表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/159

父子漫才


 ……いや待て。

 妹の可愛さに惑わされてはいけない。


 このポジション、おかしい。おかしいよね。おかしくない? うん、おかしい。



 なぜ、どこぞのボンボンからのダンスのお誘いを断る際に、姉の腕を抱き寄せているのだ、この妹は。



 そんな風にしてくれるレティシアは可愛いけれど、その可愛さを、意地悪な腹違いの姉である私が、このポジションで味わえている現状は、おかしい。


 ……あ、断る口実……?

 "冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の当主を盾にしたと考えると、筋は通る。


 しかし、なんだかんだと気の強い令嬢方も多い貴族社会でも、あそこまで切れ味の鋭い断り文句は、なかなか聞けないレベル。

 一人でも、なんの問題もなく撃退できそうだ。


 そこに、男性の渋い声がした。



「――姿が見えないと思ったら、こんな所で何をしている」



 また知らない顔……いや、彼は知っている。とある伯爵家の当主だ。

 白髪の混じった栗色の髪にヒゲ。顔の作りは今ここで涙目で固まっているイケメンと似ている。


「父上……その、オレ……いえ、自分は、レティシア嬢にダンスの申し込みを……」

「馬鹿者! パートナーがいる相手にダンスを申し込む奴があるか! それも今日のような席で……」


 聞き捨てならない。

 妹のパートナー? 誰だ。


「それに、会場の端にいるペアに話しかけるなど、礼儀にもとる。休みたいだけでも、二人で話したいだけでも……そこに、初対面のお前が割って入っていいと思っているのか?」

「でも、父上。壁の花を誘うのは男の義務ではありませんか!」



「大馬鹿者! 恋愛小説と現実をごっちゃにする奴がいるか! ――あれは美しい幻想だ!!」



 言い切りよった。


 その力強さに、恋愛シミュレーションゲーム、【月光のリーベリウム】のシナリオ通りに物事を進めようと暗躍する、私の心に流れ矢がぶっ刺さる。


「しかし、父上は母上をそんな風に誘ったのが、なれそめだってのろけ」

「うちはうち、よそはよそだ!」


 父子(おやこ)漫才かな?

