7 『みんなが桜を好きなのは、きっと桜に心があるから。とっても優しいピンクのハート』
僕は県外の大学に推薦で合格することができた。私立だったけれど、浪人するよりはマシと両親は喜んでくれた。
一つ合格したおかげで、気が緩みそうになったけれど、僕はまだ一応、地元の国立大学の合格を目指して、勉強を続けていた。
遅い時間に家に帰ると、自宅のポストから郵便物がわずかに飛び出ているのに気づいた。
母親が回収し損なったものだろうか。
封筒には宛先の住所はなく、僕の名前だけが書いてある。
暗かったのに、僕は筆跡で誰が送り主かすぐに分かった。
僕は封筒を鞄の中にしまってから、家に入った。
つとめて普段と変わらない感じで、家族と夕食を食べ、手短に風呂を済ますと、僕は部屋に戻った。
封を切る指に、うまく力が入らない。僕は中に入っている手紙を破らないように、慎重に封筒をちぎった。
封筒を開けると、桜が満開のイラストに、合格おめでとうのメッセージが書かれていた。
ちづるの文字だった。ちづるの絵だった。
桜の隙間で、のほほん顔の少年と少女が、バンザイをして喜んでいた。
一面が淡いピンクの色彩。僕のまわりの空気が温まっていくような気がした。
やっぱり、君の文字はあたたかい。
封筒の中には手紙の他に、メモも入っていた。
『絵手紙もらってくれる友達が少ないのです。新しい住所分かったら教えてほしいのです。手紙もらってほしいのです』
ちづるの住所も書いてあった。
ずっとちづるに会ってなかった。手紙も随分とひさしぶりだった。
万年筆も、しばらく使っていなかった気がする。
僕は万年筆の書き具合を確認するため、引き出しから手ごろな付箋を選んで取り出した。
・・・・・・
僕は結局、県内にある国立大学の受験に失敗して、当初の予定どおり、推薦で受かった県外の私立大学に通うことになった。
僕は初めて、ちづるに付箋ではなく、手紙を書いた。
ちゃんとしたレターセットを買ってきて、万年筆にはブルーブラックのインクを詰めて、時間をかけて馴染ませて、一生懸命丁寧な文字で手紙を書いた。
もちろん一人暮らしするアパートの住所も書いた。
ちづるからの返事は、来なかった。
卒業式。
たしかにちづるはいた。卒業証書をちゃんと受け取っていた。
でも式が終わって探しに行っても、僕はちづるを見つけることができなかった。
僕はちづるの家に行ってみた。
竹内の表札がある家のポストに、コンビニで買ったチョコレートを入れた。もちろん、付箋を貼って。
手紙は来なかった。
きっとちづるは、僕以外に手紙を渡す人ができたんだ。
ちづるがそんな女の子とは思いたくなかったけれど。
僕はそう思い込んで、ちづるに直接理由を聞きに行くことはしなかった。
もしかしたら、傷つくのが嫌だったのかもしれない。
もしそう言われてしまったら、今度こそ立ち直る自信がなかった。
大学生活スタートなのに、僕はまだ失恋したような気持ちになっていた。
といっても僕たちは付き合ってなかったし、告白らしいやり取りもなかった。
だから傷つくのはおかしいと、僕は自分に言い聞かせていた。
僕は自分のことしか考えていなかった。
君がどんな気持ちでいたかなんて、全然考えもしていなかった。




