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屋敷の図書室

挿絵(By みてみん)


 ヴァンデルガントから王都へ帰宅してから数日後、私はヴァンデルヴァーツ家の屋敷の図書室にいた。


 印刷技術の向上により本は少しずつ安くなっているが、まだまだ高価だ。

 今もって庶民の間では貸本が一般的。しかし貴族となれば事情も違う。蔵書数はすなわち家の格に繋がる。


 ゆえに、まだ本が著者の直筆と写本しかなかった時代から、貴族は高価な本を購入するパトロンとなり、その時代の最高水準の知識を蓄えることを誇りとした。


 ただ、我が家は客を屋敷に招いて自慢するような機会がないので、控えめだ。

 それでも専門的な知識は必要で、我が家ほどの格でもいちいち教師を招いてもいられない。


 その時々の必要性と歴代当主の趣味で、蔵書のコレクションは増えていた。


 後の【イベント】では、レティシアが本の記述を元に行動するシーンがあるが、これかな……という本も書庫から見つけて、妹の目につきそうな目立つ位置に置いてある。


 ――いつから、そしてどこまで、【月光のリーベリウム】の設定が根を張っているのか。



 それはさておき、ここはお気に入りの場所でもある。



 長机に、一人掛けの布椅子、二人掛けのソファーなど、図書室奥の読書スペースは居心地良くデザインされている。


 直射日光は本の天敵のため、いつもはカーテンも閉められ全体的に薄暗い図書室だが、カーテンを開けると窓からの光が柔らかく降り注ぐ。

 天気のいい日はそこで本を読んだり、時には物語を読む手を止めて、うとうとするのが好きだった。


 蔵書整理がしやすように部屋は広く、本棚と本棚の間も大きく取られている。

 扉を開けて図書室に入ると、薄暗い本棚の間を抜けて、奥へ向かった。


 レティシアがいないのは確認済み。



「おや、アーデルハイド様」



 しかし、シエルがいた。

 メイド服を一分の隙もなく着こなし、長机に向かって本を読んでいた彼女は、私の姿を認めると立ち上がった。


「シエル。今日は休暇だったかしら」


「いいえ、休憩時間でございます。何かお探しですか?」

「ええ、ちょっと小説を」



「――レティシアお嬢様も、何かお探しですか?」



 シエルの言葉にばっと振り返ると、図書室の入り口には、いつもの赤いジャンパースカートに白いシャツ姿のレティシアがいた。

 目が合うと、ぱあっと輝くような笑顔になる。


「お姉様! 図書室でお会いするのは初めてですね」


 なるべく鉢合わせしないようにしていたから。


「お姉様が図書室に入って行かれるのが見えたので……」


 なるべく鉢合わせするように動かれたのか。


「図書室を利用するのは良いことです。知識を蓄え、知恵を磨きなさい」

「はい、お姉様」


 神妙な顔で頷くレティシア。


「……でも、今日は小説を読みたくて来たんです。古い本は難しい言い回しも多くて、なかなか……」


 私も、同じ目的で来たのだとは言いにくかった。


「まあ……そういうところから書に親しむのも大事なことです」


 実体験だとも言いにくかった。


 妹は性格が良くて人当たりが良く、現時点でどこに出しても恥ずかしくはないが、その上で、教養も兼ね備えた立派な貴族になってほしいので、今は、いじわるをしないことにする。


「ありがとうございます、お姉様。――この図書室、恋愛小説が充実してるんですよね」


 妹の何気ない言葉。


「前から不思議だったんですけど」


 予測される言葉に、内心でびくっとして、固まった。

 レティシアが続ける。



「誰が選んで購入しているんでしょう?」



 私ですよ。


 妹の疑問は予測通りだったが、とても答えにくい。

 当家の図書室において、恋愛小説が充実しているのは単なる現当主の趣味だ。


 ジャンルに少しばかり偏りがあることを差し引いても、貴族の趣味としてはごく普通の部類。

 しかし、【悪役令嬢】の趣味としては少々……外聞が悪いのではないか。


 真実を、いかに神秘的なヴェールで覆い隠すか、知恵を振り絞る。


 もちろん、そんなものはなかった。


 思わず、ちら……とシエルを見てしまう。



「――当家の図書室は、私と執事長で管理しております。娯楽本の類などは、おおむね私が」



 シエル……!


