【王子との出会い】、テイク2
「……アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツ。あなたの『解決法』には、本当に品というものがありませんね」
「まことに申し訳ありません、コンラート・フォン・ユースタシア殿下。第一王子様より品のあるお言葉が頂ければ、違ったのでしょうが……」
嫌味で殴り合うと、王子は、気まずそうに視線をそらした。
悪いが、場数が違う。
彼は次期王として期待され、相応の教育を受けている。まあ……それなりに優秀なのは認めてやってもいいが、私は既に当主だ。
背負っている物の重みが、違う。
……しかし、あの場はレティシアを叱責し、王子の助け船に期待した方が良かったのではないか……という気もする。
妹の王子に対する……そして、王子の妹に対する好感度は……どうなのだ?
こうして、羽織りものを取りに来た控え室にまで押しかけてきたのだから、何かしら話したいことがあるのだろうが。
用件の前の挨拶代わりと言わんばかりに嫌味を叩き付けてきたので私も応戦したが、妹がいる時は、通常対応は控えるべきかもしれない。
そこで、レティシアが口を開いた。
「……申し訳ありませんでした、お姉様。あんな、みっともない真似」
「まあ、そうですわね」
頷く。
妹が目に見えて落ち込むが、事実だ。
まさか、あそこで転ぶとは思わなかった。
「けれど、あなたはヴァンデルヴァーツ家の令嬢です。あの場で笑う権利を持つのは陛下のみ。……我が家を敵に回す覚悟がおありならば、ですけれど」
薄く笑う。
私は、陛下からの信頼も厚い。
この『王子様』は、それがまた気に入らないようだが。
まあ、彼も、後……二十年もすれば、父王様の偉大さと……心労が分かるのではないだろうか。
長というのは、そういうものだ。そういうものなのだ。
綺麗事では守れない物を守るために、国家とはあるのだから。
「お姉様……」
こころなしか、きらきらした目で私を見てくるレティシア。
その、あまりに純真に私を慕う目が眩しくて、目をそらした。
……貴族としては、目をそらせば負け、なのだろうか?
「……それで? 殿下にあらせられましては、わたくしめのような信用のおけない輩に、いったいどのような用件がおありなのでしょうか?」
「あなたは、嫌味を挟まないと喋れないのですか?」
「鏡を見なさい、王子様」
こほん、と咳払いをする王子。
この、女ウケのいい王子の本性が、意地っ張りの腹黒と知っている女は、私ぐらいだろう。
私につられて、レティシアの前でも大分素を見せているようだが。
「あなたに用があったのではありません。レティシア嬢にです」
「妹に?」
この男が、女に興味を持つとは。
それはまあ、特定の女性を贔屓してはいけない、というのが王子の基本だ。
うっかり籠絡されれば、継承権がややこしいことになる。
子供が生まれでもしたら……「王族とは認めない」と言えばそれまで、と切り捨てるには、王家の血というものは価値が高すぎる。
他の国や、貴族に担ぎ上げられないとも限らない。
その王子が……興味を。
これは、脈があるのではないか。
出会いからシナリオが歪んでいたので、これはもう無理かな、と思い、個人的な好みもあって妹の恋人候補から外しかけていたが。
【攻略対象】の残り二人が、彼より明確に優れているということもない。
それに何より、選ぶのはレティシアだ。
三人の内の、誰かを。
「……改めて、謝罪を、と」
「謝罪?」
妹が、きょとんとした顔になる。
その顔が可愛かったので、この王子にも中々使い道があると、彼に対する評価をこころもち上方修正した。
「……あなたの姉を、悪く言いました。申し訳ありません」
頭を下げる。
王子が頭を下げるという意味は軽くはないが、ここは内々の場だ。
妹は、軽く微笑む。
「……ああ。それはもう、謝ってもらいましたから」
「ありがとうございます」
王子が顔を上げる――真剣な顔だった。
「ですが、私は、"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"などと呼ばれる家が、あってはいけないと思っています」
「はあ……」
キメ顔の王子に対し、気のない様子の妹。
「それは、国民の信頼を裏切る行為ですから」
ご立派なことだ。
対外的な言葉なら、合格点をやってもいい。
「コンラート様は、国民のことを、信じていらっしゃるのですか?」
「ええ」
彼は、一点の迷いもなく頷いた。
「本当に?」
「もちろんです。私は、この国の王族ですから」
レティシアが、わらった。
妹の……笑っていない笑顔は、初めてだった。
「……私達、"裏町"の住人のことも?」
「ええ」
彼は、再び力強く頷いた。
「……じゃあ、私はまだ、コンラート様のことを信じられません」
王子は、虚を突かれた顔になった。
妹が、温度の低い声で続ける。
「私達、"裏町"の住人の鉄則です。『知らない奴のことを信じるな』。……知りもしない相手を信じられる人の気持ちは、私には分からない、から……」
彼の視線が、こちらに向く。
こっち見んな、馬鹿王子。
私だって……妹がどんな風に"裏町"で生きてきたのか、よく知らないのだ。
最後の足跡は分かる。パン屋の下働きだ。
他に日雇いの仕事などもやっていたらしいが、詳細は不明。
目立った犯罪に関わった痕跡は、なし。
母親が何をしていたのか、いつ死別したのかさえ、分からない……。
これでも、分かった方だ。
【月光のリーベリウム】全編を通して、妹の過去は語られない。
必要ない、ということなのだろう。
彼女は『貧民街で苦労した』。その設定だけがあればいい。そういうことだ。
その運命を本当に負わされる少女がいるとは、見えざる劇作家は考えもしなかっただろう。
「……レティシア嬢。もしよろしければ、またお話を聞かせていただけませんか?」
「え?」
「あなたのことを……あなたの目と口を通して、民のことを知りたいのです」
真面目なのだか不真面目なのだか。
意地っ張りだが、国に対する責任感はあるのだ。
彼は、いい王になるだろう。……支えてくれる人がいれば。
特に、それが、庶民の視点を持った……それも最底辺の生活をよく知った伴侶だったならば。
彼は、いい王になる。
「……お姉様」
助けを求めるような視線を向けられる。
……まあ、悪くない話なのではないか。
彼は三人いる恋人候補……【攻略対象】の一人なのだ。
「好きになさい。様々な立場の者と話し、見聞を広め、知識を深め、人脈を繋げるのも貴族としての才覚です」
「見聞を広め、知識を深め、人脈を繋げる……」
レティシアが繰り返し、頷く。
「分かりました。コンラート様。王城でお会いしたら、またお話させてください」
「はい、喜んで。レティシア嬢」
思ったより、いい雰囲気に着地した。
……これも運命の力、なのだろうか?
まあ、うちのレティシアは魅力的だから。
それに、私のような『問題』も――
「……実は、私とアーデルハイド嬢は、婚約者候補だったことがあるのですよ」
「えっ!?」
「…………」
なぜ、それを、言う。