8 温度のない文字
講義が終わって帰ると、僕のアパートの郵便受けにハガキがのぞいていた。
どきりと胸がなった。
でも、ハガキを手にとって、すぐに落胆に変わる。
手書きの文字じゃない。
無機質な明朝体のフォントで書かれた僕の住所と名前。
何が書かれているのかと裏をめくる。
モノトーンの背景。殺風景で単一な縦書きの羅列。
目には入ってくるけれど、心には入ってこない。
心のこもっていない、冷たい文字。
やっぱりちづるの言うとおり、この文字には温度がない。
久しく目にしていなかった、縦書きの文章を目で追う。
···········
今年○月☓日に娘智津流が永眠致しましたため、新年のご挨拶を申し上げるべきところ喪中につきご遠慮させていただきます。
···········
年賀欠礼状だ。
ハガキの誤郵送だろうか。隣人宛のハガキだろうか。
もう一度宛名に目を通すと、そこには間違いなく僕の名前と住所が書かれている。
誰のことだろう。……智津流。
……ちづる……?
嘘だ。
僕は頭が真っ白になった。
気がつくと僕は夜行バスに乗っていた。
スマホと財布と、無意識に握り締めていたせいで、しわくちゃになったハガキだけを持って。
嘘だと思いたかった。
僕の知っているちづるじゃない。僕は誰かとちづるを勘違いしてるんだ。
『ひどいです!』そう言いながら僕のことを叩いてほしかった。
『そんな勘違いあります?』そう言いながら大きな声で笑ってほしかった。
永遠のような苦しい時間が過ぎ、僕は地元に到着した。
朝早すぎる時間に着いてしまったため、路線バスの本数はとても少ない。
そういえば昨日の夜から何も食べていなかったことに気づいて、僕はコンビニに入った。
お茶とおにぎりを手にとって、お菓子コーナーの前を通過した。
何も考えずに手は自然にクッキーへと伸びる。
ナッツの入ったクッキー。
ちづるに初めて付箋をつけたお菓子を渡したときに選んだものだった。一緒にレジへ出す。
会計をしながら、そういえば今は付箋も万年筆も持ってきていなかったと気づいた。
簡単な朝食を平らげると、いったんはバスを待とうとバス停の前で待った。でも結局、いても立ってもいられず、ちづるの家に向かって歩くことにした。
竹内と書かれた表札の前に立って、チャイムを押しかけた手が止まる。
勢いでここまで来てしまったけれど、どうすればいいんだろう。
もたもたしていると、竹内家の玄関からちづるの父親らしい男性が出てきた。
これから出勤するのだろう。そんな時間だった。
お見送りをするちづるの母親と思われる女性が、外でまごついている僕に気づいた。
父親も気づき、僕を見た。
「あ、あの。こんな朝早くに失礼します。えっと、僕は……ちづるさんの……」
「……もしかして……付箋の子?」
ちづるのお母さんが僕に駆け寄り、ハガキを持っている僕の手をつかんだ。
名前を呼ばれ、僕はうなづいた。
「家にあがってもらいなさい。
すみません、私はこれから仕事なので……ゆっくりしていってください」
ちづるのお父さんが僕に向かって優しく微笑んだ。
「来てくれて本当にありがとう。ハガキを見て来てくれたのね。遠いのに……。学校は? 今日はお休みだったの?」
そう言われて僕は、いまさらになって、ようやく講義をさぼってしまったことに気がついたのだった。




