16.俺、黒い靄と出会う
ヤーニーの中に、黒い靄が入りこんでしまった。意識がない。
どうするべきだ。この体ではおんぶも抱っこも出来ない。浮かせて運ぶことも瞬間移動もできない。助けを呼びに行くことも、ヤーニー一人ををここに置いて行くことも。なにも出来ない。
どうすればいい。俺はただの2歳児じゃない。冷静に考えろ、出来ることはなんだ?
「黒い靄さん、ヤーニーから出て行ってくれませんか?」ポンコツの脳みそが考えるよりも先に、口から言葉が出ていた。
沈黙。
「くっくっくっ」とヤーニーが笑う。
あぁ、ヤーニーの声だけど、ヤーニーじゃない。黒い靄に乗っ取られた!?
「ヤーニーを返して!お願いだから出て行って!」絶望に震える体で、震える声で、なんとか言葉を発する。
「まあ、落ち着くがよかろう。ワシはちいとばかし子孫の体を借りただけでのぅ。久方ぶりの肉体ぞ、少々時間をくれてもよかろうよ」
「?????子孫?ヤーニーのご先祖様の幽霊なの?」黒い靄は魂魄とか霊体とかいうやつか?初めて見るから分からないが。
「幽霊ではないのぉ。神じゃからな」
神様来たーーーーーーーーー!もうなんかアニメの世界だ。後はドラゴンか魔王がでたらコンプリートだな。と現実逃避。
「神様、この世界の?」
「そうじゃ」
「俺を異世界から呼び寄せたのも?」
「呼んだわけではないがの。お主の世界の神はべっぴんが多くてのぉ。異世界交流しませんか?と近づくんじゃ。絶好のチャンスなのじゃ。そこで100年に一度くらい人族を交換で送りあいましょう。と、ここまでくるともう、わかるじゃろう?」
「わかんねえよ!」
「定期的に会えば恋のチャンスというものじゃよ」
軽い。この世界の神様がカルーーーーイ。思わず普通に突っ込んだわ。
「それはもういいです。ヤーニーが子孫ということは、ヤーニーは神様ってことですか?」
「神の血が入っているというくらいかの。懐かしいのぉ。黒髪のたいそうな美人さんであってのぅ、思わず人に交じってプロポーズしておった。1000年ほど前のことよ」
あぁ。この神の血を引いているヤーニーの将来が心配になってきた。こんな女好きの軽い男に育ったらどうしよう。俺が張り付いて硬派な男に育ててやるからな。
「わかりました。次の質問です。先程『懐かしい気配と、復活を阻んだ気配』というような事を言ってましたよね。懐かしいがヤーニーなら、復活を阻んだのが俺ですか?」
「そう、それよ。お主の力がワシの祭壇を吹き飛ばしてしもうた」
「教会のことですか?」
「いや、その隣にあった豪華な城の中にあったやつじゃ。皇帝とやらが目についたところに居ったでな、動物でも魔獣でも構いやせんで、毎日一滴欠かさずに血を祭壇の石に注ぐようにと言いおいたのじゃ。肉体の復活に必要だったものでな。もちろん多少の褒美として魔力の底上げをしてやったぞ。そうして復活の時を眠って待っておったら突然吹き飛ばされたのじゃ」
なんてことだ。どこから話を切り込んでいいか分からん。
「神様は本来肉体があるんですね」
「むろん。人族と姿形は似ておるが朽ちはせぬ。今回は嫉妬に狂った恋敵に肉体を消滅させられてのぅ。ワシの根幹である額石をワシの世界に飛ばして、肉体を再建させねばならなくなったのじゃ」
今までのチャラさを考えるとおっさんの自業自得な気がする。あ、神様だったか。
「神様が依頼をした皇帝は残虐な皇帝だったようです。臣民は無残に殺されてそれこそおびただしい血が流れました。その血が祭壇にささげられたかどうかは分かりませんが、あなたが力を与えたからこそ、そのような非道が行われたのかもしれません」
意地が悪いかもしれないが、抑えきれない思いでそう言った。
神様は、神妙な顔をして、
「実際がそうであったなら、痛ましいことよと思う。その血が供えられたかもしれぬというなら、今、石に蓄えたすべての力を開放して天上浄化を施そう。どうじゃ?」