 口を挟む気にならないぐらいには面白かったので、これは顔と名前を覚えるべきかもしれない。


 父親の方が真面目な顔になって私達の方に向き直る。



「――せがれが失礼をしました、アーデルハイド様、レティシア様。……正式な謝罪が必要でしょうか?」



「いいえ。その必要はないわ。……私の妹が許すなら、ですけれど」

「大変ですね、お父様。あ、正式な謝罪などは不要です」


 にこにこと答えるレティシア。


「お二方の寛大なお心に感謝を。今後も教育して参りますので……」


 そう言って、息子の腕を掴んで、そさくさと立ち去るお父上さん。


 甘い対応だったかもしれない。

 ただ、私の父も、こんな風に苦労したことがあったのかな……と、思うと、なんだかあまり強くは出られなかった。


 私も、幼い頃……特にコンラート絡みでは、子供の喧嘩……で済ませるにしては、結構やらかした気もするので。

 第一王子って、いくら向こうが喧嘩を売ってきたとしても、相手が言ってきた剣の稽古という名目があったとしても、木剣で殴ってはいけなかった気がする。


 もう一つ、【継承の儀】でレティシアが転んだ時の気持ちを思い出したというのもある。

 あの時のレティシアに非は(それほど)ないが、身内を想う心は一緒だろう。


「父上ぇ……」

「情けない声を出すな! お前も貴族なれば、胸を張れ。後、もしもまた、お相手がいる令嬢にちょっかいを掛けたら、タダじゃおかんぞ」


 去り際の会話が、ヴァンデルヴァーツの地獄耳のせいで聞こえてしまう。

 だから、お相手って誰。



 ――そのまま舞踏会は、私達をよそに盛り上がっていく。



 妹が、今日はもう誰とも踊るつもりはない宣言をしたのが広まったのか、察せられたのか、それ以上、誰も壁際の私達に話しかけてくることはなかった。

 妙な真似をしてヤモリに睨まれてはかなわない、といったところか。


 たまにシエルに命じてお菓子や飲み物を持ってきてもらう。

 地下牢ではこんないい物は食べられまい。


 妹が何を話したかったのか分からないが、そわそわと周囲を気にしている。


 軽く肩を抱くようにして、ぽんぽんと叩いて安心させようとしたら、もっと挙動不審になった。


 あまり話が弾まない。

 私は、この後の流れが気になっていて、上の空だった。


 レティシアのドレス姿を目に焼き付けるのに忙しいのもある。


 そんな風に、ぽつぽつと話しながら踊りの輪を眺めていると、やがて時間は過ぎていく。


 間もなく、舞踏会は終わるだろう。


 宴もたけなわでございますが、というやつだ。



 間もなく、【月光のリーベリウム】が終わる。



 ここで、セーブしたい。

 ずっと、ここがいい。


 この瞬間がいい。


 ……でも妹は、この先に行かねば。


 彼女には未来がある。

 この先の道を、一番好きな人と共に歩む、輝かしい未来が待っている。



 私には、断頭台が待っている。



 運命を変えようとしなかった、私には。

 ……きっと、筋書きに文句を言う資格さえ、なかったのだ。


 運命のシナリオを超えられるようなストーリーを考えて、その道を自分で歩むだけの覚悟がなかった。


 失敗したら、これまでの私が大切にしてきたものと……妹の幸福が全て壊れてしまうから。


 私の道はここで終わるけれど。


 それでも。

 妹が幸せなら、それでいい。


 心の底から、そう言える。


 恋愛物語に差し込まれた、重苦しいイベントは終わった。


 疫病による正確な死者数は描かれないが……多分ゲームでは、もっと多かった。

 妹の尽力と、ちょっぴり私の暗躍で、被害はだいぶ抑えられたのではないか。



 さあ、終幕だ。



 ようやく、長かった物語の幕が閉じる。


「――コンラート殿下」


 私は一歩踏み出すと、ユースタシア王国第一王子殿下へと声をかけた。

 彼は今日のホストだ。そうそうたる顔ぶれの中、私を糾弾する先陣を切るのは、彼をおいて他にないだろう。


「……何か、私へ言いたいことがおありなのでは?」


 全部見透かしているぞと暗にあてこすりながら、水を向けた。


 ほどほどに抵抗するつもりだが、既に包囲網は閉じているはずだ。

 他ならぬ私が、『人体実験』の実態は提出している――平民の命に大した価値はないとでも言いたげに、包み隠すことなく。


「ええ。あなたとは、長い付き合いですね」


 彼がちょっと笑った。

 長い付き合いもこれで終わり。この嫌味ったらしい顔も今日で見納めかと思うと、せいせいする。


 彼は、こほん、と軽く喉を整えると、私をしっかりと見据えた。



「ユースタシア王国第一王子、コンラート・フォン・ユースタシアの名において。陛下の名代として、あなたに伝える言葉があります。ヴァンデルヴァーツ家当主、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツ」



 スキップできるなら、使い所はここだ。

 しかし実際はできないので、いちいちフルネームで呼ぶ長ゼリフも、レティシアが幸せになるプロセスだと思って、我慢してやろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 妹様がお姉様以外の相手と踊るつもりはない事は父子漫才以前から会場全体で概ね共有されていたように思うんですよね。 [気になる点] そんな聞けば誰でも知っている事を、国内外に目を光らせる家守の…
[良い点] ほのぼの親子? とても可愛がられてのびのび育ってしまった息子ちゃん、パパに助けられ危機回避。 きっとこの日のことを武勇伝のように自分の息子に語ったりするのかも。~私も青かった、あの姉妹に特…
[良い点] この姉、死刑執行前の最期の晩餐気分で、物事を見てはりますやん…。 そんな上の空なアーデルハイドさんに無意識百合タッチされて、挙動不審になるレティシア嬢との温度差よ…。 [一言] そん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