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季節の変わり目



 ――妹は、風邪を引くことになっている。



 雪がちらつきはじめた。

 まもなく、ユースタシアに本格的な冬が来る。


 慣れぬ生活の中、懸命に努力する主人公は、体調を崩して風邪を引いてしまい、診察に訪れた、宮廷医師団の若き医師長に出会う――


 そういう筋書きで、そういうイベントだ。

 けれど。


 ……私は、ほんの少しだけ運命に抵抗することにした。


 正確に言えば、確かめることにした。

 実際、私が信じて断頭台への道を歩もうとしている運命とは、どの程度の力を持つ物なのか。


 存在さえ知らなかった妹。

 そして、数々の【公式ゼリフ】と共に進む、【イベント】。


 それらは、この世界が恋愛シミュレーションゲーム、【月光のリーベリウム】の舞台であり、この瞬間もストーリーが進んでいると認めるに足る証拠だ。


 ……ただ、違うところもある。


 演劇の舞台でも、たまにセリフを間違うことはある。セットの不備や、共演者のミスを、アドリブでなんとかすることも。

 私はそんな風にして、この物語をシナリオ通りに進めようとしている。



 ……もし抵抗すれば、どうなる?



 あるいは、私がストーリーを知らなかったとしたら。


 それは意味のない仮定かもしれない。


 私はもう、知ってしまっている。

 悪役令嬢として、腹違いの姉として、そこそこ重要なポジションでもある。


 でも、考えてしまうのだ。


 ――例えば、私がレティシアを迎えに行かなかったら?


 私が、自分の断頭台行きに抵抗することを決めていたら。

 腹違いの妹など、ただ自らの権力を脅かす『敵』と定めたら。

 ……刺客を差し向けて、闇に葬れば。



 この物語は、始まらなかったのだろうか?



 私は、そんな道は選べなかった。

 ――私の、妹だ。

 この世でたった一人きりの、可愛い妹だ。


 だから、ほんの少しだけ。


 これから私が辿る道が、ゲームのシナリオから外れる危険性が……彼女に危険が及ぶ可能性がどれだけあるのかを、確かめることにした。




「お姉様……これは?」

「薬草飴ですわ」


 朝食の後に、薄緑色の飴玉が入った、円筒形のガラス瓶をレティシアに渡す。

 効能はいくつかあるが、ざっくり言えば、のど飴だ。


「なんでまた」

「季節の変わり目ですから」




「お姉様、今日のお茶は変わってますね」

「こういうのもいいでしょう」


 昼食の後のお茶には、ハーブとスライスされた生姜が入っている。

 庶民の間でも定番で、貴族だからといって特に変わりはしない、風邪の予防と治療の定番にして王道。


「ちょっとからいけど、そこが喉によさそうですね」

「季節の変わり目ですから」




「……お酒? ですか?」

「薬草酒ですわね」


 夕食の後に、ことりと小さなグラスで出されたのは、濃い茶色のリキュールだ。

 市販もされているヴァンデルヴァーツ製の品で、ヤモリの紋章がラベリングされているのが目印の、ロングセラーだ。


 まっとうな領地経営と並び、ヴァンデルヴァーツ家の数ある財源の中でも、数少ない『印象のいい』財源でもある。


「……風邪の予防、ですか?」

「季節の変わり目ですから」



 ごめんなさい、季節の変わり目。



 妹が――主人公が――風邪を引くイベントがあるが、きっちり風邪予防をしても、やはり風邪を引くのだろうか? という疑問を抱いた。


 部屋は屋根裏部屋だが、『改装』の結果、階下の熱が伝わるし、寝具も上等だ。


 今は栄養状態もいい。

 風邪を引いてもおかしくはないが、引いて当然と言うほどではない。



 風邪を引かなければ、三人目の攻略対象である医師長と出会うイベントがなくなる可能性がある。



 運命が、筋書き通りに話を進めようとするなら、妹は風邪を引くだろう。

 そして、三人目の攻略対象と出会うだろう。


 ――運命が変わらない物なら、安心して話を進められる。


 もしも運命が容易に変わる物なら――少なくとも、【月光のリーベリウム】のシナリオを盲信はできない。


 流れる血が多くなるとしても、安易に首を差し出してやるわけにはいかないかもしれない。


 混乱が訪れるなら、可能な限りそれを未然に防ぎ、いざ事が起これば、速やかにそれを収めるのが私の……"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の役目。



 例外はない。



 ユースタシアに安寧を。

 それを邪魔する物を、全て排除する。


 それが、ヴァンデルヴァーツ家の理念。


 レティシアに幸福を。

 それを邪魔する者を、全て排除する。


 それが、私の信念。


 ……薬草酒を飲み干し、グラスを空にしたレティシアが、なんとも言えない表情になった。


 各種の薬草(ハーブ)が漬けこまれた蒸留酒は、独特の匂いがする。

 その分、予防・治療の効果は高めではあるが、味は保証できない。


 ユースタシアのことわざにいわく、「薬は苦くなければ意味がない」。

 確か異国にもよく似たことわざがあり、「良薬は口に苦し」だったか。


 実際、薬効を追い求めていくと味は犠牲になりやすい。

 この薬草酒も、まあ正直に言えばマズい。


 ……しかし、レティシアはなぜか微笑んだ。


 まさか、この味を気に入ったとでも言うのだろうか?

 だとしたら、味覚が予想の斜め上だ。


 レティシアが、私を見つめて、笑みを深くする。



「ヴァンデルヴァーツの薬は高いけどよく効くって、"裏町"でも評判でした。私なんかを気遣ってくださって嬉しいです、お姉様」



 妹の可愛さが、予想の斜め上だった。


 ……妹の可愛さが一番の障害なの、どうしたものか。


 ささやかではあるが、できることはやった。


 軽い風邪ぐらいなら、治ってしまうだろう。

 予防効果も、見込めるだろう。


 ……それでも妹は、風邪を引くのだろうか?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読んでから戻ってくると、季節の変わり目さんが可笑しくて……w
[一言] 行動原理の全ては愛する妹の為に! でも貴族としての責務も念頭に置いている立派なお姉さま。 たぶんシナリオは帳尻を合わせそうですが、簡単に破綻すると知った時にはどう動くのでしょう? はたまたシ…
[良い点] ああ、なるほど良い考えです!それに、たとえ風邪ごときても、病気は苦しい、そして可能性低くても命の脅威に成り得る。だから多分難しいだろうけど病気は出来る限りに防ぎたいモノだと思います。 レテ…
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