あなたの知らない怖い異世界
温泉街のとある一角に位置する妙木通りでは中華料理店や中国雑貨店が50棟ほどが軒を連ねている。石畳の道の上を多くの観光客が行き交う中、ひときわ異様な存在感を放ちながら隣り合って歩く2人のマダムがいた。2人は共に玉虫色のクサヤ・カゲミツブランドのお揃いのドレスを身に纏い、孔雀の羽があしらわれた凝った意匠の長い裾が床に擦れるのも気にも留めずしゃなりしゃなりと歩いている。
『ハニホマチーヤ♪ハニホマチー♪ハニホマチーヤ♪ハニホマチー♪』
通りでは真っ赤に染まったドレッドヘアーの30代くらいの男が座禅を組み二胡を演奏していた。死んだ目をしたドレッドヘアーの男の横で色鮮やかな漢服を着た女性が蛇を丸呑みしつつ朗々と『ハニホマチー』の唄をダブルボイスで歌い上げているのを横目で見ながら面長な方のマダム、劉凜風が口を開いた。
「日本の餐厅。どの店も一緒。何食ってもおんなじ味スルヨ」
ポリ塩化ビニール(PVC)袋からノウゼンカズラやトウダイグサ、ツルドクダミなどの薬草を片手でむんずと掴むと口の中に放り込み、奥歯で擦り潰しながらそう言った。
すると熊猫ッ!!のような体型をした林明玉が頷きながら、
「日本の味に染まってしまっているネ。脳味噌だけに頭までニホンの味噌に犯されたアルカ?祖国の味を忘れるなんて私には信じられないネ」
と牛蒡スティックをちゅぱちゅぱとしゃぶりつきながら返事をした。彼女らが住む国、中国では牛蒡は牛蒡子として主に駆風解毒湯として使用されるだけで食材として見做されていないのだ。
(牛蒡をお菓子にするなんてニホン人、頭イカれポンチね。気が狂っているアルヨ。まぁ頭に味噌詰まってるから当然と言えば当然アルカ……)
旅先で高揚した気分の勢いで物珍しさという理由だけで衝動買いした牛蒡ごぼうスティックの美味さに舌鼓を打ちながらも、素直に日本という國を手放しで褒めることができないのは、これまで彼らが中国人に対して行ってきた悪辣非道な歴史が脳裏にチラつくからであった。
竹馬の友と言うべき間柄の2人が先ほどの中華餐厅ツァンティンで提供された在日3世が作る日本風に味が整えられた中華料理への恨み節を唱えつつ露店を睨みつきながら歩いていると、
「もし……そこの貴婦人方」
自分たちを呼び止めた店先に立つ若い男の声に2人は媚びるように科を作りながら振り向いた。その様子はかの有名な浮世絵師、吉川師宣の『見返り美人図』を彷彿とさせる。
「你有什么事吗?」(何かご用でしょうか)
「今をときめく日本のトップアイドル『男性偶像集団アイドルグルーブ美的公団「マッシブ・アクティブ・センシティブ」』の写真がプリントされた扇子だよ。2人は別嬪さんだから特別に無料であげるよ」
「謝謝」 (どうもありがとう)
2人が手を差し伸べ扇子を受け取ろうとした時、若い男の口角が僅かに上がり、手首まである長い袖の下から針が勢いよく飛び出した。針は劉凜風と林明玉の皮膚を貫き血管に塩酸エトルフィンを注入すると、2人はすぐに意識が朦朧としはじめる。遠くから聞こえてくる『ハニホマチー』の唄によって二人のマダムの精神は完全に支配されてしまい、店内のアルバイトスタッフに案内されるがまま彼女らはそのまま店の中へ引きずり込まれていった。
漢服の女性が店先の男に目線で合図を送るとそれに気づいた男がにやりと厭らしい笑みを返した。ドレッドヘアーの男の目は相変わらず目が死んでいた。作戦が成功し、得意そうな顔を浮かべる女は今日1日で36匹目にもなる蛇を丸呑みし始め、再び「ハニホマチー」の唄を1番から歌い始めるのであった。
この日、中国人観光客の遺体が2体、貧民窟で発見された。遺体は腑分けされており、数時間前に彼女らの腹に詰まっていたはずの内臓は全て取り除かれもぬけの殻になっていた。
余談になるが林明玉の歯間には牛蒡の繊維が挟まったままだったらしい。彼女の歯の隙間はデンタルフロスのしすぎにより平均水準よりも広く、食後は食べ物のカスが歯の間に必ず詰まっていたと林明玉の知人女性は語ってくれた。しかしながら金は十分あるはずなのにどうして彼女は歯列矯正手術を受けていなかったのだろうか。真相は全て闇のなか……。
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怪奇特集!!あなたの知らない異世界。次回は……
「今、霊が私の右手を触ってきました」
模儀聖子氏による心霊スポット探訪。
「無数の霊が蠢いています……すぐに引き返さないと皆さんの命に関わりますよ!!」
旧猫鳴隧道に潜む悪霊の魔の手が模儀聖子氏や我々スタッフにまで迫る……。
「ここはもうあなたの世界じゃないの!! あなたはもう死んでしまったのよ!!」
怪奇特集!!あなたの知らない異世界。来週もお楽しみに。