先生の事故と誰かの叫び声
今日も皆で朝拝を済ませ、少ししたら食堂で朝食を食べる事になる。私は部屋でコーヒーを飲みながら、今日の予定を確認する。
利律子さんが遼習院中等部に入学して1か月が過ぎ、ゴールデンウィークになろうとしていた。毎日あのお方に似ている利律子さんを見かける事にもだいぶ慣れたようだ。
幼い時の向津姫は、こんな感じだったのだろうかと思わされることが多々あり、少しでも長く、この生活が続けばいいと思ってしまう。しかし、このまま穏やかに時が過ぎてくれることなど期待しないほうがいいだろう。
日本は四方八方を欧米諸国に監視されている。恐らく、下関での一連の出来事は、かれらに筒抜けだったのだろう。
天叢雲剣と神獣鏡が同じ場所にあると、大きなエネルギーが発せられる。
日本に大きな何かが現れたことに気が付いた欧米諸国は、機密情報管理国際会議でかなり強気な態度で近況の報告をしろと言ってきた。
こちらは、DEWの攻撃を受けたことに対して、DEWの爆撃機を所有しているイスラエル、米国、スイス、中国、ロシアそれぞれに追求したが、口を揃えて自分たちは関与していないと言う。
単純に、跳ね返すことを予想しての攻撃だろう。手荒な真似を好むのは、米国と見せかけて英国の仕業か。
今年のスペイツィアル・シントイスモスの引退試合では、普段なら来ないはずの王族がぞろぞろとやってくることになった。もちろん英国の王族もだ。王族の周りには、勝手に動く奴らがいる。
十種の瑞宝を準備して、どこから狙われても全て防げるようにしておかなければならない。
食堂では眉間にしわを寄せた表情にならないよう、気を付けないといけないな。
私は今日も放課後はスペイツィアル・シントイスモスの練習があります。教室を出て私と燈子ちゃんは部室に入り、ロッカーに荷物を入れました。そろそろ、今年の練習着とユニフォームが出来るという事で、お洒落な燈子ちゃんが、
「今日はもういいかげんに、新しいユニフォーム、見せてもらえるわよね!楽しみ!早く練習着で練習したいのよね。1年生だけ体操服で練習なんだもん、つまんないわよね。」
そう言ってウキウキしていました。
「燈子ちゃん、今日もまだだったらがっかりするから、あんまり期待しないほうが・・・。それより練習練習。体操着に着替えようよ。」
私と燈子ちゃんは、着替えを済ませて、第二校舎の一番上にある、第二体育館に向かいました。この第二体育館は、スペイツィアル・シントイスモスのために作られた体育館だそうです。
3年生の先輩と、2年生の先輩と、私達1年生が一緒に集まると、34人位いるから人数が多い!
1年生が4人で一番少ないのよね。
「みんな集まれー。」
九鬼先生が両手で大げさに、おいでおいでをしています。皆が九鬼先生の側に集まると、先生が話し始めました。
「引退試合の壮行会のプログラムと対戦表だ。そしてスタメンと控えだ。今回は初戦は1年生を出す。二回戦以降は2年、3年だけになるからな。1年生は応援するように。新しい練習着とユニフォームが来たぞ。それから、今年はインドのクリシュナチームが戦士の歌を披露するからな。楽しみだな!クリシュナの歌はかっこいいんだよ!で、開催国だから奉納舞があるな。それは水織だ。」
「2年、3年はポジションは今まで通りだ。1年生、道永燈子はフィールドオフェンスだ。道満麗弥と望月と水織はポータルガードになってもらう。」
私は心の中で、
「え!え!フィールドオフェンスはハンドボールみたいな感じで、私もそこだと思ったんだけどな。ポータルガードって何すればいいんだっけ?」
と焦りながら周りを見まわしました。そうだ!道満君に聞けばいい、お兄ちゃんスタメンだし!
