妹の信頼
ヴァンデルヴァーツ家の当主ともなれば、その仕事は多岐に渡る。
私の判断が、時に一国の未来を左右する。
ゆえに、当主とは多忙な立場だ。
私は、ベッドで眠る妹に向けて「治れ~、治れ~」と念を送るのに忙しかった。
ベッドサイドの丸椅子に腰かけて、妹の寝顔を見ていると、自分の不甲斐なさが情けなくなる。
だから、何もできないのは承知の上で、それでもついていてやりたかったのだ。
せめて、目を覚ました時に、一人きりにならないように。
妹はよく寝ていたが、昼前に目を覚まし、私に付き添われてトイレに行く。
部屋に戻ったところで、レティシアが、ぶるっと身体を震わせた。
「ひえた……」
「一度着替えましょうか。クローゼット、開けますわよ」
「うん……」
古びたクローゼットから、厚手の寝間着と、大きめのタオルを取り出す。
世間では、お貴族様は常にメイドや使用人にかしずかれて、自分で着替えの一つもできないと思われたりしているようだが、そんなことはない。
それは、いつどのようにして生まれた貴族像だろう。
それはまあ、甘やかされて鼻持ちならないボンボンに、頭に砂糖菓子が詰まっていそうなご令嬢もたまにはいるが。
私達貴族は、『支配者階級』だ。
司るのは家によって違う。軍事であり、政治であり……いいや、全てが政治か。
戦争さえ、政治の一手段にすぎない。
それに、領地経営を行わない貴族など、よほどの貧乏貴族だけだ。
貴族に名を連ねているなら、何かしらの果たすべき役割を持っている。
自分で着替えもできないような貴族が、どこにいるものか。
特殊な趣味ならともかく。
多分、凝ったデザインの夜会用のドレスなどを着る際にメイドに手伝ってもらうのが、面白おかしく誇張されたのだと踏んでいる。
「着替えの間、部屋を出ていましょうか?」
「ううん……いい……」
彼女は首を振る。
そして、まだ熱が高く、ぼんやりとした目で私を見つめた。
「……下着も、替えていい?」
「え? ええ、もちろん」
頷いた。
「取ってくれる……?」
……熱が高いせいだろうか。
それとも……女同士として、そして姉妹として、私を純粋に信頼しているのだろうか。
「……ええ」
何かを試されているような気がしつつ、しゃがみこんで下の引き出しを開けて、下着を取り出す。
このあたりはシエルに任せた。護衛兼お財布として、買い物に付き添わせ、下着などは妹が望んだ物を買っていいと言っておいた。
妹の装いに興味のない姉を装いつつ、予算はあえて伝えていなかったが、もっと上等な物を買えばよかったものを。
……遠慮しているのだろうか。
戻ってくると、妹がベッドの上で寝間着を脱ぐ――脱ごうとした。
そしてネグリジュの袖だか襟ぐりだかが引っかかったらしく、動きを止める。
「……おねーちゃん、ひっぱってー……」
「はいはい。ほら」
苦笑して、袖口を引っ張って脱がせると――妹の白い肌が目に飛び込んできた。
寝間着を脱がせたのだから当然だが、半裸だ。
ぼんやりとした妹が、特に隠す様子もなく、私を見た。
「……背中……ふいてくれる?」
「ええ」
初めて見た妹の裸にどぎまぎしつつも、厚手のタオルを開き、汗を吸わせるように軽く当てて身体を拭いていく。
すぐに慣れてしまった。
今までそういう機会はなかったが、相手は病人で、もやもやした気持ちは全部、相手に負担をかけないようにという心遣いへ置き換わっていく。
背中を拭き終わったところで、妹が、のろのろと片腕を上げる。
察して、脇の下にタオルを当てて汗を吸わせた。
もう片方も同じように……したところで、妹が今度は両腕を軽く上げた。
「……レティシア?」
「前も……」
前?
……前?
一瞬固まったが、すぐに頭を振って、邪な思考を追い払う。
タオルを広げ直し、後ろから前に当てて――
ふよん、という未知の感触が。
人は、自分にはないものを欲しがると言うが。
柔らかくて、張りがあって……タオル越しに伝わってくる身体の一部分の感触は、同性でも魅力的だった。
つとめて、平静を装う。
幸いなことに、これは熱を出した妹の汗を、姉が拭いてやっているだけだ。
そもそも、体調の悪い相手に何を考えているのか。
女同士。女同士。
姉妹。姉妹。
それでも、大事な事を二回ずつ唱えて、邪念を振り払う。
「あ、胸の下も……」
そう言われてお腹を拭く。
胸とは違うが、それはそれで柔らかくて好き。
「そこじゃなくて……」
はて。
内心で首を捻った私の手を妹が取る。
導かれたのは胸の……『下』。
私が、あばらと呼ぶだろう部分だった。
「汗が溜まるから……」
そっかー。
胸に『下』があるのかー。
私にはない概念だ。
未知の衝撃にクールダウンしたので、豊かな胸を持ち上げて、重なって汗ばんだ所を拭くのも、冷静に行えた。
妹が背中を向けたまま、もそもそと新しい寝間着を着る。
そして、膝立ちになってごそごそと下着を替える。
後ろからの視線をまったく気にしていない。
とりあえず、着ていた服はタオルに挟むようにしまった。
後で洗濯室のメイド達に渡すことにする。
振り返った妹が、力のない様子で、しかし笑顔を浮かべた。
「さっぱりした……ありがとう、お姉ちゃん」
「……それはよかった」
私は、悶々とした気がしますけど。
特殊な趣味に走りそう。