定められた道
コンラートからのお誘い。
妹がこれを受ければ、彼と、より親密になれるのは間違いない。【公式シナリオ】かは怪しいところだが。
思わず、ごくり、と唾を飲む。
なるべくさりげなくしたが、気付かれなかっただろうか。
レティシアは、笑顔になった。
「私達も視察で来ておりますので……コンラート様も査察でいらっしゃったのですよね。お仕事、頑張ってくださいませ!」
その笑顔のまま、コンラートのお誘いをばっさり切って捨てた。
――いや、時間を作って欲しいと言われれば、それぐらいの時間は用意できますけども。
というか、半分は【イベント】のために来ているんですけども。
これが主人公。これが真の貴族か。
次期王である第一王子からの突発的なお誘いよりも、予定されている貴族としての務めを優先する妹に戦慄した。
コンラート狙いでないという可能性もあるが、今いい雰囲気だったような気もするのだから、それぐらい私に相談してくれてもいいのに。
……いや、これは『悪役令嬢として妹に嫌われよう』という計画が、順調な証拠かもしれない。そうであれば、気軽に相談などできるものか。
と、前向きに考えることにした。
色よい返事ではなかったものの、応援もされたコンラートは笑顔を浮かべて礼を言った。
「……はい。ありがとうございます」
私には分かる。笑顔を浮かべているが、今、ものすごく元気がない。
数少ない自由の中での精一杯のお誘いを、すげなく断られた王子は哀れだ。
少しだけ、同情した。
――妹が、私に身体ごと向き直り、笑顔を向けてきた。
私の主観なので当てにできないが、王子に向けたものよりも明るい笑顔を。
「お姉様。明日からの視察も、ご指導よろしくお願いします」
これからも妹と視察を『ご一緒できる』私に対して、コンラートが、第一王子という立場で許される精一杯の、恨みがましい視線を向けてくる。
いや、私を見るな。
そして、さっき前向きに『シナリオ通り嫌われてきているのでは?』と思って前向きになったが、今、後ろ向きになった。
……嫌われた方が、楽なのに。
妹が選ぶのは、私ではない。
そして私は、彼女の理想の姉ではいられない。
私は、"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の当主としての道を歩む。
たとえ愛しい妹のためでも、それだけは変えられない。
「……ええ。お姉様に付いて、学ばれるとよいでしょう。領主としては、優秀ですから」
とげがあるにせよ、珍しい褒め言葉だ。
しかし。
「……私は、引き継いだだけですわ」
「アーデルハイド嬢?」
私の声が力をなくしたのに気が付いたのか、声をかけてくるコンラート。
当主になったのに昔からの呼び方を変えないあたり、性格が悪い。
私はもう『令嬢』ではないのに。
歳もあるが、何よりも『当主』なのだ。
……でも、『悪役令嬢』という役名が示すように、私はまだ、小娘のままなのかもしれない。
「ヴァンデルヴァーツ家の先代達が育てた領地と、そのやり方を……」
――私は、このやり方しか知らなかった。
私は、間違っているのだろうか。
父を含む先代達は、間違ったことがあるのだろうか。
私を含む歴代の当主は、こんなことに悩んだのだろうか?
もう、聞けない。
父は、私が一人前になる前に、遠くへ逝ってしまった。
……なんで私は、弱音を吐いているのだ、よりにもよってこんなやつに。
「……引き継いだだけで、できるものですか」
コンラートは、弱みにつけ込んで嫌味を言ってくるかと思ったが、意外にもそうではなかった。
「庭師としての知識のない素人が、美しい庭園を受け継いだとして。それを美しいままに維持できるというのですか? ――過ぎた謙遜は嫌味だと言ったはずです、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツ」
……ああ、そうか。
「あなたは、ヴァンデルヴァーツ家の当主だ。先代から引き継いだ全てを、立派に……ええ、立派に守っている」
コンラートが、珍しく私に優しいのは。
「私は、そのやり方を認めたくない。ですが、その結果は認めざるを得ない」
彼もまた、私と同じだから。
私達は、一から何かを生み出すことはできなかった。
『恵まれた生まれ』だ。それを選んで生まれてこられたはずもないが。
私は公爵家の長子であり、彼は王家の長子だ。
爵位、そして王位の継承権は、よほど資質に疑問ありという判断が下されない限り変更されず、生まれの順となる。
そうやって私達は、未来を定められた。
生まれる前から、この身に流れる血に、道を決められていた。
優秀でないことでしか――お前のような出来損ないは要らないと言われることでしか、その道を外れることは許されない。
そして私達は……優秀だった。道を外れないで歩けるぐらいには。
私はこいつが嫌いだし、こいつも私を嫌いだろう。
多分、私達は、似すぎていた。
「……次期王と期待される方より、お褒めの言葉を頂けるとは光栄ですわ、コンラート殿下」
傷をなめ合うことさえ、許されない。
私達が与えられたのは、そんな立場ではない。
それでも。
「いずれ王となった暁には、あなたはあなたのやり方で、国を治められることでしょう。私は私のやり方で、臣下としてお仕えしてさしあげます」
ちょっとした社交辞令ぐらいは、言ってやってもいいだろう。
なお、私は断頭台行きの予定なので、この約束を守る気はない。
せいぜい苦労すればいいのだ、こんなやつ。
私の可愛い妹が苦労しない程度には、道を整えてやるが、そこから先は……私も知らない。
「義務と忠誠を。コンラート殿下」
「ええ、義務と忠誠を。アーデルハイド嬢」
レティシアが、珍しく嫌味抜きで笑い合う私とコンラートの顔を交互に見ると、呟いた。
「仲がおよろしい……」
「ないですわ」
「ありません」
そういう事実はない。