斎王の舞と十二単衣
僕は近衛道長。
平日だというのに、帰宅早々家族皆で帝国ホテルに行くことになった。我々京都藤原家と奥州藤原家は、同じ藤原の者同士で会食をすることになったそうだ。僕は部屋に荷物を置いて、制服の学ランのままで出かけることになった。
「道長は私と一緒に乗りなさい。」
そうお父様に言われると、運転手が運転席の後ろのドアを開いた。運転手の後ろにお父様が座り、僕が助手席の後ろに座ると、お父様が怪訝そうな顔をして僕に話しかける。
「道長。新学期が始まったが、新しいクラスメートはどうだい?仲良くやっていけそうか?田舎から来た水織とかいう娘はどんなふうに過ごしている?妙な事はないか?」
「妙な事って何ですか?」僕は車が進み始めた窓から、お母様と弟が車に乗り込むのを見ながら、尋ねた。
「一緒にいて気分が悪くなったり、変なことを喋りだしたりしていないか?」
「水織さんは目立たないから、特に何もないです。それより、道永燈子さんは、物凄く度の強い眼鏡をかけているけど、眼鏡を取ると物凄く美人なんです。あんな美人な人初めて見た。毎日学校に行くのが楽しみになりました。」
お父様は窓の外に視線を向けていたけれど、口元の口角が上がり、目を細めてククッと笑い始めた。
「あはははは。中等部に入ったと思ったら、女の子の話をするなんて珍しいな。だが、お前は近衛家の人間。結婚は近衛家にふさわしい家柄と血筋の相手と決まっている。奥州藤原家の衛子さんが同級生だろう。再来年は内親王様も中等部に入学となる。内親王様はいずれは降嫁されるお立場。お前の目の前には、そういう方々があらねばならない。」
信号が赤になり、車が止まった。窓の外に犬を散歩させている人がいた。草むらに這いつくばるようにして犬が動かないから、リールをくっと引っ張り、居たい場所から引き離される様子を見ていた。
「お父様、相手の気持ちってものがあるんですよ。僕はまだ中等部に入ったばかりなのに。そんなこと言われてもピンと来ないよ。」
お父様は少し下を向いて笑うと、
「どんなに美しかろうが、どんなに神力が強かろうが、地下人にも及ばん者には深入りしないように。今から気を付けておきなさい。」
「はい。せっかく同じクラスだし、みんなと仲良くなって楽しい1年に出来たらいいな。」
信号が青になり、車が進みだした。僕は引っ張られていく犬が通り過ぎていくのを見つめながら、あの犬が自由に好きな所に行けることを祈った。
私は水織利律子。
学校から帰ると、富田さんが大きな桐の箱を持って玄関を移動中でした。
「ただいま!」そう言うと、富田さんが、
「利律子さん、十二単が出来ましたよ!釵子に就けられる飾り紐が従来のデザインから変更になって、もう本当に素敵なんです!荷物を置いて着替えたら、急いで畳の部屋に来てください。着付けの練習をしましょう!」
「あ。はーい。」
と笑顔で返事をしつつ、実は私、少しのんびりしたかったんけどなー。富田さんがあんなに嬉しそうだしー!と自分に言い聞かせました。あはは。燈子ちゃんみたい。
私は普段着に着替えて、畳の部屋に急いで向かいました。畳の部屋に着くと、大きな桐の箱がたくさん並べてあり、着物が沢山立てかけられていました。
「どれが私が着る十二単ですか?」そう富田さんに聞いてみると、富田さんは困ったような笑顔で、
「これ全部一度に着るんですよ。」
そう言います。でもいち、にい、さん、しい・・・・。
え。10枚あるんですけど。これどうやって着るんだろう。
「利津子さん、こちらの23ページの、光天舞雅楽に目を通していて下さい!斎王舞の時に、これを歌いますから。舞の振り付けもありますから、見ていて下さいね!」
そう言うと、富田さんは私に冊子をくれました。
「え。また冊子ですか。今度は舞ですか〜。」思わず心で呟きました。
23ページ、23ページ、、、、。
そこには、そんなに長くない古文のような歌詞が書いていました。
光天舞雅楽
日の本の 幸御魂
光に映え 世を照らす
鳳凰が 空を舞い
幸の響き 扱き散らす
幸いが 世を満たし
金色の扉 開らかれる
大前に 額づきて
願ふ吾等を 守りませ
溢れくる 霊験を
願ふ吾等に 与えませ
畏畏も まおす
私は、あたふたしてしまいました。見ていればいいだけだよね。覚えないといけないわけじゃないよね?なんだかこの冊子、ぶ厚いんだけど!