「道満君、ポータルガードってなあに?」
道満君はやれやれと言わんばかりの顔で、
「ポータルって言うゴールにボールを投げ込んで点を取るんだよ。自分たちのポータルにボールが投げ込まれないよう守りも必要なんだよ。前半にフィールドオフェンスが得点を取って勝ったら、勝った方のチームのポータルオフェンスにボールが渡されて後半に移るから、後半が始まったら、神道の技で攻撃しながら相手のポータルにボールを投げ込むんだ。投げてポータルに吸い込まれたら得点になるんだよ。でも、ポータルに吸い込まれるためには、神道の力が必要なんだ。普通の球技のように、単純ではないから、水織が選ばれたんだよ。今回は初戦の弱い相手との対戦で出れるけど、神道の力が強くないと、そもそもポータルガードにはなれないんだよ。」
私は、「忘れるかもしれないから、後でメモとらせてもらっていい?」と思わずお願いしてしまいました。
九鬼先生が、「新しいユニフォームと練習着だ。濃い色のユニフォームは緑に白のライン、薄い色のユニフォームは白に赤いラインだ。」
ユニフォームを見て燈子ちゃんがとても嬉しそうに私の方を向きました。
「わ。ラクロスのユニフォームみたい!短パンに巻きスカートってお洒落よね!濃い色なのにチェック入ってるし、可愛い!上着のポロシャツも襟元に白いラインが入っていて可愛い!初戦に出るから最初に着れるのね!」
嬉しそうな燈子ちゃんを見て、私もうれしくなりました。
その時でした。先輩らしい人が話しかけてきました。
「重蔵と麗弥と水織さんはポータルガードだろ。練習するからこっちに来て。道永さんはフィールドオフェンスだから、2年生の沢口に教わって。沢口ー!道永さん頼む!」
たったったっと、髪をポニーテールにした、少し日焼けした顔で目の大きさが目立つ、爽やかな痩せ型の先輩が走ってきました。
「道永さん、私は沢口聖子。同級生の沢口信祈は私の弟よ。水織さんも、道満君の弟君も、望月君も宜しくね。」
目の瞳が少し白っぽいような青っぽいような、綺麗な目をした顔立ちに、私はびっくりしました。ユニフォームと同じデザインの練習着を着ていて、なんだか漫画の世界の人みたい!
「燈子ちゃんも美人だけど沢口先輩も美人だなぁ。」と思いながら、「よろしくお願いいします。」と挨拶をしました。
燈子ちゃんは沢口先輩と話しながら隣のコートへ行きました。燈子ちゃん、楽しそうだなぁ。
「最初に九鬼先生から冊子を渡されたと思うけど、麗弥と重蔵は小学生からスペイツアルやってるから説明はいらないと思うけど、水織さんは初めてだからポータルガードについて、説明しとくね。」
そう言って、コートの真ん中に行くと、上級生のポータルガードの先輩たちも集まってきました。
「スペツィアル・シントイスモスは、9人制のスポーツで、フィールドオフェンスが5人、ポータルガードが4人と区別されてる。フィールドオフェンスは、バスケットやハンドボールと同じように、相手チームを攻めて点を取るんだけど、ほぼハンドボールと同じようなルールなんだ。そして、フィールドオフェンスには神道の術式はいらないから、道永でも十分活躍できるんだ。」
そう話すと、道満先輩は、私の方を見て、
「水織はどんな術式を使うんだ?」
と言われたので、少し下を向いて考えていた私は、「えっ?」と思って道満先輩の方を見ると、周りの先輩たちが一斉に私を見ていました。
「術式?私よく知らなくて・・・。」
と言うと、道満先輩が、「こんな感じの無いの?」と言うと、両手の手のひらを私の方に向け、右手と左手の親指と、右手と左手の人差し指を近づけて輪のようにして
「在。」と言いました。そうすると、輪の形の部分が丸く光って来ました。
私は、真似をしないといけないのかと思って、同じように、両手の手のひらを道満先輩の方に向け、親指と人差し指を近づけて輪のようにして
「在。」と言いました。その瞬間、周りの先輩が、驚いた顔をしました。
私の手の中の輪の中に、光がゆっくりと広がっていきます。
光が親指と人差し指の輪一杯になると、急に道満先輩の両手の中にある光の方に、光が伸びて、道満先輩の手の中の光が、広がっていき、周りの先輩たちも包んでしまう程の光になりました。
「あああっっ・・!」先輩たちが驚いたような大きな声を出しました。私は驚いて先輩の真似をするのを止めました。
「どうした!」
九鬼先生が走って来ました。道満先輩が答えます。
「九鬼先生、水織さんが僕の在を真似したんですが、もう日輪印にすることが出来て、物凄く大きな光になりました。新入生でこんな事は初めてです。麗弥や重蔵よりも凄い光でした。光に包まれている間、静かに何かが響いて来て、とても体が軽くなる様な、胸の奥の重いものが消えていくような、不思議な感じでした。この子、橘流でしたっけ?」
「ああ、橘さんとこの橘流だよ。」九鬼先生は、橘さんを知っているような感じのいい方をしました。
「みんな、気分が悪いとかは無いんだな?じゃあ、道満、ポータルガードについて、しっかり教えてくれよ。ポータルを破れるかもしれないからな。」
ポータルを破れる?どういうことだろう?意味不!後でメモしとかなきゃ。
