焼きソーセージ
「焼き……ソーセージ?」
はて。
妹が指さした屋台の売り物を思わず声に出していたが、ごく普通だった。
ユースタシアにおける加工肉の代表である腸詰めソーセージ。
ソーセージが出てくることわざが複数あることからも、重要さが分かろうというもの。
庶民はもちろん、貴族でも食べる機会は多い。
種類も食べ方も無数にある中でも、串に刺されて売られている焼きソーセージは屋台の味、庶民の味だ。
実は以前から食べてみたかったが、機会がなかった。
シエルはきっと許してくれただろうが、貴族、それも公爵家であり、さらに"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の名で恐れられる家の令嬢としては、なかなか言い出せなかった。
なので、カミラの店をはじめとして屋敷以外でソーセージを食べたことはあるが、屋台では食べたことがない。
「私、買ってきますね!」
妹がだっと駆け出していく。
「レテ」
「行ってきます!」
振り返ってぶんぶんと手を振るレティシア。
可愛いが、なぜそんな急いで。
――まるで、果たさねばならない使命へ向かうように。
そんなにお腹が空いていたのだろうか、と思ったが、それも違う気がした。
前から、食べたかったとか?
妹の後を追ってゆっくりと屋台に近づくと、丁度、焼き網から焦げ目がついて、ぱつぱつになったソーセージが上げられるところだった。
屋台の店主は若い女性だった。金髪を後ろで束ね、白いタオルをバンダナのように巻いた姿は、ちょっとグレイフィールド連合王国の演習でお世話になった海兵達を思い出す。
額には汗。今日は秋らしい日だが雲が少なく日差しが強い。さらに、炭火の前となれば当然か。
手首にもタオル地の布を巻いていて、それでぐいと汗をぬぐった。
私がレティシアの一歩後ろに立つと、歯を見せた、快活そのものな笑顔を向けてくれる。
「ケチャップとマスタードでいいかい? どっちかだけでもいいし、苦手なら塩もあるよ」
「お任せします! ……お姉様もいいですか?」
「オススメならそれで……いえ、やはり、塩で」
彼女は頷くと、片方のソーセージに、並んだ小ぶりな壺からそれぞれケチャップとマスタードを小さじで取ってさっとかけた。
もう片方には違う壺から塩がぱらりと。
「はいよ。熱いから気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
「――お姉様、どうぞ!」
味違いとなった串焼きソーセージを両手に一本ずつ受け取ったレティシアが、片方を私に差し出してくる。
受け取るが、そういえばこの代金は。
「私のおごりです」
ちょっと嬉しそうなレティシア。
妹におごられるのは姉としてどうなのかとも思ったが、その笑顔を見ていると、それ以上何も言う気にはなれなかった。
「よかったら、そこのベンチを使いなよ」
一瞬迷ったが、厚意に甘えることにする。
店員と客ではあるが、それ以上の裏表のないストレートな思いやりは、我が家のような貴族家の当主にとっては貴重だ。
妹は歩きながら食べられるもの――とかなんとか言っていた気もするが、まあ急ぐこともあるまい。
私がベンチに腰かけると、レティシアが隣に座った。
ちら、と妹と視線をかわす。
示し合わせたわけではないが、同じタイミングでかぶりついた。
焦げ目がついて皮が弾ける寸前の、ぱつんっ、とした感触が心地よい。
閉じ込められた肉汁がじゅわっと染みる。
塩加減も絶妙だ。
もう一口かぶりつき、一つ頷く。
妹を見た。
「レティシア。そっちのも一口貰えるかしら」
「……え!?」
なんとも幸せそうにソーセージにかぶりついていた妹が、目を見開いて、ばっと向き直った。
「お姉、様?」
「嫌ならいいのだけど」
ぱちぱち、と忙しくまばたきしていた妹が、キリッとした顔になった。
「いいえ! 嫌なんてことはまったくもってこれっぽっちもありませんから、残り全部どうぞ!」
半分ほどが食べられたソーセージをぐい、と差し出してくるレティシア。
串を避けて、中ほどからかぶりつき、ちょっとずらす。
