最大限の情報網を張り巡らし、待ち望む人を探し出す。
私は橘隼日。
橘派陰陽古神道の総宮を務めている。
そして、東京にある遼習院大学、高等部・中等部・小等部・幼稚舎の全ての理事長を務めている。表向きは普通の私学だが、公にはなっていない所では、旧家の子息・令嬢で神事を行うことになっている者を教育するために、この私学はもう千年以上前から場所を変え、形を変え、存在する。
この教育は日本だけではなく、各国でその国の文化、宗教、信心に則って、其々の必要な教育をそれぞれに相応しいとされた者にだけ与えている。そして、定期的な交流が行われている。
全ての国のこれら特別な人々には、信道という信条があった。
日本は古神道、イギリスは英国魔法道、ヨーロッパはEU魔法道、米国は米国魔法道、インドは戦士道、アフリカも戦士道を中心とした特別な信道を持っていた。
米国のあるその地区は、もとはインディアンが程んどを占めた古神道だったが、今の時代は米国魔法道となっている。
その多くは、その国を治める王族、旧家の者に厳選されている。しかしだからと言って、それは絶対ではない。家柄に関係なく、認められた者、印を持つ者には、この私学に通うことを義務付けられる。しかし、いまだかつてそのような例外が当てはまる者は現れていない。
今の時代は丁度、以前のあの方が没されて1000年の時期と重なる。これまでも1000年毎にこの世に現れていた。
大きな癒しと大きな印をこの世にもたらしてきた、其の人であろうと予想され、現在の時代でその方の候補となっているのは、全て女性だ。そしてその殆どが民間の一般人だった。しかし、全ての候補者に接してみたが、私が知っているあの方との共通点は見出せなかった。
私はふとこう思っている。「他にいる。他の誰かだと。」
私は黒崎を呼び、支持を出した。「最大限の情報網を張り巡らし、あのお方だと思われる者を探し出すように。」
黒崎は言う。「総宮、今の時代に生れてきたそのお方は、どのようなお姿でしょうね。私も、早くお目にかかりたいものです。また聞かせてください。最初の頃の、あのお方の事を。」
総宮は呆れて言う。「もう何度も話したじゃないか。」そう言うと、一番最初のあの方の姿を思い浮かべるように、総宮の視線が下を向いていく。
「声を、忘れることができないんだ。」
そう言うと立ち上がり、窓の方に歩いていくと、窓の外を見ながら静かに話し始める。
「あの優しい澄んだ声を。その声は何かの力があるようだった。そう、周波数のようなものだ。その声で話しかけられると、人間であれ、動物であれ、昆虫であれ、植物も空気も、風も雨も雲も、土さえも、全てが穏やかになる。そして、あのお方にもう一度、話しかけられたいと思うんだ。私はもうすぐ、またあのお方の声が聴ける。それだけで、この上ない幸せな気持ちになるよ。」
黒崎は困ったような、嬉しいような、まるで恋の悩み相談を聞かされているような気持になった。
総宮が、目の前でそのお方に会った時、一体どんな反応を見せるのか。私にも興味がある。
「総宮、最大限の情報網を張り巡らし、貴方の待ち望む人を探し出しましょう。必ず。」
そう言うと、総宮は真っすぐに私の方を向き、「楽しみにしているよ。」と言い、微かにほほ笑んだ。
ここ数年、いや、数十年、こんな表情を見た事は無かった。