【騎士団長との出会い】
日が傾きつつある中、私はやきもきしていた。
二人目の【攻略対象】が、ここに来ているのは確定情報だ。
しかし……レティシアに絡んでくるのか? となると、不確定要素が多すぎると言わざるを得ない。
私は顔見知りではあるが、決して親しくはない。
『陛下への謁見直前』という、タイミングがシビアだった王子の時とは違い、今回は『乗馬の練習中』と、幅広い。
しかし、作中の細かな描写などから、時間帯は正にこの、日が傾きつつある頃だと予想している。
レティシアが、白馬の上から手を振った。
「お姉様! 見ててくれましたか? 一人で乗れましたよ!」
……見逃した!?
――妹の記念すべき瞬間を見逃したせいで、二人目の【攻略対象】への好感度が下がる。
いや、大事なのは、レティシアから彼への好感度と、彼からレティシアへの好感度であって、私絡みの物ではないのだが。
「少し目を離していたから……でも、一人で乗れるようになったのね」
近付いて、シエルから引き綱を受け取る。
「えへへ……。シエルさんと……お姉様のおかげです」
はにかむ妹の愛らしさに、ハートを射抜かれる。
私などを射止めても仕方ないのに、なんという笑顔の無駄遣いをする妹だ。
――視界の端に、銀のきらめきが見えた。
妹も同じ物が見えたようで、そちらを見た。
「あれ……は?」
「――ユースタシア騎士団ですね。訓練のために先日から、同じ館へ泊まっていると」
少し離れて見守っていたシエルが解説を入れる。
レティシアが呟いた。
「ユースタシア騎士団……」
騎馬隊だ。それぞれ馬に騎乗し、戦争用の全身鎧こそ着ていないが、要所要所を板金鎧で保護した普段使い用の鎧を着込んでいる姿は、見間違えようもない。
なにより、サーコートの胸元に刺繍されている紋章は、『一角獣の角の生えた面頬付き兜』。
ユースタシア王家、ひいては王国の紋章にもなっている一角獣の一部を戴くそれは、ユースタシア騎士団のみが掲げることを許された紋章だった。
全員、腰に長剣を吊り、鞍のくぼみに石突きを置き、肩に柄をもたせかけるようにして槍を担いでいる。
訓練からのお帰りだろう。
木の柵を挟んだ向こうを、無言で通り過ぎていく。
しかし、騎士達にちらちらと見られているのが分かった。
私の妹は大陸一の美少女だから、つい見たくなる気持ちには、姉として広い心で理解を示してやろうと思う。
そして、『彼』が私達の前で馬を止めた。
「――お前達は先へ戻れ」
……聞き覚えのある声。そして、見覚えのある顔だ。
一際馬体の大きな黒毛の馬を、その荒々しさを苦にせず易々と乗りこなしているのは、すらりとした長身の偉丈夫だった。
サーコートの胸元の紋章の兜に、赤い房飾りを追加されている以外は、他の騎士達と同じ格好だが、それでもひときわ体格がいいのが一目で分かる。
分厚い胸板に、鍛えられ、絞り込まれた四肢。西方の血が入っていると噂の濃い褐色の肌に、獅子のたてがみのように伸ばされた褪せた金髪。
右の眉と左の頬に刻まれた傷跡が、褐色の肌に白く浮かび上がる。太い眉を欠けさせている傷は目に近く、少しずれれば失明するところだったと言う。
幸いにも無事だった、光の加減で金色に見える薄茶の瞳が、私を見ると、不機嫌そうに細められた。
「アーデルハイド。ここでお前の顔を見るとは思わなかった」
「私も思いませんでしたわ? フェリクス――フェリクス・フォン・"リッター"」
もちろん、私は彼の顔を見ると思っていた。
騎士団の訓練予定があること、そして、その責任者に彼の名前があることを確認していたのだから。
彼は、"騎士"の称号を戴く、一代限りの貴族だ。
レティシアのような特殊な例を除けば、平民が貴族になる唯一の手段。それが、王国騎士団に入り、実力を認められ、上級騎士となること。
上級騎士となれば、平等に『フォン』の称号と"リッター"の姓が与えられ、本家の貴族には及ばないながらも、数々の特権が与えられる。
何よりも、その精強さによって有名で、ユースタシアの子供達の多くが――貴族・平民を問わず――憧れる。
それが、ユースタシア騎士団だ。
彼は、その騎士団のトップたる、騎士団長。
軍事に関しては陛下に次ぐ権限を持ち、領分は違えど立場の格でいえば、私とも拮抗する。
若いながらも、兵からの信頼は絶大。
女性からの人気も高いが、浮き名も流しているので、妹の相手としてどうなのかという気もする。
まあ、噂より真面目なのは知っているが。
良くも悪くも、女性を女性として見ていない。
