剣の重さ
模擬戦を前に、お互いの安全のため、剣を確かめ合う騎士達を見ながら、レティシアが呟いた。
「……騎士様って、あんな風に戦うんですね」
「ん? 騎士が戦うのを見るのは、初めてか?」
「一度だけ……その時は、騎士同士ではなかったので……」
レティシアが見たということは、犯罪者の鎮圧だろうか。
普通の剣ならどこに当たっても問題ないような全身甲冑は戦争用だ。軽装ならば、いかに避け、剣やその鞘、あるいは盾があれば盾で受け、相手に剣を当てるかという戦いになる。
「甲冑を着た騎士が相手なら、殴打武器を使うのが理想なんだがな。さすがに実戦形式の訓練でそれを使うと、人死にが出る」
"ユースタシア騎士団"と並んで我が国が誇る戦力として、ハルガウ公爵家直属の戦士団、"ハルガウ戦士団"がある。
そしてハルガウ戦士団に所属する重装騎士の中には、私の体重より重い戦鎚を武器とする、通称"ハルガウの戦鎚兵"がいて、もっぱら"騎士狩り"として有名だ。
他の騎士も、騎士らしい武器の筆頭である剣は、陣地突破用の両手持ちの大剣のみで、鎚矛を標準装備とするなど、『筋肉が主武装』と、頭の悪いことをのたまうだけはある荒くれ揃い。
ただ、ガタイのいいフェリクスが、彼らの中にあっては普通……のちょっと下に見えるぐらい、戦鎚兵をはじめとする精鋭達は筋骨隆々で、その体重を支えられる馬を揃えるのが難しく、機動力が著しく低いという欠点もある。
馬体の改良が進めば、それを支えるだけの馬も普通になるかもしれないが、今度は飼い葉が足りるのかどうか。
騎手も馬も両方大食らいとなると、食わせるだけで破産しそうだ。
わあっ! と歓声が上がる。
ヴァンデルガント領軍側の騎士――ホルストが相手を地面に引き倒し、胸を踏みつけ、脇の下に剣を突きつけていた。
「よくやりましたわ!」
勝ち星が一つ増えたことに気を良くして、快哉を叫ぶ。
演習の名目からすれば、勝敗はレクリエーションのようなもので。
同じ国の違う軍に所属する者同士が、平和的に手合わせし、訓練するという事実こそが大事なのだが。
剣を握り、戦う者にとって、勝敗を軽視できようはずもない。
試合終了が宣言され、手を貸し、手を借りながら立ち上がる。
最高指揮官二人が見ているということを差し引いても、いい光景だ。
「すごいですね……こんなに重い剣を、あんな風に……」
妹が、ほうっと息をつきながら感嘆の声を上げる。
今も両手で抱えて持っているフェリクスの剣は、重さなどは訓練用の物と変わらないはずだ。
「自分達は、騎士でありますから」
「それが仕事ですからね」
美少女である妹の言葉に気を良くする騎士達。私ではこうはいかないだろう。
私は美少女度が足りない。
ユースタシアの軍には女騎士もいるが、やはり重い甲冑を着て重い剣を振り回すことがある以上、体力の問題がつきまとうから、数が少ないのが現実だ。
女性の要人警護に、女性の騎士・兵士は喜ばれるが、それを狙う相手は、性別を考慮してくれない。
男性騎士は、女性人気もある。幼馴染みや、酒場や食堂、市場の看板娘あたりと結婚するのが男女ともに羨まれるコース。
さらに、"リッター"の姓を持つユースタシア騎士団の上級騎士ともなれば、引く手あまただ。
「上級騎士と結婚したいな」は結婚適齢期の女性の願望として共感を得られやすいために、よく恋愛小説の題材にもなっている。
"上級騎士物"といえば、恋愛ジャンルの定番中の定番だ。
内容は、幼馴染みが上級騎士に出世して迎えに来てくれたり、寡黙な常連客が実は上級騎士で、乱暴な客に迷惑しているところを助けられ、いつも君を見ていたとかなんとか言って正体を明かして求婚されたり、いっそ清々しく道端で唐突に一目惚れされたり――いろいろある。
