1.俺、元転移者だけど赤ん坊として転生したもよう
今日俺は生まれた、そしてたぶん前世の俺は30歳で死んだ。お約束のトラック事故か過労か、そこの記憶はあやふやだが死んだのは確かだろう。なんせ生まれなおしているんだから。
よくある転生もの、しかも生まれてすぐ自覚するオムツとオッパイ体験を自我をもったままやらなきゃいけない系だ。つらい。
そして更なるお約束はゲームや小説の世界だ!っと続くのだろうが、それはないと断言してもいいだろう。
なぜならここは前世の俺が20歳の時に転移してきた世界だからだ。俺の知る限りその時のその世界は小説やゲームで見知った世界ではなかった。
*******
「ガイル、男の子だったから名付けはあなたね。抱き上げて呼んであげてちょうだい」と微笑んだ母から、父であろう男に手渡される俺。そして見上げるとガイルがいた。髭のイケメンに成長しているが、あのガイルくんだ。間違いない。『わぁガイルくん10年ぶり』
幼馴染の破天荒魔術師に散々振り回されていた苦労の絶えなかった少年、の大人バージョンだ。
「ウェルリーダル、君の名前だよウェルリーダル」優しい声で名付けてくれた。
こんな幸せそうに我が子の名を呼ぶこの世界はあの頃とは違ってよい世界になっているのだろうか。
============
さかのぼること10年前、俺は20歳の大学生。情報学部でパソコンを適当にさわっていたら単位がもらえる緩めの学校で可もなく不可もない学生生活を送っていた。
バイトはうどん屋。ちょっと尖がった内装だが、いつもお出汁のいい香り。その日は店長の代わりに閉店処理をしていた。
突然立ち眩みがしたと思って目を閉じたら、次の瞬間には狭くて薄暗い部屋だった。
『おいおいちょっとまて』と思ったが声は出なかった。だが聞こえた
「おいおいおい、俺の結界に侵入だと!」慌てた声で話しかけてきたのは部屋にいた少年。
青い目、小麦色の肌、黒い髪は束ねていて、背はひょろりと高い。高校生くらいに見えるが西洋人的な顔立ちなのでよくわからない。強いて言えば某アニメの西の高校生探偵ぽい。
「君こそ誰。っていうかここどこ?」とたずねる。
「イカール帝国!お前は!この波動!転移者だ。このタイミングで俺の前に現れた異世界からの転移者!まったく信じてない神様も今から信じることにしよう。さあ、俺の役に立ってくれ!」と目を見開いて一息に話す少年。怪しすぎる。
よく見ると服装も中世ヨーロッパ?っていうかゼル〇の伝説のキャラクターっぽい。普通じゃないことに巻き込まれたのは確実だ。
「転移者ってアニメの転移?とりあえず元の世界に帰してくれる?」帰れないって言われないことを願いながら聞くと
「転移者の返還は教会へ行けばできると聞いているが、帰らないで俺の役に立ってくれ」
朗報です。元の世界にはすぐに帰れるようです。よかった。
でも少年が役に立てって無茶ぶりします。怖い。教会はどこだ。ひとりで逃げ切れるか。
「少年、悪いが俺は教会に行って元の世界に帰りたい」当然の要求をしてみた。
話の通じない系の少年は、部屋の壁をドンドンドンと叩いた。何事?怖い。
「ガイルすぐこい!」
隣から猛ダッシュで「今度は何をやらかしたんですか!?」と言いながら駆け付けたのはこれまた少年、二人とも同じくらいの背丈だが、こちらは童顔で金髪、可愛らしい見た目だ。
だが口から出る言葉は少し神経質で疲れがにじんでいる。
「異世界からの転移者が俺のところへ来た。俺の役に立つためにちがいないだろう。今から実験と計測だ。忙しくなるぞ」
当たり前のように語った黒髪の少年の言葉に、駆け付けた金髪の少年は目を見張らせてこちらを見る。
「転移者なんですか!?」普通の人の普通の反応だ。ウェルカム。
「たぶんね。ところで君たちは誰なの?まったく情報がなくって、そこの黒髪の子なんて実験動物扱いしてきて怖いんだけど!」と言うと、申し訳なさそうな顔をして金髪の少年が自己紹介を始めた。