「君、凄いね。」そう言ってじっと私の顔を見るので、私はどうしていいか分からなくなって、首を傾げて下を向いてしまいました。これ、癖なんだよなぁ。
「どこまで説明したんだっけ術式の話をし始めた所だったね。」
そう言うと、道満先輩はポータルガードについて説明をしてくれました。
スペツィアル・シントイスモスでは、まずは前半の25分にフィールドオフェンスが試合をして、どちらかが点を取り、点を多くとったチームからポータルガードのボールを持って、相手チームのポータルにボールを投げ込むそうです。後半のポータルガードも25分。フィールドオフェンスは神道の術式は必要なくて、普通のスポーツであること、それとは違ってポータルガードは、術式を使いながら相手を攻めていき、ポータルにボールを投げ込むということ、ポータルにボールが入ればそこで得点となるそうです。
「だから、ヨーロッパのチームには魔法の杖があるのかな?」と何となくわかって来た私は、心の中で、「うっわーーい。」と叫んでいました。
「これって、リアルファンタジー?もー。ワクワクする!」、ウキウキしながらそう思っていると、
「ポータルにボールが入ると点を取れるんだけど、何十年か毎に、凄く神力の強い選手が出て来た時には、ポータルのゴールに投げたボールが、ポータルを破って他の次元に飛んで行ってしまう場合があるんだ。それが出来たのは、70年前に一度大人のチームであったらしい。それが水織さんの橘流の人だよ。そして15年前に一度、九鬼先生が高校3年生の時に。だから九鬼先生はこの世界では、かなり有名な人なんだよ。」
「橘流の?初めて聞きました。帰って聞いてみます。ポータルが破られると、どうなるんですか?」
「ゴールがポータルと言われる理由。この競技の試合を、世界の神道のトップや王族や貴族が何故わざわざ見に来るのか。それは何十年かに一度、物凄い神力を持つ者がポータルを破ると、異次元世界へのポータルが開くからなんだ。各国で様々な理由でポータルが開く事は重要な事なんだ。」
一拍置いて道満先輩が、
「水織さんがまたポータルを開くかもね。練習頑張ろうね!」
私はポカンとしてしまいました。よくわからないけど、このウキウキする話が面白すぎて、私は絶対目がキラキラしていたと思う!
休憩時間になって、私は燈子ちゃんの所へ行き、一緒にお水を飲んで体育館の端に座りました。
直ぐ近くに九鬼先生が居ました。
燈子ちゃんと、先輩に可愛い人が多いとか、かっこいい先輩が多いとか、色々話していると、急に紺の大きめの車が、何かにぶつかっている光景が浮かんできました。車に乗っているのは、九鬼先生でした。
「あ。先生、足の骨を折ってる。なんだかこの事故、何か変・・。」
「利律子ちゃん、どうしたの?ぼーっとして。」
私は、はっ!と思って、燈子ちゃんとの会話に意識を戻しました。
休憩後に、ポータルガードの人たちの術式を一人ずつ見せてもらい、私も自分の術式を考えることになりました。
「水織さん、どんな術式と術具がいいかな?」
術のための道具も使っていいそうなので、私は神獣鏡かな?
「多分、私は神獣鏡になると思うんですけど・・。それしか知らないので。」
「橘流だと剣かバジュラドルジェだと思ったけどな。神獣鏡か・・。今度見せてくれな。来週には決めておいて。」
そう言われました。
その後、体育館を全員でランニングして、練習は終わりました。
練習の帰りに、体育館の入り口に、近衛道長君が居ました。道長君は学生服のままでした。ずっと学校にいたのかな?道長君は、九鬼先生のところに行って、何か話しています。
校門を出るところで、今度は藤原衛子ちゃんがいました。衛子ちゃんは一度家に帰ったのか、普段着でした。
「あら。偶然ね。スペイツアルの練習終わったの?」
「うん。これから帰るところだよ。衛子ちゃんはどうしたの?」
「私、スペイツアルの練習の見学をしようと思ったんだけど、少し遅れて来ちゃって。」
「え?練習を見学?」
燈子ちゃんが下から覗き込むように衛子ちゃんを見ながら、
「もしかして・・・・。スペイツアルに興味あるの?入部するの?ねぇ!そうなんでしょう!」
衛子ちゃんは何とも言えない嫌そうな顔をしていましたが、
「まずは見学!見学してからよ。」
そう言って横を向きます。私は人数が増えることが嬉しいので、
「わぁ。楽しみだね。」そう言って、衛子ちゃんの後ろに回り、後ろから両肩に手を置いて、びょんびょんジャンプしました。
「部活仲間じゃーーーーん。」
そう言うと、衛子ちゃんは益々嫌そうな、でも少しに焼けたような顔をしました。
燈子ちゃんと一緒に衛子ちゃんの周りをぴょんぴょん跳ねていると、急に、ガツン!と頭を強くたたかれたような痛みが走りました。そして、女の子の物凄い泣き声が聞こえます。その声は、
「ごめんなさい!ごめんなさーーい!!」小さな女の子の叫び声になりました。
「この痛みは何?この女の子の泣き声は誰?!」
あまりの痛みと怖さで、私はその場に倒れ込んでしまいました。
頭が、、、。混乱した気持ちと怖さが襲ってきました。
殴られたように痛くて、すうっと意識が遠退いて私は倒れてしまいました。
前を向こうとすると、顔が地面の方に吸い込まれるかのように上から強くたたかれる!
