3.俺、献血したことないです
俺は献血のバスにはあまり近づかないようにしてきた。バス周辺で「400ml献血にご協力くださーい」と呼びかける人と目を合わせないようにさえしてきた。
なぜなら注射が極度に苦手だから。子どもの頃の予防接種なんて動悸に冷や汗に眩暈と散々だった記憶がある。もしかしたら先端恐怖症なのかもしれない。
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そんな俺に「血をよこせ」とのたまった少年。
えぇ~と、どこかの綺麗なおねえさんと仲良くなって血族をのこせとかじゃなくて、赤い血のことかな少年。
もしかして施設の整った日本の献血でも無理な俺に、この世界の訳の分からない器具で血を抜かれるとかかな少年。
あ、この世界だし、魔法で知らない間に『ホワ~』とか『シュン』って血が移動する感じかな少年。
それなら協力できそうかな。あ、ナイフ取り出した。
まさかの切りつける系。バイオレンス反対。
と、のんきに考えていてはいけない。
「ちょっとまてって」お互い落ち着こう。
「ナイフ仕舞えよ」危ないし怖いからね。
真面目に話そう
「俺の血があれば強くなれるっていうけど、どれくらい必要なの?」
「多ければ多いほどいいはずだ」
「・・・」
この世界に失血死の基準があるのだろうか。そもそもナイフで切りつけようとしてるのに死なない程度の程よいところで止めるとかできるのか。
多いほどいいってことは、理科室で血液型検査するプチっとな量とは程遠いってことだな。
「400mlって分かる?コップ2杯分くらい。その量なら死なないと思うんだけど。あ、一気にじゃなくて、ゆっくりの2杯な。そんな風に調節できたりする?そもそも天才魔術師なんだろう?痛くない方法考えろよ」
「そうだな、しばらく時間をくれ」といって森の奥に歩いて行った。
ありがとう。めちゃくちゃしっかり考えて。
「ガイルくん、ワーニーは本気で一人で全部する気なのか?危なくないの?一匹狼にもほどがあるんじゃないの?」
ちゃかして天才なんて言ってはみても実情がわからない俺には何も判断できない。
「ヤマトさんには危うく見えるかもしれませんが、現実的に考えると成功の確率が一番高いのが一人で行う『覇王作戦』かと思います」
きっぱりと言い切ったガイルには覚悟がすでにきまっているようだ。作戦名まであった。
「15歳ってまだ初陣を飾ってない年なんです。そんなワーニーについていくと決めた大人は、ほとんどがその後の帝位を狙っています。前にも聞いたかと思いますが、それは派閥となって味方の足さえ引っ張ります。どうせ危険に飛び込むなら覇を唱えて前に突っ込んで行くほうが、後ろを気にしてジリジリ進むよりワーニーには似合っていると思いませんか?」
ニコリと笑ったガイルは
「もちろん低魔力の僕は魔術戦では役に立てることが皆無ですから、後方で今まで募った味方をかく乱するとか、そういう地味な仕事を一手に預かる所存です」と付け加えた。
どちらも危険極まりない。それでもやると決めた二人を応援したくなるな。
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ブルーのストライプのシャツ。おしゃれなうどん屋の制服だ。頑丈ですぐ乾く優れもの。
いつ元の世界に戻れるチャンスがあるか分からないので毎日これを着てる。浄化魔術をかけて貰ってるから綺麗なはずだ。
数日前、街にガイルと買い出しに行った時にはこの上に認識阻害をかけたローブをかぶって行った。ローブって、コスプレかよと思ったが鏡がないので似合うかどうかは分からない。
とりあえずゲームの主人公ぽくなってるはずで、俺のテンションは上がった。
街はどんよりしてたけどな。粛清に次ぐ粛清じゃあたりまえだ、街中の血まみれの処刑場なんて吐き気しか催さない。
ワーニーは色々と痛くない採血の実験をしてくれているようだが、あまり時間はかけられなさそうだ。なぜなら俺が、少しずつ透けてきてる気がするからだ。
「俺、死んじゃうの?このまま透けていって?」気づいたときは茫然だ。
「お前の背後に魔力の流れがブツリと途切れて見える場所がある。そこが異世界との入口になっていて異世界に引っ張られているのだろう」とワーニー。
「じゃ、このままほっといたら元の世界に帰れるってこと?」
「8割方そうだろう」
2割が不穏だ。
だが現状で教会に突入するのが絶望的なら、透明になって強制的に元の世界に戻される方がいいだろう。透けていくってかなり怖いけど、こうなってしまってはワーニーが王様になるのも待ってはいられないしな。
というわけで大慌てで採血だ。いつ消えちゃうかわかんないんだ。二人の為にも四の五の言ってはいられない。
異世界知識を披露しよう。注射針、つまり細い筒状の針の形状を説明して魔術で金属を加工してもらう。あぁ、尖がってる。もうすでに貧血でも起こして倒れそうだ。
披露しよう!とか偉そうに言ったけど素人はここまで、しかもなんとなくしか分からない。スマン。針を刺す方法とかコツとかさっぱりだ。動脈とか静脈もどれかわからないし、そもそも圧力なくても出てくるもんなの?
はぁ。ぶっつけ本番はさすがに勘弁してもらいたい。夕飯の予定のお肉で練習してください。お願いします。
針を新しくして、浄化の魔術をかけていざ本番。
針が腕に触れた瞬間気絶した俺、グッジョブ。気が付いたらガイルが心配そうにのぞきこんでいて目が合うと嬉しそうに笑ってくれた。
生還おめでとう。腕は無傷だ。治癒魔術万歳。そんなんあるなら先に教えておいて!
ワーニーは瓶の中の血液に何かを呟きながら魔力を送っているようだ。何をしているのか分からないが鬼気迫る様子に声はかけられない。
腕まくりしていたシャツをみると結構血がついていた。それを見るとなんだかふと冷静になった。
『俺の血はお前たちの助けとなるんだろうか。それとも死地に駆り立てて、いつか殺してしまうんだろうか』
俺の血があるから一人の作戦を決行できるんだといったワーニーに不安しか感じない。
でも、どうやら俺はタイムアップのようだ。
俺の体はかなり透明になってきた。
ワーニー、ガイルくん。願わくは二人の少年に幸せな未来を。
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もちもちの可愛いおテテの今の俺には血のついた服とは無縁のキュートなベビー服が着せられている。
あの時の血は役に立ったのだろうか?早く聞いてみたい。
おしゃべりっていつできるようになるんだろう。
「きゃーぁあー」「うぅー」
まだ先のようだ。