A4程の大きさの冊子には、着物の絵と説明と、着物を着せる役割の人の名前や、扇について、髪飾りや、踊りの振り付けがカラーの写真で載っていました。
「なんだか、ページ数が多いなぁ・・・・。」
私は椅子に座るのも忘れて説明の写真を見ていました。
その時、畳の部屋に何人か人が入ってきました。多分、橘さん達かな?その他に、富田さんと黒崎さんの話し声がします。
富田さんが走ってきました。
「利律子さん、利律子さんが舞を舞うときには、橘さんと黒崎さんが演奏に加わってくれるそうですよ。」
「黒崎さんは大分に行ったときに横笛を吹いていたけど、橘さんも一緒に横笛を吹くんですか?」
そう聞いてみると、橘さんはゆっくりとこちらを向いて、
「いえ、私は鳳笙を吹きます。そして、黒崎が吹いていた横笛は、正式名称は竜笛と呼びます。これも吹けるのですが、黒崎がいますので、私は鳳笙にしようと思います。」
私はよくわからない楽器だけど、
「へえー凄いですね!」と大げさにおどけてみました。
「利律子さん、今日は初めての十二単ですね。釵子の飾り紐をこの前現れた龍の鱗で作りましたので、今日は一度つけてみてください。職人も来ていますから、長さや大きさで調整が必要なら調整させましょう。」
私は良く慣れていない言葉ばかりで、正直頭の中がはてなマークで一杯でしたが、思いっきりにーっとわらって頷きました。
富田さんが私を呼びます。
「利律子さーーん、こちらこちら。いらっしゃってくださいーーい。」
そう言って、衝立の後ろから富田さんが私を呼びます。
「はいはいはいはい。」私は小走りで向かいながら小さく返事をしました。
「利律子さん、十二単を着ることをお服上げといいます。お服上げは、衣紋者の二人が行います。前からお服上げを行う人を前衣紋者、後ろからお服上げを行う人を後衣紋者と呼びます。では、これからお服上げを始めますね。」
衣紋者の方は、必要なこと以外は何もしゃべらずに、ただ黙々とお服上げを進めていきます。少し目つきが冷たい感じがするのは気のせいかな。気のせいだな!
「ではまず小袖と言われる肌着と、長袴を。」
そう言うと、小袖の白い着物を着せられ、前で紐で縛ると、長袴を二人が準備して、私は肩を持って足を通して、袴を踏みつけるようにして、長い部分は後ろに伸ばし、袴の紐を前で縛ってくれました。
「この袴は、踏みつけたまま歩くんですか?」と私が聞くと、
「はい。そうです。踏みつけても大丈夫ですから、気になさらないでください。」と言われました。
その後、単衣、五衣、袿という上着の5枚重ね、表着を、一つ一つ着る度に前で紐で縛ります。だんだん苦しい感じがしてきたので、息を大きく吸うと、
「沢山縛りましたから、少し苦しいかもしれませんが、皇族の方々と同じ仕立て、同じ絹を使用していますので、大変高価なものです。なかなかこれを切れる人はいませんが、利律子さんはこれから何度も着ることになるでしょうから、慣れてくださいませ。」
そう言われました。
富田さんは傍で見ていて、胸元で両手を握り、きゅううーーん。というようなキラキラした目で私を見ています。
唐衣と裳を付けて、扇を渡されました。
「檜扇でごさいます。右手で持ち、左手で支えてください。支える手は着物で見えませんが、指先まで綺麗に伸ばしましょう。では、皆様に見て頂きますね。」
衣紋者のうちの一人の方が、他の人を呼びに行きました。
「お服上げが終わりました。ご覧ください。この後、釵子と飾り紐をお付けになりますか?職人の方もこちらへ。」
そう声が聞こえてきました。
そして、ぞろぞろとさっきよりも多い人数の人たちが、衝立のこちら側に入って来ました。黒崎さんが、桐箱を持っています。
「黒崎さん、桐箱すきねぇ。」と心の中でつい言ってしまいました。
近くに合った机の上に桐箱を置くと、蓋が空けられます。そこには、金色の光るものが入っていました。そして、箱の中が、うっすらと青く光っています。
黒崎さんが髪飾りみたいなものを箱から取り出し、職人の人みたいなジンベエを着た人に渡しました。その人が、私の方に歩いてきます。
職人さんは私の顔を真っすぐ見ようとはせずに、少し視線を下に向けて、
「御髪を失礼します。」そう言うと、私の前髪の少し前に、髪飾りを乗せ、ピンで留めました。そして、桐箱の方に進んで行き、水色のような長いものを桐箱から取り出し、こちらに持ってきました。
そしてまた、職人さんは私の顔を真っすぐ見ようとはせずに、少し視線を下に向けて、
「御髪を失礼します。」そう言うと、髪飾りに引っ掛けると、その長いものを下に垂らしました。
「これ何ですか?」と聞いてみると、職人さんは私の顔を真っすぐ見ようとはせずに、少し視線を下に向けて、
「これは、龍の鱗で作った飾り紐です。これは大変珍しく、貴重で価値があり、世界で唯一の物です。」