女よりも馬が好きで、男友達とつるむのが好きで、身体を動かして何かするのが好きで――『デート』という名の馬での遠乗りに付き合わされ、お尻とふとももが死んだ令嬢達が、あることないこと言いふらした……というのが噂の真相だ。
私はヴァンデルヴァーツの当主として、噂の出所まで把握しているが、少し同情する気持ちもあるので放置している。
彼は噂に疎いし、騎士団員達は自分の団長がどういう男かよく分かっている。
というわけで、実害はない。
彼の評判や名誉までは、知ったことか。
いい方の噂というなら、やはりワイルド系のイケメンで、剣を筆頭に武芸に優れた騎士の中の騎士である……といったところだろうか。
個人的には、過大評価だと思う。
ユースタシア王国的には、まあ騎士団長がいい方向に噂されているのはありがたいことなので、放置している。
しかし、そういう噂に憧れ、貴族階級の中にも、家出して身分を隠して騎士団に入隊しようとするボンボンがいたりする。
大抵、そういう輩の捜索や身元調査はヴァンデルヴァーツに回ってきて、仕事が増えるから本当にやめて欲しい。
恩を売ったり、弱みを握るチャンスであるのも確かなのだが。
――彼との縁も、そういう仕事に由来するものだ。
騎士団の長として武力と名誉を重視する彼と、その武力の使いどころを考え、なるべく騎士団を使わずにすませようとして諜報を重視する私。
それはまあ、仲が悪いのも仕方ない。
個人的に仲が悪い王子とは違い、絶対的に立場が違うのだ。
「いい馬だな……いや、待て。お前が、引き馬を?」
太い眉がひそめられる。
「いったい誰だ?」
「妹ですわ。腹違いの、ね」
騎士団長が、納得顔になった。
「ああ、なるほど……」
彼は、柵に槍を立てかけると、ひらりと黒馬から飛び降りた。
その身のこなしは、さすが騎士団長と言うべき軽やかさだ。
「【お初にお目に掛かる。俺は、フェリクス・フォン・リッター。ユースタシア騎士団の、騎士団長だ】」
――自己紹介は、公式ゼリフ通り。
レティシアも、白馬から降りた。
何かあれば支えようと注意していたが、無事に草原に降り立つ。
今日、初めて馬に乗ったにしては、様になっている。
「……【はじめまして、フェリクス様。レティシア】・フォン・ヴァンデルヴァーツ【と申します】」
名字を名乗った以外は、彼と同じく公式ゼリフ通りの自己紹介を返し、軽く微笑むレティシア。
惚れられたらどうしよう……いや、それが公式シナリオである以上、確率は三分の一で、どうしようも何もないのだが。
そこで、妹が乗っていた白馬がレティシアの頬に鼻面をこすりつける。
それを見たフェリクスが、珍しく表情を和らげた。
……そう。私の頭の中の【テキストログ】にある、【白馬に鼻面をこすりつけられる私を見て、彼は頬を緩めた。】という記述通り。
この子の動きも、騎士団長の反応も、運命に規定されているのだろうか。
ならば、続く言葉も?
「【お前も、馬が好きなのか?】」
……来た。
【選択肢】だ。
これまでは、一本道。
王子と仲良くなりたいなら――実際は変な方向に行ったが――プレイヤーは、ただ物語を読むようにゲームを進めていけば良かった。
しかし、残りの二人は違う。
提示される選択肢を選ぶことで、違う反応を引き出すことができる。
複数回の選択があり、一度で決まるものではない……ようだ。
どの選択肢を何回選べばいいのか、絶対に選んではいけない選択肢があるのかなど、詳しい仕様は分かっていない。
まあ、基本的に『この人と仲良くなろう』と思えば、そちらを選ぶだろう、という内容だ。
ここでレティシアの選択肢は、二つ。
【1.「私は、それほど……」】と【2.「私も馬、好きですよ」】。
頭についている数字は、分かりやすいように、か。
要は、相手に歩み寄る姿勢を見せればいい。
そしてレティシアの答えは――
「【私も馬、好きですよ】」
――彼に歩み寄る物だった。
彼女は、確かに馬が好きなようだったし、自然な答えなのだろう。
リーリエも、レティシアに懐いていた。
でも、そうか。
レティシアは、彼のような男性が好みなのかもしれない。
……ほんの少し寂しい思いを抱えながら、続く騎士団長の言葉が【月光のリーベリウム】の通りなのか、固唾を飲んで見守る。
「【ほう? それは気が合いそうだ】」
――公式通り、だ。
そして、ちょっと微笑む。……私には仏頂面ばかり見せるから、新鮮だ。
レティシアも、笑顔を返した。
「美味しいですよね」
……レティシア?
その『好き』は、ちょっと違うのではなくて?