雪かき
私がレティシアから雪かき用のスコップを受け取り、雪かきを始めると、緊張した空気が緩んだ。
なにしろ重労働なのだ。当主とて人手である、と割り切ったのだろう。
通いの者達も、ぽつぽつと雪をかきわけて出勤してきたが、家が遠くにある者の姿は見えない。
乗合馬車はこの雪では無理だろう。期待しない方がよさそうだ。
とりあえず、いつ来客があるか分からない玄関周りに、薪や食料の倉庫など、必要な所を通れるようにする。
屋敷の前の道は、さすがに使用人達に任せた。
恥ずべきことはしていないが、当主自ら雪かきをしているのは、屋敷内の使用人達にならまだしも、あまり対外的に見せたい姿ではない。
もちろん、当家の使用人達に、当主のそのような姿を吹聴する馬鹿はいないと信じている。
当家は公爵家ということもあり、給料はいいし、待遇も悪くない方だが、なにより"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の異名を取る家だ。
……っていうのを、レティシアは本当に分かっているのか不安になる。
「まあ、こんなものでしょうね。――雪かきはこのへんにしましょう。屋敷内の仕事に差し障りが出ますわ」
ざくっ、とスコップを雪に突き立てて、私は雪かきの終了を宣言した。
みな汗だくで、息を切らしている。
私は、手袋をはめた手をパンパンと叩いて雪を落とした。
レティシアを見ると、額に汗が浮き、頬も上気してほんのりと赤い。
そういう顔も可愛い。
疲れているのは私も同じだが、なるべく涼しい顔を装う。
「皆、よく頑張りましたね。汗をかいたでしょう。朝ですが、入浴を許可します。順番に入りなさい」
使用人達の間に、戸惑いが広がる。
「それと、厨房担当に伝えて、本日の食事のグレードを上げてもらいなさい。酒以外は自由にしてかまいません」
控えめながらも、思わずといった歓声があがる。
よしよし。
「しかし羽目は外しすぎないように。休日ではないことは覚えておきなさい。『次』があるかは今日次第ですからね」
釘を刺しておくのも忘れない。
「――シエル。調整を任せます。万事、取り計らいなさい」
「は、アーデルハイド様」
シエルが綺麗に一礼した。
……なんで、汗をかいていないのかな。
しかも、いつものメイド服で。
彼女なら、ユースタシアの厳冬地域でも、一人でも生きていけそうだ。
「アーデルハイド様。使用人達が先に入浴するということで構いませんか? 清掃と共に……という形で」
「任せますわ。私は後で構いません」
シエルはもう一度一礼すると、使用人達の間に入り、細かく指示を出しながら、屋敷へと入っていった。
私とレティシアが、その場に二人きりで残される。
『みんな』と一緒に屋敷に入るのは、何かが違う気がした。
「っふう……」
レティシアが、息をついた。
セーターの胸元をつまんで、ぱたぱたと風を入れる。
もちろん肌が見えるようなことはないが、その仕草にどきりとした。
私の視線に気づくと、にこっとする。
「いい汗かきましたね」
「ええ、まあ、そうね」
頷いた。
身体を動かすと、もやもやしていた気持ちを少しだけ忘れられることがあって、今はちょうどそういう時だ。
最近、もやもやすることが多いせいもある。
レティシアは疲れているはずなのに、にこにこと笑顔を崩さない。
「……レティシア。あなたは元気ね」
妹は、きょとんとした顔になった。
「え、限界ですよ」
「いや、とてもそうは……」
「だって、真面目に雪かきしないと、明日から寝る所ないじゃないですか?」
「え?」
「私が前に住んでた家は、ちゃんと雪下ろししないと潰れそうだったんですよね。ほぼ廃屋だったので」
……ダメだ。シエルには悪いが、私に逃亡生活は、無理だと思う。
私に、この根性はない。
結局私がしてきたのは『訓練』だ。
『生活』だったレティシアとは、根本的に違う。
「それに、雪かきは割のいい仕事でしたからね。臨時なんで早い者勝ちなんですけど、娼館とか特に払いがよくて人気でした」
「れ、レティシア」
貴族令嬢が口にしていい場所ではない。
私は仕事柄、とある高級娼館の女主人とも顔見知りで顔パスだったりするけど。
「お姉様方が優しかったんですよねえ。『お嬢ちゃんが大人になって、食うに困ったらおいで』って」
それは優しさだろうか。
勧誘では。
レティシアが『店』にいたら、私は通い詰める……いや、金貨が詰まった袋を叩き付けて、身請けするところまで行きそうだ。
……もしかしたら。
あくまで、可能性の話だけど。
もしかしたら、レティシアの母親も――
「……お母さんも、『そう』だったんじゃ、ないか、って」
「…………」
私は、とっさに返す言葉を見つけられず、黙り込んだ。