盗賊の恩返し
クックは悪名高き希代の大泥棒だ。盗み取った国中の金銀財宝を隠し持っている。
またいつも通り盗みを実行したが、ドジを踏んで深い傷を負ってしまう。
5分で読める児童小説です。
盗賊クックは深手を負っていた。太ももに刺さった矢は出血が止まらない。走って逃げるものだから血は勢いよく吹き出していた。
──なんてこった、俺としたことが。今回の仕事はついてねえ。
毒矢でなかったのがせめてもの救いだ。そう思い死に物狂いで城壁を乗り越え、足を引きずりながら近くの森へと逃げ込んだものの、捕り方は血眼になって後を追ってくる。
捕まれば命はない。クックは仕方なく背中のリュックを放り捨てた。城に忍び込んで盗んだ金塊は、いまや邪魔なお荷物となってしまい、とにかく逃げ延びることだけを考え諦めざるを得なかった。
クックは歯を食い縛り谷へと向かった。
川まで行けば激流に身を任せ流れ下ることができる。追手から逃れる方法はそれしかなかった。
くらくらめまいがしている。クックに残っているのは気力だけだった。一縷の望みをかけ、がむしゃらに足を運んでいる。だが、いくら渓谷を駆け下りても水の音が聴こえない。クックは谷底に立って愕然とした。そこは小川程度の水深しかなかった。クックの目論みをあざ笑うかのように川は干上がっていたのだ。
「──万事休すだ。悪名高き大泥棒、この俺の命運も、もはやこれまで……」
ついに失血にも耐えかね、クックはその場に倒れ意識を失ってしまった。
◇
目が覚めると、クックはベッドの上で寝ていた。そこは身に覚えのない部屋で、相変わらず足は痛むが、傷には丁寧に包帯が巻かれ手当てが施されている。
クックはうつろに宙を見つめた。徐々に生きている実感が湧いてきて柄にもなく神に感謝していた。
「神仏など信じたこともないこの俺が、死にかけてすっかり弱気になっちまったぜ」
といって自嘲気味に笑った。ベッドから起き上がろうとし、不意に部屋のドアが開いた。
「よかった。気がついたようね」
まだ十代とおぼしき若い娘が食事を持って入ってきた。
「たいしたものはないけど、食べて元気つけて頂戴」
差し出された食事は見たこともないような粗末な物で、腹は減っていたものの、あまり食指が動くことはなかった。
「ここはいったいどこだ?」
「安心して、ここは私と父さんの家。山あいの小さな村よ」
「キズの手当は君が?」
「うん。だけどひどい怪我、しばらく動いちゃダメよ」
年端もいかぬ娘のわりに、まるで母親のようなことを言うなと思い、クックはもう何年も無かった優しい言葉に人の温かみを感じていた。
「それにしてもよくもあれで助かったものね。父さんに担がれ家に入って来たときは顔色は真っ青だったしもう死んでるかと思ったんだから」
「そうか、すまない。君たちは俺の命の恩人だ。ありがとう、礼を言う」
「ううん、きっと神様のお陰よ。あなたの日頃の行いも良かったんだわ」
そう言われ盗賊のクックは苦笑するしかなかった。少女のけがれのない笑顔が眩しく感じた。
「私はアンナ」
「俺はクックだ」
クックの質問には答える一方、アンナがクックのことを尋ねることはなかった。彼の正体はわからないにしても、普通の旅人ではないことぐらいアンナも察していた風ではある。むやみに干渉しないのは、彼女なりの気配りなのだろう。
クックは固いパンのようなものを塩の味しかしないスープで流し込んだ。こんなもので精がつくとは思えないが、なにか腹に入れないと体力は衰えていくばかりである。こうして世話になってしまった以上、少しでも早く怪我を治すことに専念することにした。
食事をとりながら窓から外の様子をうかがった。周囲は山に囲まれ、いかにも寒村といった集落である。
「何人いるんだ? この村には」
「今は三十人といったところかしら」
そう言ったきり、突然アンナは塞ぎ込むように目をふせてしまった。
勘のいいクックは、あのカラカラに渇いてしまった川の惨状を思い返していた。きっとこの辺りはひどい干ばつで、ろくな作物も育たないのだろう。飢えに苦しみ、村人は数を減らしていったに違いない。この少女も若い身空で大変な苦労をしいられているはずだ。俺のような怪我人を面倒みる余裕などあるはずもないのに──。
クックは助けてもらった恩を、しっかり胸の奥に刻みつけていた。
「ありがとう。なかなか旨かった」
食べ終えたトレイを渡すと、アンナはぷっと小さく笑った。
「気を使う必要はないわ。だけど今晩の食事は期待して。父さんが村のみんなと狩りに出掛けてるの。きっとご馳走を持って帰ってくるわ」
何か必要なことがあったら声を掛けてね、アンナはそう言って部屋を出ていった。
ふとクックは考え込んだ。神は人を助けない。施しも与えない。人を助けるのは人だ。あの優しい少女のように……。
それから二ヶ月が経ち、クックのからだは杖なく歩けるまでに回復した。アンナの献身的な看護のたまものである。
クックは、アンナとその父親に十分な礼を言い、「最後に一つ。この村の地図を貰えないだろうか」そう頼み、明日にはここを発つことを伝えた。
アンナは「うん、いいわ」と快く応じ、その晩、筆をとり地図を描いてクックに渡した。
夜明けと共に、「必ず恩には報いる。待っていてくれ」クックはそう告げると、朝日がまぶしい光の中へと旅立っていった。
◇
クックが去りまもなく。村には、大挙して若い男たちがやってきた。数にしてゆうに二百人は越えている。
男たちはスコップやつるはしを持ち寄り、手当たり次第畑を耕し始めた。耕作地は至る所穴だらけとなった。中には数メートルも深く掘り進める者もいて、穴は水脈に達し大量の水が湧き出した。湧き水はひび割れた渇いた土地を隈無く潤していった。
荒れ果てた村は、突然やってきた男たちの手によって肥沃な大地へと生まれ変わった。
辺境のちっぽけな村に多くの人が手を差し伸べてくれている。嬉しいことにこれで豊作が見込める。村人たちは感激した。皆、声を揃え礼をいった。
ところが男達は不満を募らせ大声で怒鳴り始めた。
「ない! どこを掘ってもないじゃないか!」
「もう掘り返すところなんてないぞ」
「なんてこった、こいつは一杯喰わされた!」
「この地図は真っ赤なニセモノだ!」
そうして散々文句を言った挙げ句、頭にきて村を去って行った。アンナは男たちがゴミのように捨てていった紙を拾いあげた。見覚えのある地図を見て、はっとして心を打たれた。
「ありがとう、泥棒さん。恩は返してもらったわ」
地図には、こう書き添えてある。
〜大盗賊クックの財宝 この地に眠る〜
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