お姉様のいいところをこの場の皆に知ってもらう義務
私が、妹の声を聞き間違えるはずもない。
今聞こえたのが、私の愛しい妹の声なのは間違いない。
それは間違いないのだが、「また私の出番」?
『また』とは、どういうことだ。
「よっ!」
「待ってました!」
貴族令嬢に向けられたものとは思えない野次が飛ぶ。……いや、声援か。
まさか二周目なのか?
いや。
……あるいは、もっと……?
「順番的に……そうですね。次は、お姉様が初めて乗馬のレッスンをしてくださった時のことをお話ししましょう」
まずい。何か、とてもまずい気がする。
『乗馬のレッスン』だと?
――それは、私と妹が出会い、我が家に迎え、貴族として相応しい服を仕立て、王子と出会い、【承認の儀】を終え、ダンスのレッスンも終えた後の話だ。
そしてレティシアは『順番』と言った。
既にそこまでの話が、いろいろ盛られた上で面白おかしく語られているような、そんな気がした。
そろー……と、忍び足で大回りする。
「週末に、一泊二日で牧場へ行って、乗馬のレッスンを受けることになりました。もちろん一緒の馬車です。私が、お姉様の正面に座れるように席を空けてくださいました」
その間にも、妹の演説が聞こえる。
小鳥のさえずりのように可愛い。具体的には、よく通るところが似ている。
私の記憶が確かならば、それは、シエルに隣に来るように言っただけだ。
嘘は言っていないが。
「わざわざ、ヴァンデルヴァーツ家お抱えの仕立屋さんを呼んで、お姉様と色違いで、お揃いの乗馬服まで仕立ててくださったんです。お気に入りです」
そのよく通る声で、何を言っているのだこの妹は。
だいたい、乗馬服のデザインや生地を決めたのは"仕立屋"だ。私ではない。
……色違いでお揃いだったのは事実だけど。
私もお気に入りだけど。
「乗馬が初めての私のために、ご自分の愛馬であるリーリエに乗せてくださいました。白い綺麗な馬で、あの子に頬ずりするお姉様は、まるで一枚の絵画のようでした……」
愛馬のリーリエが褒められて、ちょっと気分がよくなる。
で、後半はなんだ。いったい、何を考えていた。
一つ息を吸い、ゆっくりと、丁度、妹の声が聞こえてきたからそちらに向かって歩いている……という風に、足音を隠さずに、妹の背後から近づいていく。
「そして、当主自ら私と二人乗りをして馬に馴れさせてくださいました。後ろからお腹に手を回して、ぎゅっと――」
私の存在に気付いた者達がはっとした顔になり、口を閉ざす。
そして静まりかえった中、妹の肩を、とんとんと指先で叩いた。
「なんですか? 今からがいいとこ……ろ……?」
不機嫌そうに振り返ったレティシアの表情が抜け落ちた。
うちの妹は表情のバリエーションが豊かだ。
そしてぱちぱち、と、何度かまばたきをする。
そこで、なぜか笑顔になった。
「……そして、お姉様は!」
「待ちなさい。気付いたならやめなさい」
――あろうことか、勢いよく元の方を向いて話し始めたレティシアの肩をがしりと掴む。しかし、妹は身をよじって振り払った。
そのまま自分の胸に手を当て、力のこもった目で力説する。
「いいえ、やめません! 私には、お姉様のいいところを、この場の皆に知ってもらう義務があります!」
「そんな義務はありませんわよ」
私は、レティシアの近くで、木箱に腰かけていたシエルを見た。
「……シエル。なぜ止めませんでしたの?」
「安全に問題はないと判断いたしました」
……そうでしょうけども!
この案件においては、シエルに頼れないと判断し、妹に向き直る。
「なぜ、このような席で、このようなことを?」
「このような、とは?」
レティシアが私の視線を真っ向から受け、聞き返す。
「正式には今もまだ、合同演習中です。食事時ともなれば、多少は会話が弾むこともあるでしょうが――」
「なんの問題もないですね」
聞き流すことにした。
「その席での話題が、なぜ私なのか、理解に苦しみます」
「この合同演習は、お互いの良いところを知って、親睦を深めるのがメインですよね?」
「お互いの技量を知って、連携を深めるのがメインですわ」
妹の意見も部分的には正しいが、メインではないだろう。
それなら宴会で十分だ。わざわざ、使用すれば錆にも気を遣う必要がある戦争用の全身鎧や、念入りな世話が必要になる軍馬の出番はない。
費用がいくら掛かっているか。庶民が聞けば、卒倒してもおかしくない金額だ。
合同ということで、全額ヴァンデルヴァーツの持ち出しということはない。
しかし、ホストであるこちらが演習場の整備費用や宿泊場所の用意はする規定で、負担は大きい。ヴァンデルヴァーツの財布には余裕があると言っても、きちんと成果を上げる必要がある。
それでも金貨を積む方が、屍を積むよりはいい。
私が真剣であることを悟ったのか、妹もきりりと表情を引き締める。
そういう顔も可愛すぎる――いけない。今は、そういうのんきなことを考えている余裕はないのだ。
「お姉様は、ヴァンデルガント領軍の最高指揮官です。その人となりを将兵に理解してもらうことは、重要であると考えます」
言っていることは一見正しく聞こえる。
しかし。
「そのための話題が、乗馬のレッスンでの、二人乗りですか?」
「それは……えっと、プライベートを知ると身近に感じたりしませんか?」
追い詰める私に、食い下がる妹。
「……しませんわ」
するけど。
レティシアを身近に感じる日常のエピソードなら、無限に知りたい。
本音と建て前を使い分けるのは、大人として当然だ。
だから大人はと、少年少女には言われるのだろうが。
「――ここまで何を話していたかは知りませんが」
半分は嘘だ。
雪山のチョコに、熊狩り、それに配膳の話などはしっかり聞いた。
一番気になるのは、妹が何を、どこまで、どんな風に話しているかだが。
「それは不問としましょう。ですが、本人を前にしてする話ではないでしょう?」
周りをさっと見回すと、揃って、さっと目をそらす。
……こういうところは領軍も騎士団も対応がそっくりで、連携を深めているのかもしれない。