「僕はガイル・ブライトン15歳、こっちの君を怖がらせてしまったのは幼馴染のワーニー・クリム。怖がらなくても大丈夫だよ」
15か思ったより若いな、そして話の出来る現地人ゲットできたなと思いつつこちらも自己紹介
「大和た・・」まで言ったところで、
「ヤマトだな!早速だが俺らにはもう後がない。帝国をぶっ潰さないといけない」
人の自己紹介を遮ってかなり物騒な話題をぶち込んでくる。この世界の15歳怖い。固まっている俺に
「ヤマトくんすみません。少し状況説明のお時間よろしいですか?」ガイルが丁寧に聞いてくれる。
俺といえば「くんづけでも構わないけど俺20歳なんで一応年上ね」とこんな非常時にわざわざしょうもない訂正をしていた。
二人は少し驚いたようだけどサクッと流された。
アジア人の見た目年齢に驚いたんだよね。『こいつ今ここでそれかよっ』て驚いたんじゃなくて。。。
ガイル曰く、このイカール帝国は頭の腐った皇帝が支配していて自分以外はゴミカス扱い。
ワーニーもガイルも家の身分は伯爵だが、ワーニーは唯一の身内だった父が城に呼ばれたきり消息不明。
ガイルの両親は真っ当な統治を説いたがために処刑されているんだと。
ヘビーだった。異世界にきて10分くらいで聞かされる話がこれ。俺の人生も詰んじゃう気がする。早く教会に行って送り返してほしい。
でもさらに追い打ちをかける案件がその教会。
百年に一度くらいのスパンで現れる転移者だが、それぞれ《何らかの強大な力》を持って転移してくるといわれているんだそうだ。いわゆる《転移チート》ってやつかな。利用価値満点だと思うが、この世界ではとっとと送り返される。
というのはその力を奪い取れないからだとか。力は自分が持つのでなければ不安だという代々の皇帝の考え方はよくわかる。他人なんて信じられないよなぁ。ましてや価値観の違うだろう異世界人。
《何らかの強大な力》って訳のわからないものじゃ、殺すのすらもリスキー。それならばサクッと送り返すだろうさ。
そして今の皇帝はどうだって話、
「残虐非道大いに結構、屈服させて完全に反抗の芽をつめば異世界人を使役できるかもしれない」とそろそろ現れてもいい時期だという転移者を積極的に探させて、また強制召喚できないかも教会で実験させているらしい。
詰んだねー。めちゃくちゃ詰んだ。人格最悪の皇帝と、頭のネジのぶっとんだ少年ワーニーの二択。
でも皇帝があまりにもない感じなのでワーニー一択か。ガイル込みだと安心感も少しはあるか。
*******
というわけで俺の異世界生活が幕を開けた。
魔力だせ、魔力を集めろ、魔力を練れ~から始まって、走れ、飛べ~、涙出せ、唾液出せ、ケガしたのか?血をここに擦り付けろ等々。
いろんなことをやらされてもうクタクタ。何かのどこかを少しずつ変えて何度も何度も。もう止めたい。
そもそもの話、魔力がよくわからない。『チッ』とか舌打ちされたらヤル気無くすよ。大人だけどスネるよ。
ワーニーは15歳ながら天才魔術師なんだそうだ。ワーニーの自己申告じゃなくてガイル情報。
そんなワーニーは皇帝を暗殺するべく仲間を募るため下町に潜んで活動中。その天才のカリスマをもってしても苦戦中。
成人は16歳だからほぼ成人だと勢いよく宣言してヤル気もあるようだが、いやいやまだまだ子どもだと思うよ。大人は何をやってるんだと息巻いたら
「《恐怖の粛清》が3年前にあって大人たちは皆委縮してしまった」とガイルは寂しそうにつぶやいた。
ガイルの両親もその時の犠牲者のようだ。悪いことを言ってしまった。
活気のない街の様子をぼんやり見ていると、一階裏口のあたりが急に騒がしくなってきた。
=======
そんな過去を思い出しながら0歳児の俺はゲップをして、ワーニーにも会いたいなぁとウトウトするのであったzzz