と言いました。
橘さんが聞きます。
「利律子さん、釵子と飾り紐は重くないですか?」
「いえ。全然重くないです。着物は重いけど・・・。」
そう言うと、橘さんは目を補足してにっこりしながら、
「とてもお似合いですよ。重さは是非慣れてくださいね。」そう言いました。
橘さんは職人さんに、
「長さや大きさは丁度いいな。ではこれで。飾り紐が普通の麻の物と、龍の鱗の物を五行舞のために念のため5人分、作ってください。その他に、螺鈿の箱を20箱、作成してください。奥州藤原の方々と、京都藤原の方々にお配りしておこう。今後の御贔屓を貰わねばね。鱗はまだそれでも余るのではないですか?」
「はい。まだまだございます。」
「幾つか大将も貰ってください。それ以外は作成が終了したら、こちらに送り返してください。」
「宜しいのですか・・・!こんな貴重なものを!ありがとうございます。」
職人さんはそう言うと、深々と頭を下げていました。
富田さんが写真を撮っています。
「利律子さん、少し舞を舞ってみましょうか。腕を上げるのにどのような感じか、前や後ろに進むのにどんな感じか、今日はしれだけわかればいいですよ。これから毎週練習しますからね。」
「え。毎週?」
「スペイツアル・シントイスモスも始まって大変だと思いますが、次の引退戦で舞う事は決まってしまっているので、利律子さん、頑張りましょうね!」
そう言ってガッツポーズでやる気満々な富田さんでした。
私はずっと立ったままでした。そうよね。座れないよね。こんなに着物を沢山重ねてるんだもん、すわれないよね・・。
「光天舞雅楽の音を吹きますから、適当に舞ってみてください。」
黒崎さんがそう言います。橘さんと黒崎さんは椅子に腰かけ、楽器を両手で持つと、二度お互いに頷きながらタイミングを伺いながら、演奏を始めました。
「私の動きを真似してください。右か左に回る際には、最初ですから回りやすいほうで回ってください。」
衣紋者の方はそう言うと、檜扇を広げていきます。私はどう扱っていいか分からないので、富田さんが教えてくれながら、やっと扇を開くことが出来ました。檜扇って、結んでいた紐を垂らしたまんまで舞うのかな?
右手で広げた扇を寝かせ、左手で指を綺麗に伸ばして支え、少しそのままでいました。
「なんだかもう既に重く感じるんだけど!」と思っていると、衣紋者の方は扇を立てて顔の右側に動かし、左手を左にまっすぐに伸ばしました。
あ。同じことしないと!そう思って、なんとか同じことをしました。
衣紋者の方は、両手はそのままで、ゆっくりと左回りに回り始めます。私も同じことを・・・。
「え。」
私は袴を上手く前に広げることが出来ないで、グラグラとその場でバランスを崩しそうになっていました。富田さんが支えてくれます。
「前に出すほうの足を、袴を前に蹴るようにして、少し足を振り上げるつもりで前に進んでください。わかりますか?」
「やってみます!」
私は右足を少し前に振り上げる気持ちで、前に一歩進みました。こんな感じかぁー。早く慣れたいよ。
なんとか左回りが出来ました。
衣紋者の方は、今度は扇を閉じ始めます。そうすると、左手の指先で扇を支え、閉じた扇を右手で持ちながら両腕を前に伸ばし、今度は両腕を左右に広げると、扇を持っていない左手の袖の部分をパッと回して左腕に巻き付け、左腕を扇を持つ右手に添えるように向けて、また左回りを始めました。
私も同じことを・・・。左手の袖の部分をぱっと巻き付けるように回して、左に回ろうとしたときに・・・。
転んでしまいました。転んだ弾みで釵子から鱗の飾り紐が外れて畳に落ちてしまいました。
演奏が止まって、橘さんが走って来てくれました。
「大将、釵子の飾り紐を賭ける部分は、取れにくいように工夫してもらえますか。」
「承知いたしました。」
私は、「ごめんなさいー。」そう言うと、情けない気持ちになりました。
橘さんがニッコリ笑って、
「今日はこれ位にしておきましょう。舞の練習用の着物で練習していけば大丈夫ですから、心配しないで下さい。」
そう言うと、橘さんは飾り紐を釵子に戻してくれました。
「利律子さん、この龍の鱗は良くない物を弾きますから、いつも身に付けていられるものを一つ作らせますね。」
「え。良いんですか?ありがとうございます。」
私はそう返事をするのに精一杯でした。
「最終的には、十二単を着て舞を舞い、光天舞雅楽を歌わないといけません。しっかりご指導いたしますね。」
衣紋者の方が言いました。
「はい。是非よろしくお願いします。」
私はこれで練習終わり。着物も脱げるのよね。と思うと、とても良い笑顔が出来ました。
更新が遅くなり、申し訳ございません。
次は、
「先生の事故と誰かの叫び声」です。
楽しみにしていてください。




