り、出てこられなかった。
事情を説明すると、ワナワナと震え、崩れ落ちてしまった。
取り敢えず、医療チームと、聴取の為に宰相府から人員を派遣した。もちろん、皆に新しい結界をくぐってもらってからだ。
金属探知のチェックゲートみたいだ。ガイルは自分の部下は引っかからないで欲しいと切実だ。
確かに、仕事がますます増えるもんね。
ヤーニーを呼んできて、俺たちも念のためゲートをくぐった。
無事にくぐれてほっとする。ヤーニーは何やら楽しいと思ったのか、何度も通っている。よかった。
「ウーちゃんも通ってみて~!」と無邪気に誘っている。
ウーちゃんが引っかかったらシャレにならないけどね。とはいえ、皆、ガン見している。無事通過。ホッ。
「ワシは神ぞ!心外じゃ」と訴えるが、黒髪の美女が黒幕なら分からんよね。
結局、黒幕の捕縛が完了した、と俺に再び召集がかかるまで二週間かかった。
洗脳被害者の捜索はゲートがあるので簡単だったが、聴取が難航したらしい。
被害者は8人。いずれもとあるサロンに出入りしている人間だった。
黒幕は、なんとサテラ様と母様の親戚の女性。元ハジド男爵、現ハーシュ男爵の令嬢だった。皇帝に、離宮で軟禁されていた治癒術師を多く輩出する一族だ。当然母様達は一緒に育った仲だろう。
「妊娠中の妻に聞かせたくない話だ」とワーニーも暗い顔をしている。
「フロウル・ハーシュ男爵令嬢。建国当時10歳。シーナとは4歳違いだ。年齢も上で魔力もあるサテラ様はともかく、シーナも自分も同じ魔力なしなのに、片や未来の侯爵・宰相夫人として王都に残る。片や男爵令嬢で田舎の領地に押し込められる。納得がいかなかったようだ」とガイル。
「その逆恨み?」こわっ!
「家庭教師を洗脳して、すぐにばれそうなヘンテコなマナーを教えるって。労力使ってやることがそれって、超怖いね。いっちゃってる怖さだね」