基本的に女性側は平民で、それも裕福な商家出身ではないのが通例。
割と好きなジャンルでもある。
こんな家の生まれであり、恋愛に夢は見ていないが、だからこそ、他人の色恋沙汰を応援したくなったりするのだ。
この作者、騎士・兵士の知り合いとかいないんだな……というふわふわしたファンタジー設定なこともあるし、この作者、家族や知人、あるいは本人が上級騎士まであるのでは……? というぐらい描写が緻密だったりすることもある。
地方――具体的に私の知る範囲、ヴァンデルガント領内を中心に流通する出版物では、領軍の上級騎士が出てくることも多い。
王国に忠誠を誓っているとはいえ、貴族の私兵だ。"上級騎士"というのはあくまで領軍内の話で、国に認められた爵位はない。
しかし、戦争さえ起きなければという注釈は付くが、かなり安定した職業のエリートであるため、創作でも現実でも人気の職業だ。
爵位を持つ王国騎士団の"上級騎士"は、そもそも数が少ない上に、貴族や豪商、豪農との婚姻も視野に入るため、競争はかなり激しいのが現実。
また、兵士の女性人気は立場を反映し、騎士より一段落ちるあたり、世知辛い。
そんな上級騎士の中でも最高位であるために、そういった恋愛小説で実質上の最高位として扱われる地位――それが、ユースタシア王国騎士団の"騎士団長"だ。
場合によっては王家との婚姻もありうるほどの立場。
貴族としては最高位である公爵家の令嬢とでも、本人同士の気持ちがあるなら、祝福されて認められるだろう地位。
そういう事情もあって、貴族令嬢達、特に筋肉好きから熱い視線を向けられることも多いフェリクスが、レティシアに向き直った。
「剣を持ってみるか? レティシア」
「え? ……いいんですか?」
「ああ」
戸惑うレティシアに強く頷く騎士団長。
「刃のない方ですわよ」
私は口を挟んだ。
「分かってる。――それは返してくれ」
「は、はい」
受け取った剣を、腰の剣帯に金具で留める。
そして、彼は口元を緩めて笑った。
「預かってくれて、ありがとう」
騎士の魂と言われることもある剣をぽんと預けて、このセリフ。かつ、この笑顔。聞く者が聞けば、たまらないに違いない。
私は剣に魂なぞ宿らないから、式典の時以外はただの武器と思え、と常々公言しているが。
「いえ……」
レティシアがはにかんだ。
今ので多分、この場の半分は惚れただろう。
一人のヴァンデルガント領軍の騎士が、訓練用の鉄剣を持ってきた。
というか、ヨハンだ。今は面頬を上げていて、焦げ茶の髪と瞳が見えている。
「ええと……」
「レティシア・フォン・ヴァンデルヴァーツです」
どう呼べばいいか言葉を濁した彼に、妹が微笑んで自己紹介をした。
「……やはり、アーデルハイド様の妹様でしたか」
ヨハンも驚いた様子もなく、微笑みを返した。
「我ら領軍の騎士の忠誠は、王国と、アーデルハイド様に捧げられております。ですが、その忠誠の一端を、貴方に捧げましょう、レティシア様」
「はい、ありがとうございます」
『代替わり』が上手くいくかどうか、実は不安な所がある。
ヴァンデルガント領は王国に帰属しているが、直接統治しているのはヴァンデルヴァーツ家。
――その中でも、領軍は、特殊だ。
シエルを除けば、ほとんど唯一、『私個人』に忠誠を誓う者達がいる組織。それも、武力を有した。
まあ、組織の長としての私に、形式的な忠誠を捧げている者がほとんどだろう。
私も、給料分以上の忠誠は求めていない。
ヨハンが、私に剣を差し出してきたので、受け取る。
刃を下にして、妹に差し出した。




