いかずちサボテン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ちぇー、ティショットうまくいったと思いきや、傾斜に流されてラフ入りとか勘弁願いたいよ。
しかも見た? あの目の前の松の木だかの形。ご丁寧に両腕広げる形で軌道をさえぎってくれちゃって。ギリギリ抜けたからいいものの、一歩間違えば跳ね返っての大惨事だったぜ?
――なんで、おとなしく横に出す道がなかったのか?
いや~、ゴルフはあがってなんぼだぜ?
パー4やパー5で一打払う真似してたら、俺の腕じゃボギー以上の確率が高すぎるっての。意地でもパーオン狙いで、グリーンめがけていくしかないでしょ。
まあ、結果が飛びすぎてグリーン奥なんだが。うーむ、OBは遠かったけれどバンカー入りは免れないかねえ。
ふー、あがってみればスコアも100打ギリギリか。でも30オーバーを切れるあたり、ちょっとは腕が上がってきたんじゃないか?
まったく、最後のあのスタイミーからのダボがなきゃ、もうちょい縮められたのに……残念だ。
つぶらやはほかにも見たことないか? 奇妙なかっこうを見せる、自然物の姿をさ。
実は俺、昔にもそのことで奇妙な体験をしたことがあんのよ。聞いてみないか?
大雨の翌日の教室は、昨日の雷のことでもちきりだった。
俺も光が走る瞬間を見たんだが、学区内にある木の一本に雷が落ちたらしいのさ。
家の近かった奴の案内で、放課後にその現場へ向かった、俺を含めた有志たち。
あれもまた松の木だったが、これが見事な食らいようなのよ。てっぺんから根元に至るまで、真っ二つになっているのさ。
飛び道具のパチンコみたいに、見事なYの字を作る裂け目。そのふちはあまさず黒く焦げ、あたかも鋭く熱い刃物を打ち下ろされたかのようだ。
確かに昨日は、すさまじい雨の降り具合だった。まともに火が付かなかったのも、無理はない。
けれども見た限り、この裂け目以外の枝一本に至るまで、焦げの姿はなかったんだ。それが俺にはどうも奇妙なものに見えてしかたなかったんだ。
みんなが解散した後、俺はひとりだけでこの松の裂け目をのぞきこんでみたんだ。
何度も、幹の内側と外側を見比べてみる。地上に見えている幹の部分より、深くまで穴が掘られている。それでもせいぜい数十センチ程度の深さではあるが、そのくぼみとなった部分に姿をのぞかせているものがあったんだ。
小さな小さなサボテンだ。
俺の手のひらにも満たない大きさの丸型サボテンが、地上のあらゆるものから隠れるようにして、松の木の深くにうずまっていたんだ。
これほど間近でサボテンを見るのは、初めてだ。雷の後で誰かがここに埋めた、としか考えられない。
触ってみようと、つい手を伸ばしかけて気づいてしまう。
この丸型サボテンのてっぺんに、一筋の切れ込みが入っている。豚の貯金箱などが持つ、お金の投入口のように、丸い頭部にそって一閃だ。
しかも、俺が見ている前で少しずつサボテンの裂け目が、広がっているように思えたのさ。セミがぬけがらを残すときのように、ゆっくりゆっくりとな。
――このサボテンも、何かしらの役目を果たそうとしている。
そう思うと、手を出そうとする気持ちもいっぺんに吹き飛んじゃってな。
指を引っ込めて、その日はもう家へ帰ったんだ。
翌日。あの松のもとへ案内してくれた友達が、新たなニュースをもってきた。
件の裂けてしまった松が、すっかり直っているというんだ。
俺の頭に、昨日のサボテンのことがよぎる。また放課後に案内してもらうと、確かに松の木の裂け目は完全に埋まっていたんだ。
だが近寄ってみるとわかる。もともと裂け目があった部分を埋めるのは、四方へ小さなとげを生やす、本来の松の幹とは少し違うものだってな。しかもとげのない部分に触れてみると、弾力ある肉の感触が指先を伝う。
間違いない。あのサボテンのボディだ。
きっと俺が去ってから今までの時間で、急激に背を伸ばして、裂け目をすっかり埋め尽くしてしまったんだ。おそらく、あの自身からの裂け目から脱皮した身体が、これなんだと。
以降、俺は毎日のようにこの松とサボテンの合体したものを観察するようになったよ。
ぱっと見た感じでは大きな変化がないように思える。だが俺は枝までじっくり数えていき、どうやら俺が見られる範囲でも、一日に一本はこの松の枝が増えていることに気が付いたんだ。
時間を追うごとに、樹冠はそのにぎやかさを増していく。
そのうち一本、俺でも手が届くような、えらく低い位置に枝が生えることがあってさ。それに触ってみたんだ。
予想通り、かすかに生えたとげが俺の肌をちくちくとつつく。そして触れた枝そのものも、タコの触手か何かのように、ぐにぐにと曲がるし、折れない。
確認した後に、俺は松の幹回りも触っていくも、元来あったはずの固い部分はさほど残っていない。
ほぼ全身がサボテンと化した、松になっていたのさ。
そうこうしているうちに枝と、そこに生える葉はなおも数を増し、完全なサボテンではないものであるとアピールしてくる。
幹の周りをぐるぐる回り、枝を数えていく俺。その数がおよそ1000はいったのではないかと思った、数日後。
再び雷雨が俺たちの町を襲い、もしやと窓から外を見つめていた俺は、外を走る紫電の姿をはっきりとらえたんだ。
みたびもたらされる、友達からの報告。それはあの松が今度の雷で完全に焼失してしまったとのことだった。
現場には、大きな焦げ跡が残るのみで葉の一枚すら転がっていない。
誰かが神様の仕業かもと言い出して、俺はふと考えてみる。
サボテンは「仙人掌」とも書く。いわば神のような存在の手を指す名だ。
ひょっとしたら仙人をこえて、神にも届かんとしていたあのサボテンの存在を許さないものが、こうして先手を打ったのかもしれない、とな。