 レティシアが来てから、仲良くしようとしてくる妹の件で、(心の中で)助けを求めても、さっぱり助けてくれないことが続いたが。

 さすがはシエル。さらりとした助け船を出してくれた。


 基本的にはシエルに頼んで、街の本屋で買ってもらっているのだから間違いではない。


 子供の頃、まだ私に外出の自由がなかった頃はお任せで見立ててもらっていた。自分で選べるようになった今でも、自由な購入許可を出している。

 当時の当主であった父から自由な行動の許可を得てシエル同伴で街へ行けるようになってからは、一緒に選ぶこともあった。

 妹が来てからは、そういえば本屋にも顔を出していない。


 レティシアが装丁も真新しい、表紙を見せて並べられている本に近寄って、一冊を取り上げた。

 水色の布装丁に、金文字で刻印された署名。同じく金で刻印された蔦が四隅を飾る、美しい職人技によって魂が込められた装丁だ。


「特にこのシリーズが好きなんですよね。『女当主とメイド』シリーズ」


 あ! 水色の装丁がトレードマークのそれは、私も好きな――



 ……女の子と女の子が恋愛する話だ。



 妹の前で、それを一押しと言えるはずがなかった。


 十年近くになるロングセラーで、当主就任前から読んでいる。

 特に私はユースタシア広しと言えども数少ない、この本に出てくる女当主視点で、我が事のように思いながら読んでいる読者だと自負している。


 貴族描写が正確とは言い難い割にメイド仕事の描写が丁寧なので、貴族家の元メイドが書いているのではないか。


 しかし逆に、貴族の描写を正確にするのは無用なリスクとして、あえて避けているのだとしたら……? とも思う絶妙さでもある。


 が、そんなのはどうでもよくなるほど、女当主が年の離れた年下のメイドを愛でる様が素敵な本だ。


 『女当主』という言葉の響きだけで買ったら、思わぬ内容だった思い出がある。


 私とシエルと歳が逆だったら、似た立場だったかもしれない。

 シエルとそういう風な関係になったら……と妄想したこともあった。


 今は、メイドでこそないが、貴族家にやってきた女の子――ということで、ちょっと立場が似ているレティシアで妄想してしまって、罪悪感を抱いたりする、罪作りな本でもある。


「……シエルさんも、こういうの……好きなんですか?」


 どきりとする。

 このシリーズは、初めは私が店頭で買い、以後は、平均して一年に一度ほど出る新刊を予約し、シエルに買いに行かせている。


 シエルも読んでいると思うが、なんとなく内容が内容なので、この本に関しては感想を話し合ったことがなかった。

 改めて考えてみれば『女当主とメイド』ということは、シエルはシエルでメイド側として妄想できるような舞台設定なのだ。


 もしシエルが、私の好みではないと答えたら。

 ――なぜシリーズ全巻揃っているのか? という疑問をレティシアが抱く可能性は高い。


 果たして彼女は、どう答えるのか……。



「――ええ。心情描写が巧みで、シリーズ初期の頃から応援しています」



 ……シエル……!


 ぱあっと雲間から光が差し込んだようだった。

 これが従者としての忠義か。まさしく当主補佐の鑑としか言いようがない。


 報いるためにも、遺言状を書いておこう。

 生まれた時から、長く忠実に仕えてくれた使用人に向けた遺言状の一つや二つ残っていても、おかしなことはない。

 ……いや、二つ残っていたらダメだな。遺産相続争い(トラブル)待ったなし。


「シエルさんは誰が好きですか? 私はメイドの子が好きで」

「全員好きですが、強いて言えば女当主でしょうか」


 レティシアが手を合わせて、声を弾ませた。


「それも分かります! 余裕たっぷりに見えて、段々と当主の仮面が剥がれていくのとか」

「ヒロインのメイドが、最初は仕事と割り切っていたのに、段々と女当主個人に惹かれていくところもいいですね」


 ……感想を言い合うの、楽しそうだな……と、ちょっと嫉妬してしまった。


 そこでレティシアが、笑顔を私に向けてきたので面食らう。



「お姉様はどんなところが好きですか?」



「……いや、なんで私が好きだと決めつけていますの」

「あ……お読みではなかった、でしょうか」


 しゅんとするレティシア。


「一応は読んでいますけどね」


 一応と言ったが、割とがっつり読んでいる。


「やはり、気になる登場人物を挙げるならば、女当主ということになるのかしら。でも、ついユースタシアに当てはめて考えてしまって」


 あくまでどこかの国、いつかの時代という体だが、全体の雰囲気はだいたい現代のユースタシア王国なのだ。


「貴族家の当主ともなれば、家を存続させる義務があります。かつては、女同士の婚姻も政治的理由により存在したようですが、養子や兄弟姉妹との間で爵位継承権に関しての争いが激しかったことを思うと。まして、相手が年下のメイドという立場も考えると身分の問題も大きいですわね。愛人のように扱いたいわけではないと女当主本人も明言していますが、現実的にはそうなってしまうのではと……」


「……具体的ですね?」

「思ったより、リアルにお考えでした」


 レティシアとシエルの言葉に、はっと我に返る。

 つい。



「この二人なら、きっと大丈夫ですよ」



「何を根拠に」

「どんな時でも、きっと二人なら」


 にこ、と微笑むレティシア。


 二人なら。


 目をそらして、違う本を手に取った。

 一人用の布張り椅子に向かった私の袖がつまんで引かれる。


「なに?」

「お姉様。一緒に読みませんか?」


 はて。


「……ええ。まあ、同じ部屋で読みますわね?」


 部屋に戻って読んでも良かったのだが、妹がいるからと、図書室での読書の予定を変更するのは負けた気がする。


「そうではなくて」


 最近、妹の言葉の意図が読み取れないことが多くなってきた。

 今度は何を言うのかと、どきどきする。



「あちらのソファーで、二人一緒に」



「……は?」


 今度もまったく読めなかった。


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[良い点] 〉しかし、【悪役令嬢】の趣味としては少々……外聞が悪いのではないか。 悪役令嬢(役割(熊殺し切り込み令嬢騎士(公爵家当主)))が、なんか言ってる。 …しかし過積載だな、属性…。 [気…
[良い点] 以前より気になっていたアデルの本棚! さすが公爵家、図書室でしたか 本棚を見ればその人となりがわかるといいますが レティシアの指摘にギクンポとするとこが可愛い [気になる点] >『女当…
[良い点] 相変わらず妹ちゃんの押しが強くて良きかな。壁になりたい。 [気になる点] もしてかして:モザイクの意味が無い(ハートマークの数は誤魔化せないでしょ) [一言] メイドの仕事には詳しいけど貴…
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