「ごめんなさい!ごめんなさーーい!!」
誰かが大きな声で怒鳴っている?
「親のいう事をきかないとは何事だ!衛子!」
「衛子?衛子ちゃん、、、?」
頭を隠そうとしても隠そうとする手より大きな手が頭を何度も殴って来る!
だんだん’考える’ことや痛みを感じることが虚しくなってきました。無気力に前を向くと、掛け軸の中に天狗のような絵が描いてあります。
痛みだけが頭に響いて、心が静かになっていく・・・。
「おい!水織!大丈夫か?!」
その声は九鬼先生?
私は、「はっ。」としました。知らない怖い状況から「今」に戻って来たみたいです。
燈子ちゃんが九鬼先生を呼びに行ってくれて、まだ九鬼先生と話していた道長君も一緒に来てくれたみたい。
私は体が震えていました。
「女の子の泣き声と、女の子が凄く殴られている様子が見えてきて。怖くて、体から力が抜けたの。」
私は無意識に、衛子ちゃんの顔をじっと見ました。天狗の絵は奥州藤原家の旗の模様と似ていた。あの小さな女の子は、衛子ちゃんなんだ・・。
衛子ちゃんは私の顔を見ると、無表情で私から目を逸らしました。
「水織、大丈夫かよ。」
道長君が心配そうに言います。
九鬼先生は、橘さんに連絡してくれたようで、橘さんが来てくれるまで、燈子ちゃんと衛子ちゃんと道永君がいてくれることになりました。
「利律子ちゃん、何があったの?何が起こったの?」
燈子ちゃんがじっと私を見て答えるのを待っています。
「女の子がね、何回も何回も殴られていて、それを私は自分の事のように体験したの。だんだん逃げようとする気力もなくなって、九鬼先生が呼び戻してくれるまで、ただひたすら殴られてたの。怖かった。」
「やだもう、私、分かんないし―。意味不だし!」
燈子ちゃんは少しムッとしていました。
「よくわからないけど、利律子ちゃんが心配だよ。」
燈子ちゃんがそう言ってくれると、道長君が、
「そうだよな。心配させるなよ。何かあったらすぐ俺たち(、、、)に相談してよ。」
そう言って燈子ちゃんの顔を見ました。
「道長君は分かり易いな。」そう思いました。衛子ちゃんは、ずっと黙っていました。
柳さんが運転をして、橘さんと一緒に黒い大きな車で迎えに来てくれました。
橘さんは車から降りてくると、小走りでこちらに来てくれました。
「九鬼先生、付き添って下さりありがとうございました。」そう言って頭を下げてくれていました。
「利律子さん、今は大丈夫ですか?痛みはありますか?」
車に乗ってから細かいお話をしようと思って、私は「いえ。もう大丈夫です。」と手短に返事をしました。
「利律子さん、先に車に乗ってください。他の生徒の方も、こちらで自宅までお送りします。」
総橘さんが言うと、
「いえ、迎えの車はもう待っているからいいです。」
燈子ちゃんも道長君も衛子ちゃんも同じこと言います。
「ええ?誰も車を待たせてるのを気にしている素振りはなかったんじゃないの?」
と思いつつ、そうまでして一緒にいてくれたことが嬉しかったです。
49話の「言付け」の続きを書いていなかったですね。
短話「音楽の時間」で書こうと思います。
この後、
「殺生石の破壊と九尾の狐」、
「短話 スペイツィアル・シントイスモスの歴史と起源」
「アンソニー王子」と続きます。
楽しみにしていてください。




