妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す
――私は、【悪役令嬢】だ。
……と、誰かに言われたわけではない。
しかし、私はある日突然、そう悟った。
この世界は、【月光のリーベリウム】という名前の恋愛シミュレーションゲーム……演劇のような何かの舞台になっているらしい。
これから何が起きるかを、私は知ってしまった。
この世界には、【主人公】がいる。
それは、私の妹だった。
……存在も知らなかった、腹違いのいもうと。
これから、物語が幕を開ける。
妹は、私が当主を務めるヴァンデルヴァーツ家の公爵令嬢という貴族籍を得て、恋をして、恋人と共に、この国――ユースタシア王国に訪れる災厄に立ち向かう。
そういう、筋書きだ。
今まで何度見たか分からないような、王道の恋物語。
少し変わった点があるとすれば、妹が誰と恋をするかは、筋書きで決まっていない……というところか。
候補は三人いるようだが、その中の誰と恋仲になるかは、主人公――プレイヤーというらしい――が選べるようだ。
恋愛シミュレーションゲームとは、自分が主人公になった小説を読んでいるようでもあり、参加型の演劇のようでもあり……馴染みがない概念なのでよく分からないところもあるが、とりあえずこの世界を貫く運命のような何かがあるらしい、と解釈した。
私は、その物語の中で、処刑されることが決まっていた。
私に与えられた役は、『いじわるな腹違いの姉にして、人の優しさを解さぬ高慢ちきなお嬢様』なのだ。
なんでも、妹に意地悪をした結果、断頭台に送られるらしい。
私が処刑された後、妹はヴァンデルヴァーツの当主となり、次期国王たる王子に、兵の信頼も厚い騎士団長、誠実な宮廷医師団医師長など、そうそうたる顔ぶれの中から誰か一人と添い遂げ、めでたしめでたし……という筋書きだ。
まず私は、自分の配役が、かなり悪いことを理解した。
しかし単純に考えれば、妹に意地悪をしなければいい。
不思議な気持ちだが、私は妹の存在を知った瞬間……彼女のことを、大切に思ってしまっていた。
運命の何かしらが、私に働きかけていると言われたら信じる。
しかし……運命を万能とするなら、私の性格から弄ればいいだけの話。
そもそも未来を知らせる必要などない。
私が、自然にそうするだけの下地を整えればいいだろう。
運命とは、その程度のものなのだ。
私が妹に意地悪をする? ――腹違いとは言え、仮にも血の繋がった妹に、そんなことをする理由がない。
……しかし、理由があれば?
私が意地悪をすれば。
ゲーム通りに、運命の筋書き通りに、話を進めれば。
そうしたら、妹には幸福が約束されているのだ。
それこそ、物語の主人公のような幸福が。
私は、運命に抵抗しないことを決めた。
私には、妹がいる。
そう思うと、なんだか毎日が楽しかった。
――自分は、なんのために生きているのか?
よく、物語や詩の題材にもなっている問いだ。
私は、その答えを知っていた。
ヴァンデルヴァーツ家のため。――国のため。
それだけだ。
ヤモリを紋章に戴くヴァンデルヴァーツは、一匹の家守。
壁に張り付き、この国の暗部に目を光らせるのが仕事。
平たく言えば、国家公認の裏稼業だ。
母は私が幼い頃に亡くなった。
父も、私が十八になってまもなく亡くなり、私が当主を継いだ。
妹の年齢は私の六つ下の十六歳で、彼女が生まれた頃には母は生きていて、それを思うと父の浮気が原因で生まれた妹ということで、なんだか複雑。
でも、妹は可愛いのだ。
私は彼女の物語を――【月光のリーベリウム】のシナリオを――知っている。
……うちの妹は、めっちゃ可愛い。健気で、優しくて、愛らしくて、根性があって、行動力もあって――うん、さすが主人公。
彼女のような人間は、幸福になるべきだ。
そうあるべきだ。
これから、この国に試練が訪れる。
けれど、ほとんど全てが、上手くいく。
ああ、たった一人、順当に恋愛話が進んでもつまらないと思ったのか配置された、意地悪をする姉を除けば。
運命に従えば、全てが、上手くいく。
私が見た物語を、本当にする。
私の妹に、幸福を贈る。
――幼心に大好きだった母の血は継いでいないなど、少しも引っ掛かるところがないと言えば嘘になる。
前当主たる父は厳しく、当主としての仕事に明け暮れていて、仲が良かったとは言えないし、浮気の事実を知ってしまえば、やっぱりなんだかなあという気持ちもある。
でも、私のたった一人の、血を分けた妹だ。
私が怖いのは、運命の筋書きに従えば、断頭台で首を落とされること――
ではなかった。
ただ、全てが妄想かもしれないのが、怖かった。
私にはもう、誰も血を分けた家族はいなくて。
定められた通りに、家のために生きるだけで。
こんな、いやに手の込んだ妄想を抱いて、それを心の支えにしているかもしれないことが、怖かった。
でも、運命は物語を始めた。
私が自分を悪役令嬢と悟ったのは、三年前の話だ。
そして、三年後の今日、目の前に妹がいる。
貧民街の一室で、ヴァンデルヴァーツの紋章たるウォールリザードが刻印された懐中時計一つを手にして。
この瞬間から、【月光のリーベリウム】は始まるのだ。
全ては、妄想ではなかった。
その時の私が知り得なかった情報は、全て真実だった。
ゲーム内で日付の表記はなかったが、年齢と、オープニングの【冬が迫る頃】という記述から、そろそろだと思っていた。
……これで何も起きず、雪が降って冬が来ていたら、私の心が冬景色になってしまうところだった。
「【――私は、ヴァンデルヴァーツ家の当主、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツですわ】」
私は、定められた【ゲームテキスト】を喋る。
ちょっとだけ、イベントに臨んだら勝手に口が動き始めて、定められたセリフを喋り出す――とか、それ以外の言葉を喋ろうとしたら口が開かない――なんて超常現象を期待したが、特にそういうことはなく。
そういうのを詳しく試すのはまた今度にして、自己紹介はゲーム通りに済ませることにした。
妹の自己紹介も、ゲーム通りに聞きたかったのだ。
「【はじめまして、レティシア……です。……お姉ちゃん】」
抱きしめたらダメかな?