そこで髪が乱れたので、軽く手で押さえた。
「んっ……」
ソーセージを串から引き抜いて、口の中でゆっくりと味わう。
ケチャップの甘み、マスタードの辛みという相反する二つを、両方に共通する酸味がよくまとめている。
それは定番の組み合わせだが、両者のバランスが絶妙だった。
「……なるほど。いい味ね」
ソーセージを串に刺して焼いただけ、というシンプルな料理だし、焼き加減や調味料の加減では、そうひどく味は落ちないだろう。
ただ、旨みを最大限に引き出している。いい腕だ。
「あの……お姉様。その……私、も」
と、そこで妹が要領の得ないことを言ってきたので視線を向ける。
妹の視線は、私のソーセージに向けられていた。
「ああ」
自分の串に半分残った、まだほかほかの焼きソーセージ(塩)を彼女の口元に差し出す。
「ほら。残り食べなさい」
レティシアの分を取ってしまった。同じだけを渡すのが筋というものだろう。
「本当にいいんですか?」
「……? ええ……?」
何が本当にいいのかよく分からないが、とりあえず頷いた。
なにやら意を決した様子のレティシアが、差し出した串焼きソーセージに私と同じようにかぶりつく。
彼女の金髪がはらりと頬に掛かりそうになるのを軽く手で払って、ちょいと耳に挟んで留めてやった。
「んっ!?」
レティシアが目を見開く。
味の違いや、違う調味料でも共通するレベルの高さに、思うところがあっただろうか。
串から引き抜いて、もぐもぐとするレティシアの喉が、ごくん、と鳴った。
私は、彼女が何かを食べているのを見るのが好きかもしれない。
食べ終わった妹が、串を持ったまま握った両手を自分の目元に押し当てた。
そして、絞り出すように言う。
「美味しいけど、もう何がなんだか分からない……」
私も何がなんだか分からない。
挙動不審な妹を眺めていると、屋台の店主が呟くように言った言葉が耳に入る。
「仲がいいねえ……」
仲が、いい。
「っ……これ、は!」
思わず立ち上がる。
仲がよくていいはずがない。今日のデ……出かけるのは私の中でノーカンということにしたが、それはそれ、これはこれ。
悪役令嬢としての一線は、死守する必要がある。
「違う味に興味があっただけで!」
言い訳だが本当だ。
が、さっき自然に振る舞った様子を思い出すと、明らかに判定は黒。
これはあれか。ヴァンデルガントのマスチップスあたりで一度例外を許したからか?
「味の分かりそうなお客さんは怖いねえ。でも、あんな美味しそうに食べてくれると、お姉さん嬉しいよ」
あはは、と笑う女性店主。
彼女は笑いながら続けた。
「恋人同士みたいだね」
「そう見えますか?」
「姉妹です」
金髪の女性店主が笑いながら手を上下にひらひらと振る。
「よく似てるから分かるよ」
明確な共通点は、青い瞳ぐらい。
それとてもユースタシアではそう珍しくない。
髪の色も、身長も……体型も、違う。
それでも似ているのは、私達が父を同じくするから。
母も同じくしていればよかったなと思う時もあるが、それは今の彼女には関係のないこと。
私達は、こういう風にしか出会えなかった。
そして私は……運命に従うしか、できない。
他の道なんて、選べない。
知らない道なんて。
今日、妹と出かけたのが、シナリオの中でどういう扱いになるか知らないが、きっと辻褄は合うだろう。多分。
「……もう行きますわよ」
「あ、はい」
レティシアに手を差し伸べると、彼女は私の腕に軽く力を入れて立ち上がる。
そして、腕にそっと掴まるように寄り添った。
私は、女性店主に視線を向ける。
「――良い腕でした。焼き加減も味付けも。……立場は明かせませんが、条件は違えど高級店にも劣らないと保証して差し上げますわ」
「だいたい立場の分かる物言いだねえ……」
ちょっと目をそらす。
まあ、貴族ということぐらい察しているだろう。
「でも、嬉しい保証だ。姉妹仲良くね」
「はい!」
レティシアが店主に手を振って別れる。
どいつもこいつも、姉妹揃ってだの仲良くだの。
どうして、そんなことを言うのだ。
――私に、できもしないことを。
……今だけしか、許されないようなことを。
どうして。