「ありがとうございます。今世の俺の祖父母の力もあるかもしれない。浄化されるといいなと思います」
「では、お主に改めて依頼じゃ。ワシの額石に毎日一滴血を注ぐのじゃ。代わりに魔力を底上げ・・・魔力なしであったのぉ。褒美はおいおい考えるとしよう。一滴だ、ドバドバとはいらんぞ、だが毎日必要じゃ。分かったかのぉ」
「了解です。それで石はどこです?」ヤーニーの額に石が出てきている訳ではない。
「それがじゃのう、吹き飛ばされたときに、いったんここに身を隠して、額石はその先の奥に隠したんじゃが、結界が張られてのぅ、ワシは閉じ込められたんじゃ」
なんと。ワーニー!神様閉じ込めちゃってるよ。
「あ~、なるほど。俺、取ってきます」
結界に阻まれない俺は、走って奥まで行ってみる。光の道を外れると真っ暗だ。無理。引き返す。
「すみません。俺、明かりもないし、無理でした」サーセン。
「石を光らせよう。それなら一石二鳥であろう」奥が光りはじめた。すごい。行ってきます。
「すみません。俺、崖の上、登れないんで、無理でした」サーセン。
「飛べんのかの?」
「神様が入っている体、ヤーニーは飛べます」
「ふむ。それなら出よう」
ヤーニーがフラッと倒れそうになる。なんとか支えて話しかける。
「ヤーニー、大丈夫?しっかりして!返事して!ヤーニー!」
薄っすらと目を開ける。そして俺を認識すると、
「うぇう?うぇぇぇぇん。一緒いるぅぅぅぅ」
あ、そうか。そのくだりね。忘れてた。
「一緒にいるよ。大丈夫。泣かないで。ヤーニーにしか出来ないお願いごとがあるんだけど聞いてくれる?」
「飛べるときいておる、頼むぞぉ」不気味な声が響く。
「黒い靄の状態で喋んないで欲しいな。響いて怖いから」とクレームを言うと、
「む~。それなら、その珍妙な獣形をよこせ」???ヤーニーのポシェットに入っているウサギさんのこと?
「これはウサギさん。ヤーニーの宝物だからダメだよ」
「一時のことだ、よかろう」と勝手にウサギさんに黒い靄もとい神様が入っていく。
「どうだ、響くか?」あ!!!声が、違う!
不気味に響く靄の声、からの、ヤーニーの声の低めバージョン、の後の、男前の声。
「それがもしや神様の本当の声ですか?」と聞く。
「自分ではよく分からぬな。たぶんそうであろう。それにしてもこのウサギの中は思いのほか居心地がよいのぉ。ヤーニーの魔力が行き渡っておる」
「魔力の制御訓練で魔力を込めて操作していたらかな?」と俺。
ヤーニーは急にウサギさんが話しだしたので驚いて固まっている。
もうこの際、面倒な説明はやめよう。
「ヤーニー!ウサギさんはお話できるようになったよ!それでお願いがあるんだって!あの光っているところ分かる?あそこにウサギさんが光る石を忘れものしたんだ。取ってきてあげようよ!」勢いで押せ!
さぁ、行こう!
ヤーニーはウサギさんからのお願い事を、俺と一緒に叶えるという、ファンタジーなミッションに大喜びだ。
俺はもうクタクタだ。早く家に帰りたい。
崖の下まで行って、ヤーニーが浮かぶのを見守って、石を回収。
そこでやっとワーニーがやってきた。遅いよ。
「こら!ヤーニー!お前は」とお説教が続きそうだが、今日は勘弁してほしい。
「ワーニーごめん。色々ありすぎた。一切の説明は明日にさせてくれ」といって、ウサギさんに向かう。
「取り敢えず、石の波動みたいなのがとっても気持ち悪いです。天上浄化ってすぐできます?」
「よかろう」といって。
ピカーーーーーーーってなった。
俺以外は驚きに目をむいているが、明日説明するから。
また誘拐されると困るので、
「ヤーニー、今日はウサギさんと俺のところにお泊りする?」と聞く。
「するっ!」と良い子のお返事。
「ワーニー、ウサギさんの中身、結界に引っかからないようにして」驚いていたが何も聞かずにしてくれた。
「できたぞ」
「じゃ、俺の部屋に連れてって。すぐ寝るよ。もうほんと無理だから」