魔法学園の裏側~図書館長視点~
「見えにくくなってきたの」
そう呟いた老人は銀縁のメガネを外して目を揉んだ。
王都魔法学園が立てられた時、当時宮内の図書館の副図書館長だったソロモンに図書館長のポストが回ってきたのだ。それから10年、本も増えて世に出せない論文も溜まっている。
そう、王都魔法学園とは、10代の優秀な子ども達の学び舎でありながら国を代表する研究機関でもあった。世に出したらマズいことに気が付いてしまった研究者はもれなく論文に纏めて、そのほかの物は燃やしたうえでその論文を禁書として保管するようソロモンに頼む。
世に出ている知識に加えて、世に出ていないそれらの全て、宮内、学園内の禁書の全てを読んで理解していたソロモンは、それはもうとんでもないことが出来てしまう。
それは例えば、若返りの魔法とか、不老の魔法だとか。
「よし、完成じゃ」
ソロモンは魔力増強ポーションを一気に一瓶開けると、右手と左手をそれぞれ違う魔方陣の上に置く。まずは右手から魔力を放出する。若返りの魔方陣に触れている方だ。
「《高き貴き恩恵をもたらす天界の王、時の神、森羅万象の神々よ。我は願いの星より回帰を望む。人はまたその過ちを繰り返す。願いより聞き届け、今光に包まれ肉体よ舞い戻らん》」
魔方陣もソロモン自身も強く発光していて何がどうなっているか分からない。
それでも、もう一つの魔方陣に魔力を流す。
「《我が肉体よ、与えるチカラの限りに留まり続けろ。盛者必衰の理をもってして至要たる働きをせん。天衣無縫かつ狡猾老獪であれ》」
詠唱をすると白くしかっていたのが禍々しい紫の炎に包まれた。しかし熱さは無く、何も燃えていない。
その炎が弱まり、中心にいたソロモンが姿を現した。
その姿は若いソロモンだった。絹のようにさらさらな紺色の髪、知性が宿る瞳は森の奥の葉のような濃緑、肌は外に出たことがないほどの白さで唇は熟した苺。だがしかし、
王都魔法学園に入学できない程の幼い少年になっていた__。
「まあ、問題あるまい」
これが鏡で己の姿を確認したソロモンの言葉である。
それから長い月日が流れた。
ソロモンの秀でた魔法により、燃えても壊れても無い王都魔法学園の図書館ではあるが、数度の改築、立て直しによって当初のものよりずっと大きいものへと変貌を遂げている。
地上3階、地下3階の空調完備バッチリの堂々とした立派な図書館だ。
とは言っても、生徒が入れるのは地上だけ、研究者が入れるのは地下一階までである。そこから先は禁書コーナー。
禁書が見たければソロモンに正当性を主張して認められなければならない。
ドアを開けて一人の少年が入ってきた。ネクタイの色から一年生だと分かる。今日は入学式のはず。初日から図書館に来るなんてよっぽどの本好きと見た。
黒髪黒目のイケメンはカウンターに座るソロモンを見つけた。
フードの付いたココア色のマントを、にぶい金のブローチで止めている格好では生徒には見えないだろう。毎年、自分を見て当惑する新入生をソロモンは面白がっている。
「しょた……」
「よく来たの、ゆっくりしていくのじゃよ」
「キャラ濃すぎるだろ、この学園」
小さく何かを呟いてから、どうも、と軽く頭を下げて本棚に向かっていった。
しばらく経って赤髪の豊満な美人もやって来た。ソロモンを見て目をパチクリさせてから、奥に消えて行った。
「あ! 貴方が主席ね! 次こそは私が主席を取ってやるわ」
「うるせぇって! ここ図書館だぞ!」
どちらかと言えば、返した男の声の方がうるさい。