騎士達の噂話
食事を終えて席を立ち、部屋へ戻って帰り支度を……しようとしたところで、妹が足を止めた。
他のテーブルの方を、ちょいと指で示す。
「あの……お姉様。ちょっといいですか?」
聞き耳を立てていただろうユースタシア騎士団の騎士達は、さすがにもう天気を話題にするのはやめたが、今度は訓練日程の話しかしていない。極端な奴らだ。
朝食を終えても席を立たないのは、些細な話も聞き漏らさないためだろう。
娯楽に飢えている彼らにとって、珍しい出来事なのだ。
「……? ええ、まあ」
よく分からないながらも頷いた。
……のが、まずかったのかもしれない。
彼女は、騎士達の方に歩み寄ると、一礼した。
「はじめまして! レティシア・フォン・ヴァンデルヴァーツです」
そしてほがらかに自己紹介。
思わず隣のシエルと目と目で会話してしまった。
しかし、どうすればいいか分からず、固まる私達。
いや、メイドであるシエルはともかく、当主たる私は、方針を決めなくてはいけないのに。
静観を決め込むと言うよりは、対応が追いつかないでいる間に、レティシアは、なめらかに話を続けていた。
「こちらへは、お姉様と共に乗馬の練習へ来ていて……あいにくの大雨で、今日は中止になってしまったんですけど」
「そ、そうですか。それは残念でした」
妹に近い位置にいた、茶色い髪を短くした、数少ない女性騎士の一人が、席を立って一歩進み出て相槌を打つ。
ユースタシア王国は、軍に属する騎士・兵士の条件に、性別がない。
しかし圧倒的に女性比率が少ない男所帯なのは、鎧を着て剣を振るうことを思えば、仕方ないところもあるだろう。
さらに少数の女騎士達は、その多くが女性の王族や貴族の護衛に回され、彼女達は比較的安全な仕事を喜んだり、活躍の場がないことを憂いたり、騎士とは何だったのかを悩んだり、色々だ。
「はい。けれど、昨日騎士団長のフェリクス様と少しだけお話する機会に恵まれまして……また王城で、騎士団の方達ともお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
……レティシア?
妹の行動と、その意図が読めない。
それが、公式シナリオに沿っているかどうかさえ、分からない。
「……わ、我らでよろしければ……?」
ちら、と私を見る女性騎士。
私は無視を決め込んだ。
微妙な立場に立たされた彼女には、本当に悪いと思うが、不用意なことを言うのも怖いのだ。
「今日はこれで失礼します。――それでは、また!」
彼女達に軽く手を振って、私の元へ戻ってくるレティシア。
私達が食堂を出た後、背後で噂話に花が咲いたのが、きっちり聞こえてしまう。
「え、あれヴァンデルヴァーツの子よね!?」「昨日、白馬に乗ってた子だよな?」「めっちゃ気さくだったぞ」「団長狙いか?」「いや、ならわざわざ俺達に声をかけねーだろ」「なんか噂より仲良さそうだったね?」「飯を美味そうに食う子はいい子だ」「なんだそれ。でも分かる」――
……噂話は、もう少し、離れてからにしなさい。
でも分かる。
三歩後ろをついてくるシエルは聞こえているのだろうが、一言も発さない。
隣の妹は……多分聞こえていないのだが、ちら、と見ると、私をにこにこと見つめていた。
慌てて目をそらす。
部屋に戻って二人きりになると、私は妹に話を切り出した。
「レティシア。さっきはなぜ、あのようなことを?」
きょとん、とするレティシア。
「え? ……お姉様がおっしゃったんですよ?」
「私が?」
「『色んな者と話し、見聞を広め、知識を深め、人脈を繋げるのも貴族としての才覚です』――って」
……私か? 私が悪いのか?
メリットとデメリットを、頭の中で天秤に掛けるが、衛兵と同じで、騎士団員と親交を深めるのは、それほど悪い事とは思えなかった。
……衛兵といい騎士団といい、いつかの妹は、思いもよらない武力を動かせそうな気もする。
筋書き通りなら、武力は必要にならない――はずだが、未来はどう転ぶか分からない。
「……ええ、言いましたわね。もう少しすれば、自由に出歩けるようになります。そうしたら、騎士団とも交流なさい」
「はい!」
それは、もう少しだけ先の話。
ある程度ストーリーが進み、【プレイヤー】がゲームに慣れてきたら、行動範囲が広がる――いや、【アンロック】される。
それまでは、承認の儀のために王城へ行ったり、乗馬のレッスンのために郊外の牧場へ行ったりすることはあるが、それはあくまでも主人公の意志ではなく、定められた【イベント】だ。
それが、一部のイベント以外、自由に行動できるようになる。
そうして、この子は私の知らない所で、【攻略対象】達と会話して、時に選択肢を選んで、仲を深めていく。
私の、知らない所で。
私の、関われない所で。
……でも、この妹を屋敷の外に出して、大丈夫なのだろうか。
【公式イベント】に絡まない妹の動きが、読めない。
……いや、絡んでいても、読めないことの方が多い気もしてきたけれど。
とりあえず、騎士団から妹への好感度は上がったようなので、よしとしよう。