独占の自由
「……レティシア? これは、なんの真似?」
「なんの……? と、言われますと?」
質問に質問で返された。
私は、自由にしていいと言ったはずの妹が、どうして身を寄せてくるのかが知りたいだけなのに。
「……私に、構う必要はないのよ」
「はい。必要はなくてもこうしますけど」
話、通じてるのかな。
「レティシア。――あなたは、自由にしていい」
本当は、【主人公】という役割さえ与えたくはなかった。
幸福を約束する代わりに、面倒なことも多い立場だから。
それは、【悪役令嬢】という役割も同じだ。
ストーリー上必須の嫌がらせが、気をつければ大したことないなあという、底の浅いくだらないものだったから引き受けただけで。
私の、可愛い妹。
傷つけたくない。
守りたい。
……そのやり方さえ、分からない。
【月光のリーベリウム】の運命を知り、その三年後に迎え入れるまで、公式には私に妹はいなくて、私は妹に対しての振る舞いを、何一つ教えられていない。
だから、私では……"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の当主、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツでは、妹を幸福にできない。
だから、運命に頼った。
ほとんど全てが、上手く行った。
彼女はもう、理不尽な意地悪に怯える必要はない。
当主である姉の顔色を窺わなくていいし、窮屈な思いをしなくていい。
籠の鳥でいる必要はない。
間もなく、【月光のリーベリウム】の物語は終わる。
大多数にとっての、ハッピーエンドで。
それを汚すことなど、【悪役令嬢】でも……いや、だからこそ、許せない。
ここまで演じてきたのは、何のためか。
私の妹に、幸福な未来を与えるためだ。
だから、物語が終われば妹は自由だ。
好きな相手と、幸せに暮らしました、めでたしめでたし……そんな風に過ごしていい。
「お姉様。――自由って、どんな選択肢を選んでもいい、ってことですよね」
「そうなるわね」
頷く。
「自由って、どこに居るかを選べる……自分が居たい場所に居ていい、ってことですよね?」
「……ええ、そうね」
一瞬迷って、また頷く。
"裏町"の住人だった頃のレティシアに、そんな自由はなかった。
たとえ"裏町"生まれだろうと、住む場所に関する決まりはない。――先立つ物がないだけの話だ。
彼女が、あの古屋敷……廃屋とか廃墟とか、そういう言葉が似合う建物に住んでいたのは、経済的な理由だ。
でも、もう違う。
妹は、好きな場所に行っていい。
意地悪な姉に構う必要など、ないのだ。
私が持っているのは財産と権力を伴う立場のみ。それもすぐ、妹の物になる。
妹は、じっと私を見つめた。
そして、頷いた。
「分かりました」
分かってくれたか。
「自由にしていいなら、私はお姉様の隣に居たい……です」
…………?
おかしいな。
言葉が通じない。あるいは、理屈が。
この妹は、何も分かっていないのではないか。
意地悪をしすぎたか……?
そのせいで、萎縮して、自由に振る舞えない……?
いや、自分で言うのもなんだが、正直、意地悪が足りていない方が心配だ。
それなら、妹が姉にくっつきたいのは、どういう理由がある?
仲良し姉妹になりたい以外に、何がある?
頭が可能性を提示し、心が理解を拒む。
だから目をそらすように、言い聞かせた。
「今日は舞踏会よ。……今からでも、好きな相手を選んで、踊ってくればいいわ」
「っ……お姉様! 私は――」
「――それでは、オレと踊ってくれないか?」
……誰だこいつ。
それが最初の印象だった。
栗色の髪のまあまあイケメンという以上の情報がない。
頭の中の貴族一覧を、辞書や図鑑を引くように調べ、まず当主ではないと確信する。少し考えても思い至らないということは、公爵家当主が覚えておくべき相手ではないのだろう。
「好きな相手を選んで踊ってくればいいと、当主様も言ってくださっている。せっかくの舞踏会なのだから――」
「誰ですかあなた」
言葉の途中で、食い気味に遮るレティシア。
実は妹の知り合いという線は消えた。
「私はあなたのことを知りませんし、お姉様と大切な話をしている最中でしたので、これ以上、邪魔をしないでくださると幸いです」
辛辣な物言いになんかどきっとした。
「それはこれから知ればいいと思わないか?」
フェリクスのキザな物言いもいけ好かないところがあると思っていたが、こいつと比べるとマシだった気がしてきたな。
「もしかして、ユースタシアの言葉が通じない方でしょうか? "裏町"でも言葉は通じるんですけど」
「え、いや……オレは、ユースタシアの貴族、で、伯爵家の……」
どこかの伯爵家の関係者らしいと分かったまあまあのイケメンは、しどろもどろになり始めた。
やはりコンラートは、面の皮の厚さだけは評価に値したな。
「ここに招かれた方、だいたいみんな貴族ですよね。それを聞いて、私にどうしてほしいんですか? 爵位を持ち出せばなびく女の子がいいなら、そちらを当たってくださいます?」
うちの妹にしてはかなり珍しい、冷たい目。
ヴァンデルヴァーツ家の次期当主としてやっていけるのか、少し不安だったが、これなら大丈夫かなと思えるほどだった。
ルイは、私にこういう冷たい視線を向けられてもなお口答えしてきて、さすが医師長という大任を背負っているだけはあると感心したものだが。
「私、まだまだ貴族のマナーに詳しくない新参ではありますが、あの誘い方が、タイミングから言葉の選び方に至るまで、あらゆる点でダメだということは分かります。それでもダンスのお誘いと仮定してお答えすると……お断りさせていただきますね。私はあなたのことを知りませんし、これから知るつもりもありません」
ぽんぽんとテンポよく叩き付けられる言葉の、あまりの鋭さに涙目になる、どこぞの伯爵家令息(仮)。
「それに」
それに……?
これ以上、何を言うつもりだ。
妹が、私の腕に身を寄せるようにして腕を絡めてくる。
恋人同士が、仲を見せつけるように。
「――今日はもう、誰とも踊るつもりはありませんので」
笑顔で言い放つ妹は、たいへん可愛かった。